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第17話 また来る約束

 歩きだして約十分とかそれくらい

 私達は目的のお店の前まで到着していた

「あ、あの、柊さん、やっぱりこのお店、止めませんか……?」

 お店の前まで来た私はその外観を見て、早々に怖じ気づいていた

「えー、せっかくここまで来たのにどうしたのよー」

 お店のドアノブに手をかけていた柊さんは私の声かけにドアノブから手を離すとこちらをくるりと振り向いて不思議そうに聞き返してくる

「な、なんか、私にはやっぱりこういうお店は似合わないんじゃないかって」

 柊さんのスマホで見た時目を惹かれて、咄嗟にこことか、なんて言ってしまったが、お店の前まで来れば嫌でもよくわかる

 ピンクと白を基調にリボンを沢山あしらわれたお店の外観

 普段の私だったら絶対に入らない、いや、入れないタイプのお店であることが

「……ここねぇ、気になってたんだけどなかなか入る機会なくて」

 お店の前まで来て怖じ気づく私に柊さんは文句を言うでもなくふと、そんなことを困ったようにぼやきはじめる

「そう、なんですか?」

「そりゃそうよー、ここ、見るからにガーリーで中を覗いてもいつもかわいい女の子ばかりで、あたしみたいな大柄な男が一人で入ってったら他のお客さん怖がらせちゃうでしょ?」

 柊さんはそう言って困ったように笑って見せる

「……柊さんでも、そういうこと考えるんですね」

 はっきり言って意外だった

 柊さんなら気になったらすぐにでも入っていきそうな感じさえする 

「なーに、あたしそんなに常識なく見えるー?」

 私の返事に柊さんは怒ったようにそう言いながら腕を組む

「あ、いえ、別にそういうことでは……」

「冗談よ冗談、からかってごめんなさいね、あたしもね、そういうこと結構気にするのよ、自分が楽しくてもそれで周りを不快になんてさせちゃったら、あたしは自分を許せない、意外とネガティブなのよそういうところ」

 私が慌てて決して柊さんを落とす意図があって言ったわけじゃないと説明しようとすれば柊さんは笑いながら逆に謝ってくる

 それから少しだけ悲しそうな笑顔を浮かべてそう語る

「……」

 私は、そんな柊さんに何も言ってあげられなかった

 あんなに自分に自信があって、周りを笑顔にさせてしまう彼がまさかそんなことを考えることがあるなんて、思ってもみなかったからだ

 私みたいにネガティブなことや悲観的なことを考えることがある、という事実に申し訳ないけどどこか、親近感すら覚えた

「だから、あなたみたいなかわいい同伴者が一緒に行ってくれるって言ってくれたの嬉しかったのよ、やったー、これで入れるわって、ねぇ、あたしに付き合うと思って、一緒に入ってくれないかしら?」

 だけど柊さんはすぐにくるっといつもの笑顔に戻るとそう言ってお店を指差す

「……わかり、ました」

 やっぱり、柊さんは優しい

 さっき言ったことはきっと適当なことを言ったわけではなくて本心も含まれたものなのだと思う

 だけど、私が最後の最後で足踏みしていれば自分の為にと言って私の背中を押してくれる

 そこまで言われれば私にも断る理由はなかった

「ありがと! あなたやっぱり優しいわねー、結果あたしに付き合わせるみたいな形になっちゃって申し訳ないわー」

 柊さんは嬉しそうにそうお礼を言うと再度お店のドアノブに手をかけて、少しだけ申し訳なさそうに謝って見せる

 本当はお礼を言うのも、謝るのも私の方なのに、この人はそんな隙すら絶対に私には見せない

 柊さんがドアノブをひねって押せばカランカラン、とドアについたベルが小さく音を鳴らす

 お店の店員さんに何名様ですかと聞かれた柊さんが指を二本立てて人数を教えれば店員さんは席に案内してくれる

 案内してくれた席は窓に隣接した席で、そこに座って店内の内装を見渡せば外から見るよりもよりガーリーだ

 だけどそれ以上に私の目を惹いたのは店員さんの着ている制服だった

「あなた、お店のメニューとか外装よりここの制服が気になったんでしょ?」

 柊さんは私が店内を忙しそうに歩き回る店員さんに目を奪われているのを見て出されたお冷やを一口飲んでからそう聞いてくる

「あ、え、な、何で、分かったんですか……?」

 店員さんには視線だけ向けていた筈なのにそう指摘されて私は慌てて聞き返す

 端から見ても分かるほど、そんなにジロジロと見ていただろうか

「分かるわよー、あたし言ったじゃない、あなたの服のファンだって、だからあなたがここを選んだときやっぱり、って思ったわ、あなたの好きそうな服だもの、ちなみに私もここの制服のデザインけっこう好きよ」

