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第33話 最悪の再開

「まずファンデ、それから次はーチークのせて……」

 あの日、私が意を決してその言葉を伝えれば柊さんは笑ってもちろんと一言、そう返してくれた。

「アイラインは……やっぱりまっすぐ線ひくの難しいなー」

 手に持ったアイラインで鏡を見ながら目元に線をひこうとするが毎回どうしても上手くいかない。

 柊さんは休みの日を使ってメイクの仕方を教えてくれるとグロス以外の他の化粧品が揃うまでは好きに使って構わないと自身の化粧品の入ったポーチをリビングに置いてくれるようになった。

 それからも休みの日に何度か教えてもらって、自分一人でも試してみて、それでも会社はもちろん町に繰り出す勇気もないから自分で化粧した日は家の近くを散歩するようになった。

「ハイライトも入れたから、フェイスパウダー、よし、これで良い筈」

 そして最後は柊さんにもらったグロスを唇に塗ると鏡で出来を確認する。

「……大丈夫、な筈」

 やっぱり当たり前だけど柊さんにしてもらったそれとは程遠い出来。

 それでもいつもよりも少しだけ自信がつくのもまた事実だった。

 最近は化粧をした後の朝の日課になりつつある散歩もそれなりに楽しみになってきている。

 いつもは最終確認は柊さんにしてもらっているけどこの日は朝から柊さんはいなかったから確認はしてもらえない。

 私は化粧品を片付けて家を出るとしっかりと鍵をかけて、それから散歩に向かった。


 今日は快晴。

 昨日は雨だったから街路樹の葉からは雫がぱたぱたとこぼれ落ちている。

 カタツムリも見かけたけど昔からカタツムリはあまり得意なほうじゃない。

 でもこの雨の後特有の湿った空気の香りは大好きだ。

 この辺りは通学路でもあるから朝から子供達は元気に登校してて、みんな笑ってる。

 最近顔見知りになった朝の散歩が日課のおばあさんにも挨拶して、散歩している犬をチラリと見れば可愛いし、通り道にあるガーデニングが趣味なのか沢山の植木鉢が置かれてある赤い屋根の家の庭には昨日は咲いてなかった花が咲き誇っているのが目を惹く。

 私は人に会うのがあまり好きではなかったし、休みの日とか空いた時間は全て服のデザインか読書とかにしかあててこなかったが案外こうして散歩してみると色々な発見があってわりと楽しいということを知った。

 昔の自分だったら絶対におばあさんとだって会話なんてしなかったのに今ではそれも散歩の楽しみの一つになっていることにも驚きは隠せない。

 今まで目につきすらしなかったものや事柄。

 それらは全てが全て、きれいで、鮮やかで、今までとは全く違う。 

「ですから、その件についてはおまかせした通りにお願いします、はい」

 そろそろ散歩コースも折り返し、そんな時だった、ふと、聞いたことのある声がした。

 いや、正確には少しだけ低くなっているけど、それでもすぐに彼の声だって分かってしまって、横を通りすぎようとしたその人の顔をつい、見てしまった。

「っ…………」

 漏れそうになった声を押さえるために咄嗟に口を手でふさぐ。

 化粧したあとはあまり顔に触るべきではないとかそういうことを気にすることすら出来ずに。

 やっぱり、そうだ。

 間違える筈もない。

 忘れるわけもない。

 随分と背も伸びたし大人の男性って顔つきになってて、あのあどけなさこそ残っていないけれど、ぱっちりした二重の瞳とか、薄い唇とか、運動している人特有のがっちりした感じとかそういうのは全く変わっていない。

(ごめん、お前のことそういう目では見れない……っていうか何だよその服ー、お前そういうキャラじゃないだろ、似合ってないって!)

 まただ、あの日、自分のデザインした服を着たときと同じようにそのセリフが頭のなかでこだまする。

 そう、今横を通った彼は、私にその言葉を投げつけた張本人。

 私の初恋の相手、四季一希、その人だった。


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