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第6話「エンタープライズ、妹よ」

 それからの半年間、ヨークタウンは依然としてノーフォークからキューバの周囲を行き来する作戦行動に従事していた。

 それは、穴を掘って埋めるようなもので、基本的にクルーからすると退屈なものだった。

 そんな日々を潤すのは、本に映画、ちょっとしたスポーツ、そして。

「青い海の波間に揺れて〜。鉄と炎の戦士たち〜。ヨークタウンは進むんだ〜。マインドスフィアが導く〜」

 ヨーキィの歌とダンスだった。

 映画上映会の後のヨーキィのライブには毎日多くのクルーが駆けつけた。

 少なくともヨーキィはヨークタウンのクルーからはすっかりスターだった。

 持ち歌を是非増やしてくれ、と給料の殆どをヨーキィに渡してしまう人もいたほどだ。


「いっもうと〜。いっもうと〜」

 そんなヨーキィだが、最近はいつもにまして上機嫌だ。

「随分上機嫌ですね。そんなに嬉しいものですか」

 フレデリックが問いかける。

「そりゃあねー。去年の五月に就役したって聞いてるのに、一向に会う機会がないんだよー?」

 とヨーキィ。一瞬不満そうな顔をしたものの、すぐに、妹〜と上機嫌な表情に戻る。

「と言っても、これから行くのは極めて重要な軍事演習ですよ。しっかり気を引き締めてくださいね」

「もちろん、分かってるってー」

 フレデリックによる念入りの苦言もヨーキィにはどこ吹く風だ。

 今、ヨークタウンはバミューダ諸島周辺海域へと航行している。そこで実施されるアメリカ海軍の大規模な軍事演習「Fleet Problem XX」に参加するためだ。


 ◆ ◆ ◆


 一九三九年一月四日。

 北大西洋に百三十四隻もの軍艦が並んでいる。

「ヒューストン、プラズマスタリーシェアリングフィールド展開準備、完了しました」

 ノーザンプトン級重巡洋艦ヒューストンの艦橋で赤い髪をツインテールにまとめた少女が振り返る。

 振り返った先には二人の男性が座っている。海軍作戦部長のウィリアム・リーヒ提督と、大統領のフランクリン・ルーズベルトである。

「では、始めてくれ」

 ウィリアムが頷き応じると、少女、ヒューストンの人格モデルが頷く。

「ヒューストンより、演習参加艦艇各位の人格モデルに告げる。これよりプラズマスタリーシェアリングフィールドを展開する。本艦のプラズマ波形にシンクロせよ」

 ヒューストンがプラズマインドスフィアの短距離通信機能を用いて、周囲の残る百三十三隻の軍艦のプラズマインドスフィア人格モデルに呼びかける。

 直後、ヒューストンの機関室に安置されたプラズマインドスフィアから放電するような紫色の光が発生する。それは機関室から外に向けて飛び出し、百三十四隻の船全ての機関室に安置されたプラズマインドスフィアと繋がっていく。

