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<68・考えるべきこと、考えるべきではないこと>

 これはもう、ある意味予想通りの光景なんだろうか。ミノルは冷や汗だらだらで思ったのだった。

 自分と泰輔――の組み合わせ以上に、泰輔と静が犬猿の仲っぽいことは知っている。ああ、よく知ってはいたのだけれど。


「やめてくださいよ全裸とか。陛下に汚いもん見せないでください」


 多分、泰輔は川に落ちてずぶ濡れになったのだろう。その結果、服を脱いで絞ってかわかしていたのだと思われる。温熱ランタンはちゃんと持っていたようなので、それを使って絞った服を焙っていた様子だった。

 で、静のこの一言である。

 いや、確かに濡れた服を乾かすために泰輔は全裸になっていたが、人が誰もいなかったのだから仕方ない言えばそうであるわけで。


「んだと?誰が汚いってんだ?」


 静が煽れば、当然泰輔もこうやってブチギレて返してくるわけで。


「あれれ?隠喩もわかりませんか?ストレートに、その股の間にぶらさがってるみっともないものを見せるなと言ったんですがねえ」

「仕方ないだろびしょ濡れだったんだからよ!つか俺のはみっともなくねえ、充分すぎるほど立派だろうが!」

「これだから下賤な輩は困ります。サイズが大きければいいなんて話ではないでしょう?これは性別にも関係ありません。身長にしろ胸やらブツやらのサイズにしろ、大事なのはいかに美しいかどうか、上品かどうかによると思いますけどねえ。私達が来たのに慌てもせず全裸のままでいるその品性が信じられないというか」

「てめーみてーになまっちろいヒョロヒョロ野郎よりマシだっての!」

「そのヒョロヒョロ野郎に一度も喧嘩で勝てたことのないヤンキー崩れが何を言ってるんです?」

「やるか?ああ、やるってのか?」

「え、全裸で?……そういう趣味?ドン引きです……」

「服は着るわドアホー!!ていうかマジでドン引きしまくった顔して後ろ下がるんじゃねええええええ!」


 まあ、こんな感じ。完全に売り言葉に買い言葉である。実は仲が良いんじゃないの、とさえミノルは思ってしまう。微妙に漫才として成立しそうなやり取りをしているから尚更に。

 ぎゃいぎゃい喚きながら泰輔は服を着始めた。本当はもう少し乾かしたかったのだろうが、さすがに人前でいつまでも全裸でいる度胸はなかったのだろう。いくらここにいるのが男ばかりだと言っても、だ。


「あれ?」


 ふと、ミノルは思い付いたことを口にしてみる。


「こういうのって、炎属性の魔法で焙って乾かしたりとか、そういうことはできないのか?」


 自分達はせっかく魔法の力が使えるのである。そういうことを試しても悪くないような気がするのだが。

 すると、泰輔は露骨に視線を逸らしてきた。これは、もしや。


「あ、ごめん。……お前ひょっとして、炎系の魔法苦手か。俺、やったげようか?」

「その憐れんだような目をやめろ!そ、そそそそれくらい自分でなんとかするわ!」

「やめときなさい、五條。服を消し炭にしたらまったく笑えないでしょう。あなた、前にも授業の実験で……」

「余計なことをバラすんじゃねえこの野郎!」


 どうやら、過去炎魔法を使おうとして失敗したことでもあったらしい。それでも自分でなんとかやるから!と完全に断られてしまった。実際、泰輔の立場からすればミノルの手を借りるのも屈辱なのだろう。

 もっと言えば、本当は自分と静という組み合わせに助けに来てもらいたくはなかったに違いない。背に腹は代えられない以上、仕方のないことではあるが。


「まあ、少しほっとしました」


 ひとしきりぎゃいぎゃいと泰輔とやりあった後、静は告げたのだった。


「私の挑発に、そうも煽り返せるくらい元気なら大丈夫でしょう。とりあえず、足捻ってるんじゃないですか?出しなさい」

「……うるせえ、ボケ」


 どうやら、泰輔を元気にするためにわざとからかっていたらしい。静も素直じゃないよなあ、とこっそり思うミノルである。なんだかんだ言って、泰輔のことを心配していたらしい。助ける価値はあるのか、みたいなことを問うてきたのは彼の方だというのに。


――助ける価値とか……そういう損得勘定、ホントはしたくないタイプだろ、お前。


 理性でわかっていても、結局感情で動いてしまうタイプ。ミノルは静をそう分析していた。きっと、今回だってミノルが来なくても静は助けに行く選択をしたことだろう。

 同時に、泰輔も感謝していないわけではなさそうだ。大人しく座って右足首を出しているのは、ある程度ばつの悪さを感じているがゆえか。


「……一応、礼は言っておく。お前ら……ありがと」


 ぷい、と視線を逸らしてそう言う泰輔。「お前はツンデレ女子かい!そういう属性なのかーい!」と半ば苦笑気味に思うミノルである。

 そんな泰輔の足首に、静は弱い回復魔法をかけていた。どうやら軽く捻挫してしまっていたらしい。


「一気に治さないのか?そりゃ、回復魔法ってコツはあるだろうけど。こいつは元気だし、体力も有り余ってるタイプだろ?」


 何故、弱い魔法でじわじわ治すのか。ミノルが尋ねると、静は渋い顔をして言った。


「五條の体調を気にしているわけではありません。……魔法の気配を察知されると、ややこしいことになりそうだからです」

「え?……あ」


 ここで、ようやく少し前の会話を思い出した。

 この大穴、明らかに人為的に作られたもののように見える。静はミノルにはっきりこう言っていた。




『テロ行為、の可能性もあるかと。爆弾でぶっとばして穴をあけた可能性があります。その場合は、無差別に人が狙われたのか、我々魔王学園アルカディアの生徒が狙われたのかで状況が変わってくるとは思いますが』




