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<92・カーニバルの裏側にて>

 こつ、こつ、こつ、とローファーが床を叩く音が響く。

 静が今歩いているのは、スタジアムの選手控室近くの廊下だった。本来自分はサッカー部の関係者ではないのだが、今回は特別に中に入れて貰っている。

 全ては、半グレ組織『ビリヤード』のテロを阻止するために。


――萬屋さんたちが掴んだ情報によれば……今日狙われるのは、この試合である可能性が極めて高い。


 ビリヤードは、人間だけの理想郷を作ることを目指した極右組織である。どうやら彼らは今日、このマジカル・サッカーの大会を狙ってテロ行為を目論んでいるというのだ。

 魔族と人間の融和を目指して開かれているこのサッカー大会でテロなんてものが起きれば、ますます両者の関係に罅が入る可能性が高い。しかも、連中は魔族の仕業に見せかけてテロを起こすつもりだというではないか。

 犠牲者を出さないためにも、そのあとのさらなる悲劇を防ぐためにも、なんとしてでも阻止しなければならないのである。そのため、事前に何か仕掛けた形跡がないかどうか、静はアルカディアの関係者及び、アルカディアが守代を払っている筋者たちと一緒に会場を見て回っているのだった。


――奴らはこの大会を滅茶苦茶にしたいだけじゃなくて……先日仲間を負かしたアルカディアそのものに恨みを募らせているはず。何より、人間至上市議の奴らはなるべく人間の被害を出したくはない、はずだ。


 他の会場でも予選は行われているが、やはりアルカディアの試合が行われるこのアオヤマ・サッカースタジアムが狙われる可能性が極めて高い。それは、アルカディアと萬屋組双方の意見だった。


――テロをやるなら一番考えられるのは……爆弾。もしくは、魔法を使ったマジックトラップの設置、か。


 もし相手が全て人間だというのなら、爆弾にだけ警戒を強めればいい。それも、遠隔操作で、科学の力だけで爆発させる爆弾だ。

 しかし、先日ビリヤードの連中が林間学校でミノルたちにちょっかいをかけたおかげで、その中には魔族の血を引いた協力者がいることもわかっている。つまり、多かれ少なかれ魔法を用いたテロを行う可能性もある、ということだ。

 これの何が面倒くさいって、小さな魔法を爆弾の起爆装置代わりに使うことも可能、というわけである。

 ダイナマイトのようなものは、火の気がなければただの置物危険は何もないだろう。だがもし、魔法で遠くから導火線に火をつけられるのならばどうか?そう言う話である。

 また、魔方陣を描くことで特定の標的のみを攻撃するマジック・トラップというのもある。ハーフの魔族程度ならば難しい魔法かもしれないが、純血の魔族の協力者がいれば十分仕掛けることが可能なはずだ。


――マジックトラップの場合は……魔方陣を破損・汚損するだけで機能をなくすことが多い。それを見つければ……。


 薄緑色の床を踏みしめ、通路に置かれた段ボールを時折覗き込む。試合があるとどうしても関係各所からの荷物が増え、その中に危険物が紛れ込む可能性を否定できない。機械類も当然あるし、量も多いので全部に金属探知機を通して確かめることができないのだ。

 その一部は廊下に積まれており、さらに一部はそれぞれの学校のロッカーに運び込まれることになる。さっきから静も、数人の配達員とすれ違っていた。


――彼らの中に、ビリヤードのメンバーがいるかもしれない。……けど、確かめる方法がないな……。


 配達作業員になりすました半グレ、というのならつっついていけばボロが出る。だが、場合によっては本物の配達作業員が買収されているケースもあるのだ。そうなると、簡単に正体を見通すことができない。

 オレンジの作業員たちをちらちら横目で見ながら、少しでも違和感を感じ取ろうとする静である。


「あ、静くん!」

「!」


 その時だった。廊下の奥から、パタパタと走ってくる足音が。

 見れば大空が、少し困ったような顔をしている。


「丁度いいところに!気になることがあったから、来てくんないかな?」


 大空のことは同じクラスメートというだけではなく、その能力も込みで信用している静である。よって今日は、彼にも特別に見回りの協力を要請していたのだった。魔法のスキルという意味でもとっさの判断力という意味でも、充分に信頼に値する友人である。

 実際今回も、静より先に何かを見つけてくれたようだ。


「いいですよ。何かありましたか?」

「第三試合で試合する、メイクーン学院高等学校なんだけど。荷物の様子がおかしいって、警備に連絡があったみたいで」

「荷物の様子が?」


 色々考えた末、テロ予告があったことを今日参加予定の学校全てに伝えてあるのだ。アルカディアと警備の者で(なお、今回の警備担当はまるっと萬屋組のメンバーと入れ替わっている)対応するつもりではいるが、万が一不審物が見つかったら報告してほしい、と。


――爆弾でも送り付けられるとしたら、アルカディアの控室になると思っていましたが。


 静は大空と共に、早足でメイクーン学院サッカー部の六かーへ急ぐ。


――何故、メイクーン学院の?あそこのサッカー部のメンバーはほとんど人間のはず……いや、待て。


 そこでようやく、メイクーン学院が元々アルカディアの姉妹校であったことを思い出す静。今は情勢が緊迫してきたこともあって姉妹校の関係を解消しているが、それはあくまでアルカディア側がメイクーン学院に迷惑をかけないために言いだしたことだと聞いている。

