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第39話 ロマ メリッサ=ヴェーダ

 深夜――。


 オレはテントの中で目を開けると、そっと起き上がった。

 隣でリーサがうつ伏せになって寝ている。

 言うまでもなく、すっぽんぽんだ。


 すぐ脇に、中身を隠す気ねぇだろってくらいの黒の透け透けブラとパンツが転がっているが、それを身につける余裕すらなく、気絶するように眠気に襲われたのだろう。

 むき出しの尻に触ってみるも、ぷるんぷるんするだけで反応なし。


 うーむ、起きない。ちょっと頑張り過ぎたかもしれん。

 さすがにこれを起こすのはかわいそうだ。寝かせといてあげよう。


 オレは置き手紙を書くと、起こさぬようそっとリーサに毛布をかけ、テントを出た。

 夜空を見上げると、こりゃ凄い、砂漠の中だけあって星空がとんでもなく綺麗だ。


 ここはオアシスの村・アーバスだ。

 無事、怠惰帝たいだていの兄妹を倒したものの、疲労困憊ひろうこんぱいだったオレたちは、いったんアーバスに戻ることにしたのだ。

 無理せず充分休息を取った後、再度先に進んだ方がいいだろ?


 この後、再び西方面に向かう予定ではあるのだが、闘技場と隊商路が微妙にズレているというのも、理由の一つとしてあったしな。


 疲労困憊ひろうこんぱいでアーバスに戻ったのが昨日の夕方。

 その後、市場で晩飯を食って早々にテントに戻ったオレたちではあったが、そこはそれ。疲れてはいたものの三回戦くらいイチャイチャをして、早めに寝たってわけだ。


 そんなわけで、リーサは今、気絶するように眠っている。

 オレはというと、なぜだか目が冴えてしまったので、市場に向かうことにする。

 夜市で酒でも飲みたい気分なんでな。


 テントの外でしゃがんでいたオレの愛鳥ずんだが、乗るかとばかりに立ち上がる。

 リーサの黒のパルフェもこちらを見る。


「いやいい。お前たちはテントを守っててくれ。ちょっと市場に行って飲んでくるだけだから心配するな。頼んだぞ」


 そしてオレは三十分歩いて、湖の対岸でやっている夜市へと向かったのであった。


 ◇◆◇◆◇


 多分日づけは越えているとは思うんだが、夜市は普通にやっていた。

 あちこち篝火かがりびが盛大にかれ、湖に沿って五十メートルも飲食店の屋台がズラっと並んでいるが、こんな時間なのにどの店も盛況だ。

 ずっと対岸でテントを張っていて気づかなかったのだが、ひょっとしたらここは夜通しこんな感じなのかもしれない。


 屋台で串焼きを数本と酒を注文したオレが、一人、月見酒と洒落こむべく岸に置いてあったベンチに座ると、どこからか歌声が聞こえてきた。


 歌っている内容は分からないが、切なげで物悲しくて心を打つメロディだ。

 見ると、湖岸で誰かが踊っている。

 女性だ。


 満月に照らされ湖畔で踊る女性。

 実に絵になる。


 クルクルっと回ってビシっとフィニッシュを決めたところで思わず反射的に拍手をしたオレと女性の目が合う。


 女性は一瞬、『見られちゃった』とばかりに可愛く舌を出すと、オレの傍までトトトトと駆け寄ってきて、左隣に座った。

 ぴったり身体をつけてきただけでなく、その手がオレの左ももにそっと置かれる。

 こりゃお姉ちゃんのいる店かと勘違いしちまいそうだ。

 おおぅ、好きなの飲みたまえ!


 栗色の髪。長い睫毛。澄んだ翠色すいしょくの瞳。結構な美人だ。

 三人娘よりは年上に見えるが、それでもせいぜい二十代前半ってとこだろう。


 服は紫を基調にしたチョリに、青、緑、赤と色とりどりの、足がすっかり隠れる長いスカート。

 頭にはスカーフ。首や腰にはアクセサリーがゴテゴテと付いている。

 典型的なロマスタイルだ。

 くびれがとんでもなく綺麗ときている。


「のど乾いちゃった。お兄さん、それちょうだい」

「ど、どうぞ」


 オレは一つうなずくと、持っていた革製の水筒を渡した。

 中身は夜市で入れてもらった乳酒だ。

 女性は水筒の酒をグビグビと飲むと、ニッコリ笑った。


「あたし、メリッサ。メリッサ=ヴェーダ。どうだった? さっきのダンス」

「徹平。藤ヶ谷徹平ふじがやてっぺいだ。門外漢もんがいかんだから良く分からないけど、とても綺麗だと思ったよ。いつまででも見ていられる。凄いな」


 メリッサは嬉しそうにニィっと笑うと、オレの左腕に右腕をからめてきた。

 ど、ドンペリ入れちゃう? 入れちゃう?