 この穴を誰かが意図的に作って、泰輔たちをハメた可能性がある。

 しかも、魔王学園アルカディアの在籍する生徒が意図的に狙われた可能性がある、と。


「……確かに、山道に急にこんな大穴ができるなんてのは妙だな」


 泰輔が低い声で呻く。


「でもってよお。俺様たちはお前らよりずっと前を歩いてたんだが……この穴に落ちる直前に、人間の登山客の団体とすれ違ってんだよ。結構な多人数だ。多分、大学の登山部とかそのへんな」

「あー、結構ムキムキしてそう」

「だろ?実際、俺様よりもずっとマッチョで重装備な連中がいくらでもいたんだわ。……そいつらが通ってきた道を、俺らはそのまま通ったはずだ。一本道だったからな。でも、そいつらが通った時には、あんな穴は空かなかったんだぜ?まるで、奴らが安全に通過するのを待って、俺様たちだけ狙って落としたみてえじゃねえか」

「……やっぱり」


 泰輔も、そのへんのことは気づいていたらしい。

 誰かが人工的に崩落を引き起こした。穴に叩き落として、アルカディアの生徒が死ぬか怪我をするかを狙ったということだろうか?

 あるいは、それ以外にも可能性があるのだろうか?完全な無差別殺人ということも考えられなくはないが。


「だが、千堂。もしアルカディアの生徒を……差別意識から狙った連中がいるとしたら。そいつらは、人間だろ?人間は魔法が使えねえ。だから魔法の気配なんてのも察知できないはずじゃねえのか」

「俺も、それは思った。静、実際どうなんだ?」


 回復魔法をちまちまかけなければいけないほど、一体何を警戒しているのだろう?

 ミノルの問いに、静は苦虫を噛み潰したような表情で「実は」と話し始めた。


「すべての魔族が、魔族の味方だとは限らないのです」

「なに?」

「魔族は隔世遺伝や突然変異で、ごく稀に人間の中から生まれることもあります。同時に、魔族と人間のハーフであった場合、どちらにつくかを考えて人間側につくこともあるでしょう」


 でもそれだけじゃなくて、と彼は首を横に振る。


「親も魔族、自分も生粋の魔族。それでも金で人間達に雇われて、魔族側の味方をする者もいるんです」

「そりゃまた……なんで?」


 唖然とする他なかった。人間と魔族の対立は長く続いている。人間達の目を見ていれば、どれほど差別や偏見があるかなんて明らかだ。人間の味方をしても、いいことなど何もないというのに。


「魔族にもクズやゴミはいるってこった。お前も四木乱汰の件で散々見ただろうがよ」


 泰輔が吐き捨てるように言った。


「この世界は平等なんかじゃねえ。家柄、身分、階級。それらによる差別は、魔族の間でも存在する。貧富の差もでけえ。ぶっちゃけな、魔王学園アルカディアに入れるのは……超優秀でスカウトされたとかの一部例外を除き、そこそこいいところの出のおぼっちゃんばっかりなんだよ。入学費用も馬鹿にならねえしな」

「貧しくて、お金に困ってる人もいるってことか?」

「元々魔族は人数が少ない。でもって、人間どもに蛇蝎のごとく嫌われてやがる。面接行っても門前払い、受けても理由つけて落とされるなんてこともザラにあるってよ。……俺らは反社扱いかよクソッタレっつーな」


 なんとなく、理解できてしまった。

 人間が大多数のこの世界は、魔族にとっても非常に生きづらいものだということが。そしてその生きづらさゆえ人間達を恨み、あるいは自分達を特別優れたものだと思い込むことで心を守る者も少なくないということが。

 同時に。

 なんとか人間たちの側について生きるために、同胞を売る者もいるのだろうということが。 


「食いっぱぐれて半グレ化して、人間に雇われる魔族っつーのもいる。嘘みてえな話だけど、マジで殺し屋稼業に堕ちる奴とかもいるらしいぜ?……そういう奴が今回の事件も、人間に味方してやらかしてねえとは限らねえってことだろ」

「そんな……」


 人間に味方した魔族が、アルカディアの生徒を殺すための罠を仕掛ける。

 そうやってお金をもらって、生きて行こうとする者達がいる。

 仕方ない面もあるのかもしれない。だが、にわかに信じがたい、信じたくないことではある。


「まあ、この大穴を作ったのが機械……科学の力である可能性もありますけどね」


 洞窟の天井を見上げて静が言う。


「それでも、悪い可能性ほど想定しておいた方がいいものです。……どっちみち、この洞窟の先で待ち伏せされたらどうしようもないですが」

「静……」

「何シケた顔してやがんだ、一倉ミノル。お前だってイヤなもんは散々見てきたところだろうが」


 そう言われてしまうと、こちらも二の句が継げない。

 それは多分、人間たちからの冷たい感情ばかりを指しているのではないのだろう。実際、泰輔は言葉をこう続けたのだから。


「人間にしろ魔族にしろ、やべえ野郎はいくらでもいるけどな。……お前だって、四木乱汰の件でどっか思っちまったんじゃねえのか。人間と魔族が分かりあうのは無理なんじゃないかって。……魔族は、迫害されても仕方ない存在なのかもしれない……なんてよ」


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