「おはようー、ねぇ鈴奈さん、今日一緒に出掛けない?」
朝、起きて顔を洗って洗面所から出てくると柊さんは既に朝食の準備に取りかかっていた。
朝に弱い柊さんは最近は何故か私よりも早く起きてこうして行動していることが多い。
「おはようございます、あー、ごめんなさい柊さん、今日は四季くんとお茶する約束してて……」
そしてせっかく誘われたのに申し訳なく思いながらも断る。
彼との再開から暫く経ったがあの後も何度か四季くんから連絡はあって、実際に会ってお茶をした回数も既に片手の指では数えきれない量になろうとしていた。
その度に私は、告白するより前の彼のことを鮮明に思い出すようになっていて、前ほどまでに会いたくないと思うこともなくなってきていた。
それでもいまだに彼が言いかけた話の確信には触れることは出来ていない。
「あら、そう、それなら大丈夫よ、別に特別な理由があったわけでもないから、それより、ちゃんとおめかしして行くのよー」
私の返答を聞いて、柊さんはいつもの感じでそう言ったけど、何処か言葉の雰囲気が普段の柊さんの感じではなくて、何か気にさわることを言ってしまったか少しだけ不安を覚えたけれど、キッチンから出てきた柊さんは特段変わることなく普段通りで、きっと私の考えすぎだろうと思考を切り替えることにする。
「はい、ありがとうございます」
そうしていつも通りテーブルにつきながら私は柊さんにお礼を伝えた。
「あ、おはよう鈴奈」
私があの日再開してから四季くんと行った喫茶店のドアをくぐると既に来ていた四季くんがこちらに気付いて手をひらひらと振ってくる。
「おはよう四季くん」
私は簡単に挨拶を返して四季くんの向かいの席に腰を下ろす。
「今日はありがとう、時間取ってくれて」
「別に大丈夫だよ」
四季くんは毎回謙虚にお礼を言ってくる。
最初のほうこそそう思うならもう連絡をしてこないで欲しいと思ったこともあった。
自分で向き合うと決めて、柊さんの助言も断ったのに、それでも過去と向き合うというのは思った以上に怖いものなのだ。
「コーヒーでいい?」
「うん」
私のオーダーを確認すると四季くんは慣れた様子で注文を伝える。
「……最近は、どう?」
「最近はって、つい数日前にお茶したばっかりだよ」
四季くんは少しだけ視線を泳がせた後にふとそんなことを聞いてくるから私は少しだけ笑いながらそう返す。
つい一週間前くらいにはお茶をしているのだから早々何かが変わるわけではない。
だけど四季くんは毎回会うたびに最初にそれを聞いてくる。
「ああ、そうだよね、そんな数日で変わらないよね」
そしてそんな私の突っ込みに四季くんはあははなんて笑いながらそう答える。
こんな風に彼と笑いながらまた話せる日が来るとは思ってもいなかった。
だけど、何度も会って、こうして話を重ねていくうちに私が好きだった頃の彼となんら変わっていないことを知って、気付けば普通に話すことが出来るようになっていた。
もちろん言われたことにたいするしこりは大きく、残っているけど、彼は決してそれに触れてくることはなくて、だからこそ、告白する前のような会話が出来ているのだと思う。
「四季くんは、何かあったの?」
「あ、うん、そうだね、会社でちょっと大きなプロジェクト任されて、少しだけ忙しくなりそうなんだ」
私がそう聞き返せば四季くんは少しだけ嬉しそうにそう教えてくれる。
「それはおめでとう」
「ああ、ありがとう、でも、これは君のおかげでもあるんだ」
お祝いの言葉を伝えた私に四季くんは思ってもみないことを言う。
「そう、なの?」
何かをした覚えはないし何よりも私達が再開したのは二ヶ月前とかそれくらいのことだ。
そんなに深い関係ではない。
「俺が元々この仕事を始めたの、鈴奈の影響なんだよね」
「……」
四季くんの言葉に色々な意味で言葉を失う。
私の何が、四季くんに影響を与えたのかが全く想像がつかない。
「まぁ、影響っていうか、ファッション業界にいればいずれまた、もしかしたら鈴奈に会えると思って、それで得意だったそういうの生かしてファッションプレスの仕事についたんだ」
「そう、なんだ……」
頭をかきながらそう告げる四季くんに何とか返事を返す。
何故、そこまでして私とまた会いたかったのかが分からない。
だって、ただの友達で、振った振られたの中で、それだけで、別れだって一方的なものだったのに、そんなただの同級生に会うために仕事を決めた、それも必ず会えるとも限らない一種の賭けみたいなもので、そこまでする理由なんてどこにも見当たらない。
