「ほーら、せっかくそんなにおめかしして街に繰り出すのよー、そんなにあたしの後ろに隠れてないで出てきなさいって」
柊さんの後ろにぴったりとくっつくように歩く私に柊さんは少しだけ困ったように声をかけてくる
あの後家を出たところまではまだ良かった
だけど、市街が近付くにつれて私にかかっていた魔法は溶けるように消えてしまいそうになっていた
こんな格好をした私を、街行く人達が笑っていたらどうしよう、どうしてもそんなことを、考えてしまうのだ
「で、でも……流石に少し恥ずかしいと言いますか……」
私は柊さんに促されてももにょもにょとそんな僅かばかりの言い訳を口にして柊さんの後ろに隠れることを止めない
「何が恥ずかしいことあるのよ、とってもよく似合ってるわよ、だから、ちゃんとあたしの横歩いてちょうだい? ね、お姫さま」
そんな私をからかうように柊さんはそんな風に私のことを呼ぶ
この道すがら既に何回かそう呼ばれている
「そ、の……呼び方はやめてください……」
私は何とか苦言を呈するけど
「あら、早く隣に来てくれないともっと言っちゃうんだからー、ね、お姫さまー?」
それでも柊さんはおどけた様子でそんな風にまた私のことを呼ぶ
「分かりました! ちゃんと歩くのでやめてください……!」
これは柊さんの粘り勝ち
遂に私は居たたまれなくなって柊さんの後ろをおずおずと飛び出すと柊さんの横に並んで歩きだす
それでも視線は地面とにらめっこ状態なのは変わらなかった
「ん、偉いわね、ほら、街の景色を見てちょうだい、きっといつもと違う風に写るわよ?」
だけど柊さんはそんな私に周りを見るようにまた促してくる
「そんなものです、か、ね……」
世界は結果何をしたってそう簡単には変わらない
そう思いながらも柊さんの勧めで私はおずおずと顔をあげて街に目を向ける
あり得ない、とか、そういう否定的なことを言おうとしていた口が自ずと止まる
あれ、この辺りはたまに来ることはあるけど、こんなにキラキラと光っていただろうか
眩しかっただろうか
道行く人達はここまで、楽しそうだっただろうか
「ね、言ったでしょ? 違う景色が見れるって、おめかしした女の子っていうのはね、とても強く輝いている、だから、自分の光に呼応して、周りの世界だって色付いて見える、すごいわよねぇ、化粧もだけど服の力っていうのは」
柊さんは私の様子を見て、それからさも当たり前というようにそう言葉を紡ぐ
柊さんの声は、どこかまるで子守唄みたいにいつだって耳障りがよくて、私のなかに燻っているモヤモヤをそれだけで少しだけでも晴らしてくれるのだからすごい
もしかしたら魔法使いなのかもしれないなんて、そんな突拍子もないことを考えてしまうくらいには
「そう、ですね、何か……普段とは違いすぎて逆に困惑しちゃいます、こんなにキラキラした世界に私なんて不釣り合いなんじゃないかって」
私は柊さんに合図地をうちながらも自身の中にある不安を吐露する
「何言ってんのよ、今この瞬間、あんたが一番この街の誰よりも輝いてるのよ、なんてったってこのあたしが磨いたんだもの、自信持ちなさいよ」
そんな私の背中をポンポンと叩きながら柊さんは自信満々といった様子でそう言って胸を張って見せる
「流石に、それは言い過ぎでは……」
確かにいつもよりは輝いているの事実だろう
それでも、私がこの広い街のなかで今、一番輝いている
そんなことを言われても、はいそうですかとなるほどには自己肯定感は高くない
「自分をすぐに信じられるようになれなんて言わないわ、ただ今は、私を信じてくれればいい、それだけのことよ」
否定しようとする私に柊さんが優しくそう、語りかけてくる
その言葉で、少なくとも柊さんだけは私が本当にこの場で一番輝いているのだと思ってくれていることを知って、それが自分のなかでほんの少しだけ自信に繋がる
「……わかり、ました……、私、今日は柊さんを信じますね」
柊さんが信じてくれているのに自分ばかりがネガティブでも柊さんに対して失礼に思って、今日だけでも、私のことは信じられなくても柊さんのことだけは信じるのだと決意して、それを柊さんに伝える
「……今日だけじゃなくて毎回信用してくれても構わないのに、なんて、ちょっと欲張りが過ぎるわよねぇ、ありがとう、鈴奈さん」
私の返答に柊さんはふっと優しく笑むとそんなことを言いながら、何故かお礼を言われてしまう
「お礼を、言われるようなことは言ってませんよ」
私はただ、柊さんに励まして貰っただけでお礼を言うようなことはあってもお礼を言われるようなことは何もしていない
「あらそう? 人を信じるっていうのはそれなりに難しいことだとあたしは思うけど……ま、そんなことは置いておいて、そろそろお昼の時間よねー、朝から動いてあたしもうお腹ぺこぺこ、何店かここら辺でランチに良さそうなお店ピックアップしているのだけど、鈴奈さんはどういう系のものが食べたい気分?」
そんな私に柊さんは少し不思議そうにそう呟きながら、すぐにいつもの調子に戻ってスマホを取り出すと画面をタンタンと叩きはじめる
「え、あ、私ですか……?」
どんなものが食べたい気分か、そう聞かれてつい自分を指差しながら聞き返してしまう
「あなた以外に誰がいるのよ」
そんな私に呆れたように柊さんが笑う
「私は、別に何でも大丈夫です」
これは、別に嘘じゃない
私は昔からそこまで食というものに興味がない
まぁ、食に興味がないというよりは服飾以外のものに重きをおけない、そう言ったほうが正しいとは思うけど
「あらそう? でもあたしだけで決めちゃったらつまらないでしょ? ちょっとこっちにきて頂戴」
学生の頃とか、私がそう言えば周りがじゃあこっちで決めちゃおう、そうなるのが主だったのに柊さんはそんなことを言って私を手招きする
「ど、どうしたんですか?」
私は呼ばれるままに柊さんの手元のスマホを覗き込む
「これ、昨日ブックマーク付けといたお店の一覧ねー、この中から気になるところ、選べる?」
柊さんは言いながらスマホの画面をスクロールしていく
画面の中には沢山のお洒落なお店が陳列されていて、こんなところまでセンスが良いのかと感心してしまうくらいだ
「あ、……それなら、こことか……?」
その中で、一ヶ所とても目を-惹かれるお店の写真があって、私はそこを指差す
「あらー、あなた食のセンスもあるのねぇ! 私もそこ気になってたとこなのよー、それじゃあ今日のお昼はそこにしましょうか、道案内するからちゃんとはぐれずについてきてちょうだいね?」
柊さんはそんな風に私を褒めながらスマホをしまうと先陣を気って歩きだす
「は、はい!」
今日は柊さんを信じる
そう言った私はまた柊さんの後ろにならないように横に並んでついていくことにした