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第34話 変わらない事実

 気づかれる前に離れよう、そう思ったのに。

「……あれ、もしかして、あ、すいません、後でかけ直します」

 慌てて電話を切る音が聞こえて。

「ねぇ、待って! 君、鈴奈だよね?」

 後ろから声をかけられる。

「……あ、えっと、はい」

 私は意を決して振り返ると視線をさ迷わせながらも嘘をつくことも出来なくてただそう言って頷く。

「うわぁ久しぶりだね! 元気にしてた? 確か中学の卒業式ぶりだよね」

 四季くんは手に持っていたスマホをポケットにしまって私の前まで来ると嬉しそうにそう話す。

「……まぁそれなりには……四季くんも、元気そうでよかった」

 そんな四季くんになんとかそれだけ返すけど、やっぱり目線は合わせられない。

「今はここら辺に住んでるの? 俺の家もこの近くなんだけど会ったことなかったから、引っ越してきたとか?」

「……そんなところ、かな」

 四季くんにそう聞かれて私は詳しい事情は話すことはせずにとりあえず、といった感じに肯定だけする。

 この人懐っこいところとか、人の懐にひょいっと入ってきてしまう感じとか、昔と全然変わってない。

「……ねぇ、よかったら近くでお茶とかどう? 話したいことも、あるから」

 四季くんは腕時計を確認してからそう誘ってくる。

「……そ、れは」

 はっきり言ってしまえば気乗りなんてしない。

 それでも即答で断りきれないのはきっと、一度は好きだった人だから。

「あ、忙しいかな……」

「忙しくはないけど……」

 私の歯切れの悪い返答に四季くんの声が少しだけトーンが変わって、私はついそんなことを言ってしまう。

 今、忙しいと、それだけ言えば、この場から逃れられるのに。

「それなら行こうよ、良いお店がこの近くにあるんだよね」

「…………うん」

 私の返答に嬉しそうにそう言う四季くんに、気付いたらそう、返していた。

「よかった! それじゃあ行こうか」

 笑顔で歩き出す四季くんの後を追うような形で私は四季くんについて歩き出した。


「俺はコーヒーで」

 入ったのは歩いて数分のところにあった喫茶店。

 昔ながらの建物にレトロな装飾のおしゃれなお店だった。

 席につくと四季くんがまず注文をする。

「……私も同じもので大丈夫です」

 それについで私も注文を済ませるけど、はっきり言って今なら何だってよかった。

 どうせ味なんて分からないのだから。

「……それにしても元気そうでよかったよ、鈴奈中学卒業した後メールアドレスも電話番号も変えたみたいだったからみんな連絡取れなくなって寂しそうにしてたよ」

 店員が去っていったのを皮切りに四季くんが話し出す。

 私は中学卒業と同時にそれまで関係性のあった人たちとの関係を全て切った。

 中学のあった場所からはそのタイミングで引っ越しもしたから高校で誰かに会う機会もなく、関係を切ってしまうのは簡単なことだった。

「……そっか、それはごめんね」

 関係性を全て絶ったのは別に四季くんのせいではない。

 ただの家庭事情というやつだ。

 だからそこは素直に謝る。

「あ、いや、責める気はないんだ、もとはと言えば――」

「お待たせいたしました、コーヒーです」

 もとはと言えば、そこまで四季くんが言ったところでタイミング悪く注文していたコーヒーが届く。

「ああ、ありがとう」

 四季くんはコーヒーを持ってきてくれた店員にお礼を言って、それから砂糖も入れずにブラックのまま口をつける。

「……」

 私も自身の前に置かれたコーヒーに口をつけたけどやっぱりほとんど味なんて分からない。

「……そういえば鈴奈は今何してるの? 陸上続けてたりする?」

 四季くんはさっきの話の続きをすることなく今度は別の話題を振ってくる。

「……ううん、高校に入ってからは運動はしてないよ、今は……ファッション関係の会社で服のデザイナーしてる」

 高校に上がってからはする必要のなくなった運動に精を出すことはせずに黙々と勉強に専念していた。

 そして、どうせ聞かれるのならと思って先にこっちから今の職業を伝えてしまう。

「……そっか、なんか……」

「っ……」

 少しだけ逡巡した様子を見せた後にあのときのような前置きをするから、自ずと息を飲む。

 また、何か、そういうことを言われるのだろうか。

「鈴奈らしい仕事だね」

「……え?」