「あ、気持ち悪いよね、でもごめん、ちゃんと理由があるから、ずっと、話さないといけないと思ってたことだから、聞いてくれる……?」
「……うん」
私が黙り込んだことを別の受け取りかたをしたのか慌てて謝った後に四季くんはそう、問いかけてくる。
私は一言だけそう呟いて首を縦に振る。
雰囲気で察していた。
この話が、あの日、再開した日にしようとしていたものだということを。
「俺にさ、告白してくれたよね、鈴奈はあの日」
「……」
やはりそうだった。
ちゃんと内心では覚悟していたのに、直接言われると何も言い返せない自分がいた。
「それを俺は、茶化してなあなあなにした、しかも最悪な言葉を使って傷つけた……俺は鈴奈との友達っていう関係を壊したくなくて、自分の気持ちを優先して鈴奈を傷つけた、俺は……それをずっと、謝りたかった」
「そっか……」
やっぱり、そうだった。
好意のない相手だけど、友達としての関係性を壊したくなくそう言ったのだろう。
そう、何度も考えた。
それでもそれは仮定でしかなくて、確定したことではなかった。
だから、それを本人の口から聞けた時点でそれなりに自分のなかで折り合いはついていた。
「あの時は、本当にごめん、俺が、バカだった」
そんな私に四季くんは真剣な口調でそう言いながら頭を下げた。
「再会出来てから、ずっとこうして謝りたかったのに、毎回毎回しり込みして、謝れなくて、遅くなって本当に、ごめん」
「……実は私ね、あの後から最近まで全く化粧もしなかったし、可愛い服も着れなかったの」
そう言ったまま頭をあげない四季くんに、ふと、私は気付けば口を開いていた。
「そ、れは……俺のせいだよね」
その言葉に反応して四季くんが頭を上げる。
「まぁ、オブラートに包まないならそうなるかな」
「そう、だよな……」
私の言葉にあからさまに顔色を悪くして四季くんは口許を押さえるけど、これは別に当て擦りとかそういう類いのものではない。
ただ、この先を話すために必要なもの、それだけのことだ。
「でも、ある人がそんな私の気持ちを、考えを、心を、塗り替えてくれた、その人は会社の同僚で、今のあなたと同じファッションプレスチームに所属してて、とても甘党な人で、とても、優しい人」
言いながら、私はその人の顔を頭のなかで思い出す。
「……」
四季くんは、ただ黙ってその話を聞いてくれる。
「その人がいてくれたから今の自分がいる、だから逆に……このまえまでの私じゃなくて今の私と再開してくれてありがとう四季くん、だって、今なら自信を持って君とこうして話しも出来るし、お茶だって出来るんだから」
私は言いきると自然と笑顔を彼に向けていた。
それに自分で気づいた時、また、カチリと音がさしてひとつの枷が外れたのがよく分かる。
「……そっか、バカな俺の尻拭いをしてくれた人がいるんだ、よかったって、いっていいのかな……でも、俺は鈴奈が嫌いだったわけじゃない、それだけは分かって欲しいし、虫が良い話しかもしれないけど、また友達になれたらって思ってる、嫌なら勿論もう会わない」
「……私も、友達としてまたやり直せたら、また、変われるかもしれないし、それも良いかもしれないね」
少しだけ嬉しそうにした後に四季くんはまた真剣な表情を浮かべてそんな提案をしてくるから、私は迷うことなくその提案を受け入れる。
そもそも私は四季くんのことが嫌いだったとか、あんなことがあったから友達を止めたかったとか、そういうことはあまりなかった。
ただ、言葉という名前の大きなトゲが心に何本も刺さっていた、それだけのこと。
そして、柊さんのおかげで変われた私なら、四季くんとまた友達としてやり直せればまた、もっと良いほうに変われるかもしれない、なんて、そんな風にさえ思えてしまったから、断る理由はなかった。
「……ありがとう、鈴奈はいつだって優しいな、それじゃあまた、今度はお茶だけじゃなくて普通に遊びに誘ってもいい……?」
「うん、勿論いいよ」
四季くんの誘いも私はもちろん受け入れる。
「そっか……ねぇ、本当はあの日の格好、すごく似合ってたし、可愛かったよ、それに……今日の服だってメイクだって、すごい似合ってる」
四季くんはそんな私の返答を聞くと力が抜けたように一度椅子に深く腰かけて、それから座り直すとあの日のやり直しとでもいうように少しだけ遠慮がちな笑顔でそう、言った。
「……そっか、ありがとう」
その瞬間、自分でもよく分かった。
これは、私のなかで大きなターニングポイントになるであろうということが。