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第28話 女神の泉

 不意にオレを抱きしめていた蜘蛛女の力が抜けた。

 解放されたオレはその場で足から落ちたが、立っていられずそのまま地面に崩れ落ちる。

 駄目だ、足にまったく力が入らねぇ。

 ダメージがデカすぎるのだ。


「くっ……」


 口から血がしたたり落ちる。

 オレは超回復スーパーヒールに身体の回復を任せ、地面に座り込んだまま、うつろな目で蜘蛛女を見た。

 額に深々と矢が突き立ち、絶命している。

 アデリナの弓の腕は、やはり一級品だ。


 蜘蛛女はもう二人いて、そいつらと赤ちゃん蜘蛛は、怪我人のオレを放って新たな敵の方に行ってしまった。


 アデリナと手下の女海賊たちがようやく追いついたのだ。


 子分さんたちがナイフ片手にコンビネーションを発揮して、蜘蛛女を前後から挟撃きょうげきしている。やるもんだ。


「女神メロディアースの名において、この者に祝福を!」


 どこかから聞こえてきた声とともに、オレは光に包まれた。

 ユリーシャの回復魔法だ。


 途端に、筋肉痛用の貼り薬がじんわり効いてくるかのように、身体中の怪我した部分がほんわり温かくなる。


「お、おぉ? ありがてぇ! って、わわわわわ!!」


 同時に、胸の辺りがメキメキと嫌な音を立て出した。

 肺に刺さっていた折れた骨が勝手に抜けて、各部融合しつつ元の位置に戻ろうとしているのだ。


 治るのはありがたい話なのだが、触ることもできない体内をモゾモゾと骨片こっぺんに動かれる感触は、なんとも気持ちが悪い。


 ともあれ、オレはわずか一分で全快した。

 あれだけの大怪我だったんだぞ? 信じられねぇ。

 女神の奇跡と超回復が合わさった結果、身体は通常の状態なのにブーストモード以上の回復スピードを得るという、まさに奇跡を起こしたのだ。


「いやはや凄ぇな……」


 オレは胡座をかいたまま、怪我を負った箇所を確認した。

 酸で焼かれたはずの顔や手足も完全に治っている。


「凄いじゃないか、ユリーシャ。おかげで助かったよ」

「やぁん、ほめてほめて! ユリちのこと、もっとほめて!!」


 よほど嬉しかったのか、ギャル制服姿のユリーシャが満面の笑みを浮かべ、その場でピョンコピョンコと飛びはねる。


 うん、可愛い。可愛いがしかし、僧侶がギャル制服姿っていうのはいかがなものか。

 亡きご母堂ぼどうの形見とはいえ、戒律的に結構な横紙破りな気がする。

 今度聞いてみよっと。


 とそこへ、オレの前に立ったアデリナが、苦笑交じりにオレに右手を差しだした。


「だらしがないねぇ、テツ。女かもしれないけど、相手は蜘蛛だよ? おっぱいにばっかり目をやるからこうなるのよ」

「すまん、アデリナ。返す言葉もない」


 手厳しい。が、ごもっとも。ここは素直に謝っておく。

 オレは差し出されたアデリナの手につかまり、立たせてもらった。 


「そうよ、おっぱいならユリちのがあるでしょ! 他のを見ちゃ駄目よ!」

「ほいほい、気をつけるよ」


 オレは口をとがらせるユリーシャの頭をなでると、アデリナに向き直った。


「アデリナ、残敵ざんてき掃討そうとうを頼む。オレはまた先に行く」

「任せときな」

「ゆ、ユリちもセンセと一緒にいく!」

「いや、ユリーシャはアデリナと一緒に後からこい。乱戦中にユリーシャを守っている余裕はないからな」

「でも……」

「大丈夫。後からくるのでも充分間に合うさ。オレがピンチのときに、敵に見つからない遠くから回復魔法をかけてくれ。それがユリーシャの役目だ。頼んだぞ」

「分かった。回復がんばる!」


 オレはユリーシャにニッコリ微笑むと、疾風しっぷうと化してその場を後にした。

 ユリーシャのほどこしてくれた女神の奇跡のおかげなのか、スタミナまでもが回復している。ありがたい。

 だが――。


 ユリーシャは回復のエキスパートではあるし、いい子ではあるんだが、敵を攻撃するための呪文を持っていないのがやはりネックだ。


 大人数でパーティを組んでいるときならいざ知らず、二人パーティでユリーシャを守りながら戦闘をやれる自信はない。

 敵は絶対ユリーシャを狙ってくるもんな。

 使いどころがむずかしいぞ。

 そんなことを考えながら、オレは坂を駆け上った。


 ◇◆◇◆◇ 


 坂を登り切ると、そこは木々が生い茂る森の中だった。


 ドドドドドドドドドドドド!!!!