 そう覚悟していたのに、だけど、四季くんから放たれた言葉は思いもよらないものだった。

 その言葉に動揺が隠せなくて私はつい、聞き返してしまう。

「ほら、鈴奈よく見せてくれたじゃん、自分でデザインした服とか」

「あ、そういえば……」

 四季くんの言葉で私も思い出す。

 告白する前までは確かに落描き帳に描いていた沢山の服達を四季くんに見せていた気がする。

 告白後は見せることもなくなっていたからすっかり忘れていたけれど。

「だから、鈴奈によく似合ってる仕事だと思うよ」

「ありがとう……」

 四季くんは真っ正面からそう、言ってくれているのに、どうしても私はそれを素直に受け取ることが出来なくて、ただ一言、お礼だけ返した。

「奇遇なんだけどさ、俺も今ファッション関係の仕事してて」

「そう、なんだ……」

 四季くんの告白には普通に驚いた。

 中学の頃は陸上一筋で、それこそファッションになんて無関心だった筈なのに。

「そう、ファッションプレスの仕事してるんだ」

「……え」

 つい、間の抜けた声を漏らしてしまう。

 ファッションプレスと言えばそれは、柊さんと同じ役職だからだ。

 私に呪いをかけた彼が、呪いを解こうとしてくれている人と同じ職業なんて、運命というのは何とも数奇なものだ。

「そんなに驚くことかなー、昔から得意だっただろ何か売り込むのとか」

 私の反応を純粋に驚いたと捉えたのか四季くんは少しだけ苦笑いしながらそんなことを言ってくる。

「あ、ごめん、別にそういう意味で言ったわけじゃ……」

「分かってるって、それに……そういう意味だったとしても言われても何も言い返せないし」

 私は慌てて弁明するけど四季くんは気にしていないといった様子で笑うと今度は少しだけうつむき加減に頭をかきながらそう溢す。

「四季くん……」

 さっきから、彼は何か言おうとしては止めてしまうけど、その感じからするにあの時のことを何か言おうとしているのではと感じてはいる。

 だけど、それをこちらから振ることなんて出来ない。

「でも同じ業界にいるならまた顔を合わせることもあるかもしれないね、部署が違うから難しいかもしれないけど……」

「そう、だね……」

 嬉しそうにそう言う四季くんとは逆に言葉では肯定しながらも内心では良いことだなんて思えなかった。

 出来ることなら、もう、会いたくない。

 それが私の直結な感想だ。

 どれだけ彼が変わっていたって、あの日のことは変わらない。

「……でも会えてよかった、俺さ、鈴奈に言わないといけないことがずっとあったから」

 そんな私の気持ちも知らずに四季くんはまた、覚悟したように何か言おうとする。

「……言わないといけないこと」

「俺、あの日――」

 プルルルルルルルル

 私が復唱したのを合図にこちらを向いて四季くんは口を開いたけれど、突然鳴り出した無機質な音でまた遮られてしまう。

「あ、ごめん、会社からだ」

 すぐにスマホを取り出して画面を見た四季くんは慌てた様子でそれだけ言うと席を立った。

「ううん、大丈夫だよ」

 私が笑顔でそう返せば店を出て、少しだけ電話をするとすぐに四季くんは戻ってきて

「ごめん、急用が出来ちゃって、支払いは済ませとくからゆっくりしてって、誘ったの俺なのにほんとごめんね」

 言いながら手早くコーヒーを飲み干すと鞄を手に取る。

「気にしないで」

 そう、気にしないでいい。

 こちらからすれば出来ることなら早く帰りたかったぐらいなのだから。

 だけど

「あのさ、よかったらなんだけど、連絡先交換しない? また、会いたいし……ダメかな」

 去っていく直前に四季くんはそんなことを言ってのけた。

「……別に、大丈夫だよ」

 そして私はまた、それを断れなかった。

 そんなの、断ればいいだけのことなのに、根本は変わらない彼、それでも大人になって色々なところが変わった彼の、そんな申し出を断れなかったのだ。

「そっか! ありがとう、よし、これでいいかな、それじゃあまた!」

 てきぱきと私との連絡先の交換を済ませると四季くんは軽くこちらに手を振って、そのまま店を出ていった。

「うん、またね」

 そんな後ろ姿にそれだけ声をかけておいて、私は残っていたぬるくなったコーヒーを一気に飲み干す。

「……早く帰ろ」

 そして、一人ごちるとそのまますぐに立ち上がって店を出た。

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