竜の放つ雷の咆哮を雷撃の魔法で受け止める。
他方で結界で守った侍女を、念動の魔法でボロ屋の中に運ぶ。
さすがにベッドまでは無理だ。
玄関先で目覚めることになるのは我慢してほしい。
竜は後ろ足が地上を踏みつけたところで咆哮を止めると、再び空に上がる。
上から雷を降らせて一方的な戦いにしたいのだろう……が!
「俺がここにいたらどうなる?」
頭の上に乗られた竜は雷の咆哮に怒りを乗せ、激しくうねりながら上昇を続ける。
高所に運び、息苦しさからの落下死でも狙っているのかもしれないが。
「我慢比べか? いいぞ」
俺も雷撃の魔法を放った。
●●ソフィー●●
複数の家屋と街壁を犠牲にしてなんとか外に誘き出すことができた。
犠牲となったのは建物だけではない。
その事実がソフィーの心に痛みを呼ぶ。
だが、涙を流している暇はない。
魔獣はいまだ健在。
いや、傷一つつけられていない。
「これでも、訓練は怠っていないのだけれど……」
父であるマクシミリアンから、直々に勇者の戦闘方法を習った。
それは魔功と呼ばれるもので、アンハルト騎士団を国内最強の地位に押し上げている礎でもある。
訓練をする過程で魔獣とも戦ったことがある。
苦戦することはあったけれど、全てに勝利した。
だが、こんなに大きな魔獣と遭遇したのは、初めてだ。
眼前にいるのが普通の魔獣ではないことはわかっている。
おそらくは、竜と呼ばれる存在に違いない。
魔獣であって、魔獣を超えた存在。
こんなものがいきなり出てくるなんて。
「……どうも、ここ最近、運から見放されている気がするわ」
「わははは! ソフィー様が弱気になるなど珍しい」
騎士に笑われてしまった。
笑うということは、まだ心に余裕があるのだろう。
それを確認できて、ソフィーは笑みを浮かべる。
「少しは嘆きたくもなります」
そもそもが、この結婚自体が運が悪いとしか思っていない。
貴族の娘であるのだから、政略結婚することになるだろうと思っていたが、まさか王族から求められることになるとは。
それでも、父マクシミリアンも最初は拒否していた。
アンハルト領に金山が見つかってから、接している南の国からの圧力は強くなるし、近隣諸侯との繋がりの強化のために新しい気の使い方をしなくてはいけなくなったしと大変なところに、後々の王位継承にまとわりつく気苦労まで背負いたくなかったという思いがマクシミリアンにはあった。
だが、それでも、と強く願われたために最終的には折れた。
これは、金山という新しい財源を軸にヴァルハルト王国の南部諸侯がアンハルト侯爵家を中心に結束していっていると王家が感じたためである。
放置しておけば、国を割る事態にさえもなり得る。
故に、王家にアンハルトの血を招き入れた。
だが……。
フランツは納得していなかったのでしょうね。
夫であり国王である人物を呼び捨てる。
肌を重ねたことのある間柄だからこそ、わかる。
子が生まれるまでの義務だとばかりの逢瀬は、あくまでも事務的で、そしてこんなことをしている自分を憎み、蔑み、蔑む自分に興奮するという捻じ曲がった性癖の中で繰り返されてきた。
他の女たちとの間でどういうことをしているのか知らないが、ソフィーとの間は、まさしくそうだった。
そうして生まれたのが、アルブレヒトだ。
建前のためだけに生まれた可哀想な子。
せめて、私だけでも愛さなければと、これまで接してきた。
愛がないわけではない。
だが、愛さなければと考えてしまう自分に、時折、自己嫌悪してしまう。
両親から得られるはずの当たり前の愛が、片方がないことが確定してしまっている可哀想な子。
そう考えてしまうことがたまらなく、嫌だ。
「まぁ、嘆いていてもしかたがないですね」
「ええ、そうです」
目の前には竜がいる。
手負とはいえ、強力な魔獣だ。
運のなさを嘆いている場合ではない。
「全力を尽くしましょう」