 木々を縫って、何かが近づいてくる。

 見ると、巨大タイヤが十本単位で、地響きを立てて向かってきていた。


「……なんだありゃ?」


 地面でバウンドしながら高速で回転しつつ近づいてくるそれは、シャフトから外れて単体で回転するタイヤのようだった。

 ただし、サイズが大きめで直径二メートルはありそうな上に、スパイクタイヤのように表面にトゲトゲが生えている。


 試しに韋駄天足いだてんそくを使って避けてみたが、行きすぎたのにちゃんと戻ってくる。

 そうやって回転していてもオレの位置をしっかり把握しているようだ。


 仕方ないので、オレはギリギリで避けつつ横から剣で突いてみたが、これが見事に弾かれた。

 硬すぎるのだ。手がビリビリ痺れる。


「キアァァァァアアアア!!」


 ソレは、オレのすぐ傍までくると、回転形態を解いて立ち上がった。

 クロウラーだ。


 クロウラーは、芋虫のような身体を後ろ部分のみで立たせると、ビンタをするかのように上半身を猛烈な勢いで振ってきた。


「え? ……だわわぁぁぁぁあああ!!!!」


 圧倒的な質量を感じたオレは、間一髪横っ飛びして避けた。

 スカったクロウラーの攻撃が、オレの代わりにそこにあった大木にヒットする。


 バキャアアアアアア!!!! ズザザザザザザザザ……。


 直径三十センチの木が一撃でへし折れ、その場に倒れる。


「……嘘だろ?」


 全長三メートル。

 芋虫のくせに立って攻撃ができる上に、外皮は剣を通さぬほど厚く硬く、だがその力は野生のクマを凌ぐレベルで、何と木々を一撃でへし折るときやがった。


 せっかく蜘蛛女による複雑骨折が治ったばかりだっていうのに、こんな攻撃当たったら、まーた骨折しちまう。 

 とはいえ、こういう奴は腹は柔らかいと相場が決まっているしな。試してみるか。


「よし! 韋駄天足!」


 その場に立ってブンブンと上半身を振るクロウラーの懐に向かって、オレは剣を構えたまま高速で突っ込んだ。

 顔のすぐ横を、当たると即死級ダメージをこうむる芋虫の大質量攻撃が通りすぎていく。

 肝が冷える。


 オレは、ヘビー級ボクサーの攻撃を搔い潜る新人ボクサーの気分を味わいつつ、その腹に剣を突き立てた。


 ズブリ。

「グギャァァァァァアアア!!」


 おぉ、やっぱり内側は柔らかいな。


「だりゃぁぁぁぁああ!!」


 刺した勢いにまかせ、剣でその腹を引き裂くと、クロウラーは悲鳴を上げつつあっさりと倒れた。

 はっはー、攻略法が分かればこっちのもんだ。

 オレは木々を盾に向かってくるクロウラーに凶悪回転形態を解かせると、腹を狙って剣を突き立てまくった。


 クロウラーを倒し、ガイコツ人形に導かれるまま森を抜けると、いきなりそこに透明度抜群の泉が現れた。

 アデリナの教えてくれた通り、そこに目的のモノがあった。

 すなわち、二メートルの高さの台座の上に設置された、金色に光り輝く女神メロディアースさまの像が。


「……まただよ。だから! なんでロリ女神の像が大人の形してるんだよ!!」


 近づこうとして、オレは足を止めた。

 猛烈な腐敗臭を感じる。


 おそらくこれは、何か近くに腐ったものがあるとかの、リアルな臭いじゃない。

 存在が放つ臭気とでも言えばいいのか、傍にいるだけで精神がむしばまれるような異様な気配を、臭いと錯覚しているのだ。


 オレはかつて、同じ感覚を味わったことがある。

 誰あろう、魔王七霊帝の一人、暴食帝グラフィドだ。


 そして今、同じような気配を漂わせた男が一人、泉の前に立っていた。


 黒いスーツを着た長髪の糸目のイケメンだ。

 見た目の年齢はオレとどっこい。二十代後半ってところだ。

 全長三メートルはあろうかという漆黒の二叉槍バイデントを持っている。


「やぁ。来たね、勇者クン。待っていたよ。私の配置した魔物たちを倒してよくぞここまできた。私はアヴァリウス=デスタ。魔王七霊帝の一人、強欲帝アヴァリウスだ。お見知りおきを」


 アヴァリウスはオレを見て、余裕の笑みを浮かべた。 

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