 だけど柊さんから返ってきた言葉を聞いて、それよりももっと前から私がこのお店を服で選んだんだということに気付いていたという事実に少しだけ恥ずかしくなる

「……可愛い服ですよね」

 私は柊さんから視線を反らして窓の外に目を向けながらお冷やを口にして、それから、それだけ返す

「着たいって、思う?」

 柊さんはふと、意図の汲み取れない質問をしてくる

「さ、流石にそれは思いませんけど……」

 私は慌ててそれを否定する

「そうなの?」

 だけど柊さんは机に肘をついてその上に顎を乗せると真剣な瞳でそう、聞いてくる

「……」

 その清んだ瞳に覗かれているとまるで全てが見通されているようで私は何も言えなくなる

 確かに、ああいう服を着てみたいとは思うけど、それを口に出来るほどにはまだ自信はない

「……まぁ、そんなことは置いておいて、メニュー見ましょうか!」

 暫く視線の応答を繰り返していたが柊さんはパッとまた空気を変えてそう言いながらメニュー票を手に取る

「あ、はい……!」

 呆けていた私も柊さんからメニュー票をひとつ手渡されて慌ててそれを開く

「……すごい」

 つい、声が漏れた

 ページの中には沢山の可愛いメニューが並んでいて、どれもとても美味しそうだった

「嫌だ、すごいかわいいメニューばっかりねー、どれにしようかすごい迷っちゃうわ」

 そんな私に柊さんも肯定するようにそう言って楽しそうに悩んでいる

「あ、私、これ気になります」

 私はメニューを机に置いて一番気になった可愛らしいプレートメニューを指差す

「それも確かに美味しそうね、でもあたしはこっちにしようかしらー、あ、これも頼んじゃいましょ!」

 柊さんは自身の持っていたメニューを戻すと私の広げたメニューに視線を切り替えてひとつのパスタを指差す

 そしてそれからデザートメニューのパンケーキも示して見せる

「……私もこれも頼もうかな……」

 柊さんの選んだパンケーキは季節のフルーツが沢山使われたピンクの生クリームの乗った美味しそうなパンケーキだった

 生地は、スフレ系だろうか

 私はそれを見て自分もそれを頼むか悩みはじめる

「……」

「柊さん?」

 ふと、静かになったと思って視線を上げれば優しい顔で柊さんは私を見ていた

 不思議に思ってつい、名前を呼ぶ

「いえ、別に何でもないわ、ただ、楽しそうで良かった」

 だけど名前を呼ばれた柊さんはどこか嬉しそうにそれだけ言って笑ってみせる

「……なにか、色々と本当にありがとうございます」

 私は改めて柊さんにお礼を述べる

 この数日間、私は柊さんにお世話になりっぱなしだ

 それにこれからもルームシェアをする以上は色々と迷惑をかけることになるだろう

 それを少しだけ、申し訳なくも思う

「お礼なんていらないわ、あたしが好きでお節介焼いてるだけなんだから、むしろ付き合ってくれてありがとうね」

 だけど柊さんはふっと少しだけ吹き出すように笑った後に逆に私にお礼を言って、それからまた笑った


  それから来たパスタを柊さんはテンション高めに沢山写真を撮って、美味しそうに頬張っていた

 あまりにも美味しそうに食べるからこっちも見ているだけで楽しくなってしまうくらいだった


「このパンケーキ、美味しいですね」

 私は食べ慣れないスフレ状のパンケーキに少し苦戦しながらも味わっていた

「そうねー、甘すぎず丁度いいわー、あら」

 目の前では柊さんが慣れた手付きで同じパンケーキを食べ進めていく

 だけど、途中で手を止めるとフォークを一度テーブルに置く

「どうしたんですか?」

「ちょっとじっとしてて頂戴ねー」

 不思議に思って問いかける私の唇の端をそっと柊さんの指が撫でた

「っ……」

 瞬間、息を飲みそうになるが必死に気付かれないように口をきっと結ぶ

「クリーム、付いてたわよ」

 柊さんは笑顔でそれだけ言うと拭ったクリームをナプキンで拭き取る

「あ、ありがとうございます……」

「慌てる必要ないから、ゆっくり食べましょうね」

 別に何か特別な意図があったわけではない

 それは分かっているのに、矢継ぎ早にお礼を伝えた私は柊さんの顔をなかなか直視出来なかった


「いやぁ、やっぱり評判良いだけあって見た目だけじゃなくてちゃんと美味しかったわねー」

 昼ご飯を終えた私たちは店を出ると特に行き場所を決めるでもなくふらふらと歩いていた

 柊さんは食べたものを思い出しているのか嬉しそうに頬に手をあてる

「そうですね、パンケーキも美味しかったです」

 スフレ系のパンケーキなんてほとんど食べたことがなかったが意外と美味しくてびっくりした

 昔テレビで観たときはほとんど生じゃんなんて思ったが実際にちゃんとしたお店で食べると意外と悪いものではない

 柊さんの行動には少し動揺したが

 この頃には私のなかの緊張とか、そういうものはそれなりに自分のなかで噛み砕くことが出来ていて、柊さんにしてもらったお化粧も、見立ててもらった服も、誰かが見て笑っているんじゃないかなんてそこまで考えなくなっていた

 といってもやっぱり少しは気になるものは気になるのだがそれは、ずっとこういうことを避けてきたのだから仕方ないと思う

 ずっとトラウマだったそれが一気に全てが気になりません、なんてなるほうが稀有だろう

「季節でフルーツも変わるみたいだからまた来たいわね」

 柊さんは隣を歩く私の方を向いてそう言って笑う

「……はい、機会があれば是非」

 気を使って言ってくれているのか、本音なのかは分からなかったけど、そう言ってくれるのであれば私はただ、本音を返せば良いだけだ

「あら、あなたちょっとこっち向いてくれる?」

 柊さんはふと、そんな私のほうをに視線を向けると道の端に寄って私を手招きした

「どうかしましたか?」

 私が柊さんに続いて道端によると柊さんはそっと私の唇に触れた


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