 何年か前までは、メイクーン学院と魔王学園アルカディアはよくサッカー部に限らず練習試合をしたり、交流を持つことが少なくなかったそうだ。姉妹校の関係がなくなっても、あくまでそれは書類上のこと。今でも両校の校長や理事長、生徒間は友好な関係が続いていると聞いている。

 なるほど、そう考えればメイクーン学院も、ビリヤードにとってはあまり面白くない存在に違いないだろう。同時に。


――メイクーン学院はマジカル・サッカーでかなり力をつけているし……チームとしての人気も高い。アルカディアへの見せしめとして潰すのは悪い選択ではないのかもしれない。


 どっちにせよ、忌々しいことこの上ないが。

 自分達の目的を達成するためならば、同じ人間であっても吹っ飛ばす――それがもしビリヤードの方針ならば、吐き気がするとしか言いようがない。無論、魔族を殺すことだって同じくらい許せないことではあるのだが。


「失礼します」


 ノックをして、メイクーン学院の控室のドアを叩く。返事があったので入室すれば、ロッカールームの中心でざわついているメイクーンサッカー部の面々と、しょっぱい顔をしている萬屋組組長・萬屋大地の姿があった。ちなみに萬屋も今は、警備員の服装をしている。あくまで、警備部長としてそこにいるためだ。


「おう、静ちゃん、大空ちゃん。早かったナ」


 ヨ!と手を挙げる萬屋。サングラスに髭、がっしりした体躯というコワモテのおじさんである。何度か会ったことがあるし、見た目に反して気さくな人だというのも知っているので個人的には怖くないが。


「ちゃん付けやめてくれません?女の子じゃないんですよ」

「そうだそうだー」


 静のクレームに、大空が便乗する。萬屋は「そりゃあ悪かった悪かった」とガハハハハ、と豪快に笑った。


「おれからすれば、可愛い子供はみんなちゃん付けしたくなるもんでナ。おれもいい年のおっちゃんだし」

「いい年ってまだ四十二歳でしょうが。……それで、何があったんです?」


 どうやら騒ぎの中心は、ロッカールームのベンチの上に置かれた段ボール箱らしい。宛先は確かに、メイクーンサッカー部へとなっているが。


「そのダンボールなんだけどさ、多分カメラが入ってるんだよね」


 苦々しい表情で代わりに答えたのは大空だった。


「ほら、サッカー部って試合の様子をカメラで撮影したりするじゃない?自分の学校の試合もそうだし、よその学校の試合もそう。次の戦術に生かすためとか、チーム全体の動きを見るためとかいろいろ理由はあるんだろうけど……カメラってほら、重たいから。メイクーン学院はいいカメラを使ってるからさらにかさばるらしくって、今日この場所に届くように郵送で送ってたらしいんだよね」

「なるほど、皆さんが自分で送った荷物だ、と。……それで?」

「当たり前だけど、自分達が送って自分達が開けるものなんだから、開封済みのはずがないんだ。でも、今開けようとして見たら……ガムテープとか送り状が明らか不自然にはがれた後があったらしくて」

「なんですって?」


 静は眉をひそめて、つかつかとダンボール箱に歩み寄る。静か一人で持ち上げられないくらいには大きく、かなり重たそうだ。中が高価なカメラ機材だというのならわからないことではないが。


――確かに、伝票が……ヨレてる。


 天辺に貼られた伝票の一部が、一度剥がして戻した跡のようにヨレてしまっているのだ。

 それに加えて、なんだか箱の中から妙な気配がするのだが。


「……一応お尋ねしますが」


 静はメイクーンサッカー部の面々をぐるりと見回して言う。


「サッカー部の皆さんの中に、魔族は?」

「いいえ」


 すぐにキャプテンの少年が声を上げた。


「僕等は全員人間です。去年までは、ハーフの先輩も在籍していたんですけど」

「なるほど。ちなみに顧問やコーチの先生方は?」

「関係者はみんな人間です。というか、うちの学校自体、極端に魔族の数が少ないので……」

「了解です」


 魔族は無意識に、微量の魔力を体外に放出しながら暮らしている。そのためか、魔族が触った物品にはかすかに魔力の気配がこびりついているなんてこともあるのだ。

 もしメイクーンサッカー部のメンバーの中に魔族がいるのなら、その時触った名残がカメラに残っていてもおかしくないのだ。それで説明できなくはない――そう、箱の中から微かに魔力の気配がする、ということにも。

 だが、該当する者が関係者に一人もいない、ということならば。


――魔法が使える何者かが箱を一度開けて、中のものを触った可能性がある。


 もし配送の段階で誰かがメイクーン学院宛ての荷物を触ったならば、それは一体何のためであるのか。このタイミングでそんなことをする人間が、ビリヤードと無関係とは考えにくい。

 一番恐ろしいのは中に爆弾を仕込んでくること、もしくはカメラにあらぬ小細工を仕掛けてくること。どちらにせよ、メイクーン学院のメンバーが開封されていることに気付いてすぐ警備に連絡を入れてくれたのは僥倖だったと言える。


「……大空」


 考えた末、静は大空に声をかける。


「あなたも補助魔法は、それなりに使えましたよね?……僕と机だけ取り囲む形でBarrierとProtect、イケますか?僕は自分自身にその二つをかけますので」

「相変わらず率先して危険な役目になるんだから。……まあ、それしかないか。わかった、いいよ、静くん」

「ありがとうございます」


 万が一爆発物でも、二人がかりで防御魔法を使えばある程度防げるはずだ。

 杞憂であれば嬉しいのだけれど――そう思いつつ、静は魔法の呪文を唱えたのだった。


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