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60. 特別

60. 特別




 豪華なシャンデリアが煌めく、広々とした一室。そこには、二人がゆったりと横になれるほどの大きなベッド、難解な魔導書が並ぶ立派な本棚、そして瑞々しい観葉植物が置かれ、洗練された雰囲気を醸し出していた。


 その部屋の中央に、薄紅色の長い髪を優雅に揺らす、気品に満ち溢れた女性が静かに座っていた。彼女は、このローゼリア王国の第一王女フレデリカ=ローゼリア。つい先日、世界を救う勇者との婚約を発表したばかりだったが、その表情は晴れやかとは言い難く、どこか憂いを帯びていた。


「はぁ……」


 フレデリカは、深いため息を一つ零した。現在、彼女は侍女長に豪華なドレスの採寸を受けている最中だった。


「どうされましたか?姫様」


「……あの人と結婚すると思うと、どうしても気が重いですわ……」


 フレデリカは、率直な気持ちを吐露した。侍女長は、穏やかな微笑みを浮かべ、フレデリカを慰めるように言葉を続けた。


「ご心配なさらずとも、姫様。世界を救う勇者様とのご結婚は、この国にとっても喜ばしいことです。ルイス様は、とても素敵な殿方ではありませんか」


「そう、ですけれど……」


 フレデリカは、侍女長の言葉に頷きつつも、納得しきれない様子だった。彼女にとって、この婚約は政略的な意味合いが強く、恋愛感情は皆無だった。もしかしたら、相手のルイスも同じように感じているのかもしれない。


 採寸を終えた侍女長は、一礼して部屋を後にした。フレデリカは、一人になると、再び深いため息をついた。その時、控えめなノック音が部屋に響いた。


「はい?」


 フレデリカが返事をすると、部屋の扉が静かに開いた。


「失礼いたします、フレデリカ様。少々お時間よろしいでしょうか?」


 部屋に入ってきたのは、クリスティーナだった。彼女はローゼリア王国騎士団の副団長であり、魔王軍との戦いが激化する中で、フレデリカの護衛役である姫騎士も務めていた。ローゼリア王国最強と謳われる女騎士だった。


「クリスティーナ、どうかしましたの?」


「今年の騎士団入団試験の受験者名簿を確認したところ、イデアの名前がありました」


「えっ!?」


 フレデリカは、クリスティーナの言葉に驚き、勢いよく身を起こした。そして、クリスティーナから名簿を受け取り、自分の目で確認した。そこには、確かに「イデア」の名前があった。


「あぁ……本当に……イデア……」


 フレデリカは、安堵の表情を浮かべ、胸を撫で下ろした。そして、先程までの憂鬱な気分が一掃されたかのように、明るい笑顔を見せた。


「お会いになりますか?イデアは、現在最終試験の最中ですが」


 クリスティーナが尋ねると、フレデリカは少し考えてから答えた。


「……いいえ、今回は見送りますわ」


「そうですか。フレデリカ様のことですから、すぐにでも会いに行かれるかと思っていました」


 クリスティーナが意外そうに言うと、フレデリカは少し頬を赤らめながら答えた。


「イデアは、私に『必ず強くなって戻ってくる』と約束しましたの。だから、私から会いに行くわけにはいきませんわ。それに、少し意地悪な気持ちもあるんです。私が先に会いに行ったら、なんだか負けたような気がして」


「なるほど、フレデリカ様らしいですね。承知いたしました。私は任務に戻ります」


 クリスティーナは、そう言って部屋を後にした。フレデリカは、再び窓の外に目を向け、呟いた。


「イデア……待っていますわよ」


 その表情は先程までの憂いとは打って変わり、喜びと期待に満ち溢れていた。フレデリカは、イデアとの再会に思いを馳せ、胸を高鳴らせていた。

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