社宅のΩパパ達の集まりは毎週木曜日にあるらしい。子供たちを見送った後、柊は出かけて行った。
俺はまた、秋里と会った。
彼から連絡があって「行きたい店がある」と誘われた。俺の名前で予約を取るように何度も念を押されたのだが、その理由が分かった。
「ここの寿司屋、一度来てみたかったんだ。やっぱりツテがないと予約取れないんだな」
カウンター席に座り、秋里が嬉しそうに茶をすすっている。この店は予約が取れないことで有名だ。「須王ですが」と連絡したら、あっさり予約出来たのだが。
「思いっきり俺の名前を利用しましたね」
「まぁまぁ、いいじゃない。今日は俺が奢るからさ。それに、どうせ暇だったんでしょう」
「まぁ……」
確かに暇だった。子供たちはお泊りだし、柊は家にいないし。
「趣味とかないの? 友達は?」
「趣味は……ないですね。時間が無かったし。高校のときの友達がひとりいますけど、今は海外にいるので」
高校のときの友人、鈴江。彼は現役の卓球選手だ。
海外リーグで活躍している。「美人なお姉さんを恋人にする」と熱く語っていたが、まだ実現していないらしい。
秋里は、目の前に置かれた寿司を美味そうに食べている。
「俺と先生も友達みたいなものですよね?」
俺が問いかけると、彼はゴホゴホと咳き込んだ。
「えぇ……? 友達……うーん、いや、どうだろう……」
その返答は地味に傷つく。
「医者と患者の家族だからですか? 年が離れてるから?」
「うーん、友達……なんか、俺にとっては未知の響きだな……きみは、一応αだしな……」
秋里はぶつぶつ言っている。
「俺がαとか関係ありますか? もしかして、先生がΩだからですか?」
秋里が凄い顔で俺を見る。
「え……、俺がΩって、なんで知ってるの」
あ、しまった。
彼は自分でβだと公言していたんだった。
「……すみません、気づいてました」
「いつから……?」
「……フランスへ行って、しばらくしてからです。向こうは日本よりΩに対しての偏見がひどくて、手厚い社会保障があるわけでもないんです。だから、Ωの中でも割と体格の良い人はβだと偽って働いていることが多くて」
そうなれば当然、問題が起きる。
「ヒートの周期が乱れたり、妊娠が分かったりして、同僚や上司が実はΩだったと判明することがありました。先生の雰囲気が、彼らとよく似ていたので……」
「そ、そうだったのか……」
秋里がぎこちなく笑う。声がわずかに震えている。
普段は飄々としているのに、Ωだと知られただけでこんな風になるなんて。いや「Ωだと知られただけ」なんて軽く思うことが、α的な考えなのかもしれない。
「すみません。もっと気遣うべきだったかもしれません。俺は番がいるので、もし先生がヒートになっても反応することはないと思ってたんですけど……」
「いや、それは俺も同じだ。きみが番を持たないαだったら、絶対に二人で会うことはしていない」
彼なりに自衛していたのだ。
「まさか、きみに気づかれてるとは思わなかった。少し慌てたよ。良い年なのに情けないな」
そう言って俯く彼は、妙に頼りなく見えた。言わなければよかったと後悔したが、もう遅い。
悪いことをしたと気になっていたが、数日後に病院で会ったときには、いつもの秋里に戻っていた。