 やがて、光はさらに周囲に拡散し、周囲の海全体を覆い、やがて、巨大な円を描く線のような光だけが残った。

「プラズマスタリーシェアリングフィールド、展開完了しました。閣下」

 ヒューストンが振り返ると、ウィリアムが再度頷き、通信機を手に取る。

「では、これより、『Fleet Problem XX』を開始する。各部隊の旗艦は同期完了の合図に任意の図形を形成して上空に描画せよ」


 ◆ ◆ ◆


 その頃、ヨークタウンも北大西洋に並ぶ軍艦の一隻として並んでいた。

「ヒューストンからの通信を受信、私のプラズマ波形をヒューストンのものにシンクロさせるよ」

 艦橋でそうヨーキィが宣言すると、艦長が頷く。

「本艦のプラズマインドスフィア、ヒューストンのプラズマ波形に同期。間も無くプラズマスタリーシェアリングフィールドの形成に加わります」

 艦橋で計器を見ていたフレデリックがプラズマインドスフィアの状態を監視しながら、状況を報告する。

「プラズマスタリーシェアリングフィールド、展開完了。本艦のマインドスフィアも正常に同期中」

「うむ」

 フレデリックの報告に艦長が頷く。

「ヒューストンより入電。これより、『Fleet Problem XX』を開始する。各部隊の旗艦は同期完了の合図に任意の図形を形成して上空に描画せよ」

「ヨーキィさん」

「あいよー」

 ヨーキィは頭上に手を持ち上げて指をパチンと鳴らすと、艦橋から巨大なピンク色のハートマークが出現する。

 見れば周囲の艦艇も皆個性豊かな図形が浮かんでいる。

「ヒューストンより入電。『一時間以内に各チームは配置に付け。一時間後に演習を開始する』」

 通信手からの報告が入り、艦長が指示を飛ばす。

 北太平洋に浮かぶ百三十四隻もの軍艦が一斉に動き出した。

「エンタープライズ、入ります。発言許可を」

 そこに長い金髪をツーサイドアップにまとめた眼鏡をかけた少女がヨークタウンの艦橋に現れ、敬礼をした。

「あぁ、許可する」

 艦長が許可すると敬礼を解除し、直立する少女。

「おぉ、他の艦の人格モデルがここに。これがプラズマスタリーシェアリングフィールド……」

 フレデリックが感心したように呟く。

 そう、彼女はエンタープライズの人格モデルだった。

 では、なぜ艦艇を離れられないはずの人格モデルがここにいるのか。その秘密はプラズマスタリーシェアリングフィールドにあった。

 プラズマスタリーシェアリングフィールドは複数のプラズマインドスフィアをシンクロさせることで発生させることが出来る特殊な力場である。

 この中では人格モデルが自在に移動出来、また人格モデル同士のやりとりもほぼゼロタイムラグで出来るという利点がある。

 当時の無線はまだまだ問題も多く、また傍受される危険もあったため、傍受の危険なく直接会うように話せるというのは大きなメリットであった。

「今回のレギュレーションでは、敵同士は当然として、味方同士でもシェアリングフィールドを利用した通信は許可されていないはずだが?」

 艦長が問いかける。

 そのような利点がありながら、艦長の言うように、今回のようにプラズマスタリーシェアリングフィールドを利用した通信を行わない演習の方が多い。

 それは、プラズマスタリーシェアリングフィールドは同時に巨大なプラズマインドスフィアが存在しているような状態となることから、他のプラズマインドスフィアから検知されやすくなるという欠点も持つためである。以上の理由から実戦でも使わない場合の方が多く、それ故演習でも使わないことの方が多い。

 ではなぜ、プラズマスタリーシェアリングフィールドを形成するのかと言えば、その内側では任意の物体を何もない場所にあるように見せることが出来るという特性があるからである。現代風に言えば、何もつけずとも物理的に振る舞うAR物体をその場に出現させることが出来る、と言ったところだろうか。

 平たく言えば、プラズマスタリーシェアリングフィールド内では弾丸や爆弾を実際には使わずに実弾を使った時のような演習が行えるのだ。

「はい、ですが、作戦開始前の作戦会議は可とのことでしたので、姉さんに挨拶だけでも、と」

 エンタープライズはそう言って軽くお辞儀をした。

 その背後で感激した表情でエンタープライズを見つめている少女がいる。言うまでも無い。この艦艇の人格モデル、ヨーキィである。

「姉さん……。なんて素敵な響き……。わーい、エンターちゃーん」

 ヨーキィが嬉しそうにエンタープライズに抱きつこうとする。

「エンター……ちゃん……?」

 思わぬ呼び方にエンタープライズが表情を歪める。

「だって、エンタープライズって長いじゃーん。エンターちゃんでいいでしょー」

「は、はぁ……」

 ヨーキィのラフな言動にエンタープライズは困惑を隠せない。

「よろしくねー。我が妹よー」

 ヨーキィがついにエンタープライズに向けて大きく両手を広げて飛び込む。プラズマスタリーシェアリングフィールド内では人格モデル同士は接触出来るため、エンタープライズはヨーキィに抱きしめられ、そのままヨーキィの重量と勢いに耐えられず転倒する。

 かくして、ヨーキィは自分の妹と出会うことが出来たのだった。


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