「ありがと。そうだ! あたし占いも得意なのよ。お兄さん、面白い相をしてるから占ってあげるわ」


 言うが早いか、メリッサはオレの顔をガシっと両手でつかむと、至近距離からオレの目を覗き込んできた。

 何だろう。理屈じゃないんだが、なぜだかこの目で見つめられると、心の奥底まで覗かれているような気がする。


「お兄さん、根っこの部分に孤独の相が出ているね。えんがとぉぉっても薄い感じ」

「……それで?」

「でも、ここ数か月前から運勢が激変してる。お兄さんを見守る星……。か細い光が一個だけあったんだけど、そこに三つ、新たに大きく光り輝く星が加わった。コイツは強力だ。お兄さんを守護してくれる光だよ。うんうん、これはいい傾向だね」


 三つの光ってのは、おそらくリーサ、フィオナ、ユリーシャのことだろう。だが、か細い光ってのは何だ? 気づいていないだけで、オレはひそかに誰かに見守られているとでもいうのか?


「この三つの光は、お兄さんがずっと欲しかったもの、涙が出るほど望んでいた何かを与えてくれるよ。良かったね」


 三人娘がねぇ……。

 そこでリーディングを終わろうとしたメリッサの表情が急に固まった。

 眉根まゆねを寄せたまま、更にオレの目を覗き込んでくる。


「ん? 何だいこれ……。こんなところに五つ目の光がある。こりゃ凄い。なんて強い光なんだ! まだ位置は遠いけれど、大外おおそとからえげつない勢いでまくり上げてきているよ。未来は不確定だけど、もしかするとこの光こそが……」

「おいおい、何だよそれ」


 そこでオレの目を覗き込んでいたメリッサが、力尽きたようにガクっと首を垂れた。

 慌てて支える。


「おい、どうした、メリッサ。体調でも悪いのか?」

「……大丈夫。お兄さんを巡る運命が巨大すぎて読むのに疲れちゃっただけさ。心配ない」


 頭痛でもするのか、メリッサが額の辺りを押さえる。


「もう充分だ、ありがとう。何だか良く分からないが、気に留めておくとするよ」

「ううん。あたしも珍しいものを見れて楽しかったよ」


 メリッサは軽く頭を振るとその場に立ち上がり、オレの右手を引っ張った。

 オレも釣られて立ち上がる。


「あたしのテント、すぐそこにあるんだ。そこで飲み直そうよ。ね?」

「いや、しかし……」


 メリッサが逡巡しゅんじゅんするオレの耳元に口を寄せると小声でささやいた。


「あたし、こう見えてソッチの方も良いって評判なんだ。……お兄さん、絶倫だろ? 見りゃ分かる。それに、お兄さんみたいに稀有けうな星の人と交わると、相手の運気も上昇するんだよ。お兄さん、あたしの好みのタイプだし、タダでいいよ」

「だけど……」


 メリッサがサワサワっとオレの股間の辺りを撫でた。

 うぉぅ! この触り方、かなり上手そうだ。


「んじゃまぁ……ちょっとだけ。うひひ」


 こうしてオレは、急遽きゅうきょ、メリッサのテントにお邪魔することにしたのであった。

 ……一戦じゃ収まらず、最終的に三戦しちまったのは内緒だがね。うっはっは。


 ◇◆◇◆◇


「あれぇ? 火、起こしてくれたの? 旦那さま、おはよぉぉぉぉ。愛してるぅぅ」

「おいおい、寝ぼけるな」


 テントからあくび交じりに出て来たリーサが、朝食用にテント前で焚き火をしていたオレに後ろから抱きついた。

 ところが――。

 リーサが急にハっとした顔になってオレから離れた。

 あっという間に完全覚醒しやがった。この顔、何かマズい予感がする。


「旦那さまから嗅いだことのない香水の匂いがする。……何で?」


 ギクっ!!


「あぁ。夜な、眠れなくて夜市に行ったんだよ。そしたら何だか大賑おおにぎわいでな? 明け方には帰ってきたんだが、オッサンやらオバサンやらに揉みくちゃにされつつ酒を飲んだからさ。その時についた匂いだろうな、きっと。いやぁ参った参った。ははは」

「……ふぅん」


 若干じゃっかん、疑うような視線が混じっているのは気のせいだろうか。


「さ、朝飯を食ったら出るぞ。用意を手伝え、リーサ」

「はぁい」


 これだから女の勘は侮れない。

 やれやれ。

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