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第34話 子供たちがいない夜

「宗一郎さん、宗一郎さん」


 揺り動かされて、目が覚めた。


「あれ……? 柊?」


「ご飯、食べますか」


 いつの間にか、ソファで眠っていたらしい。


「ランチ会、終わったのか」


「はい。買い物も済ませてきました」


「そうか……」


 外を見ると、もう日が暮れていた。


「木曜日はいつも僕ひとりなので、夜は適当に済ませるんですけど」


「うん、俺も適当でいいよ」


 ふいに秋里の悪い顔と「安定後離婚」という言葉が頭をよぎった。せっかく子供たちの親として良い関係になれたのだから、できれば継続していきたい。そのためには態度で示すことが大事だ。


「い、いや、俺が何か作るよ」


「え? いえ、いつもは子供たちの好きなものを作っているので、今日は宗一郎さんの食べたいものを作ろうと思って、いろいろ買ってきたんですけど」


 甘えていいのか……? 


 いや、ダメな気がする。


「せっかくゆっくり出来る日なんだし、柊は何もしなくていいから」


「宗一郎さんにしてもらって、僕だけ何もしないのは申し訳ないです……」


 うーん、正解が分からない。腹がぐるぐる鳴っているので、俺が空腹だということはバレているはずだ。


「あ、そうだ。買ってきた食材って日持ちするよな? 今日はピザを頼もう」


 それなら、俺も柊もゆっくり出来る。


「ピザ……?」


「嫌いか? 宅配ピザ」


「僕、食べたことないです」


 宅配ピザを食べたことがないなんて嘘だろうと思ったが、そういえば柊は箱入りだった。


 毎日料理人の作るものを口にする生活をしていれば、食生活が浮世離れするのも仕方がないのかもしれない。


 柊は注文サイトで熱心にピザを選んでいる。「生地の種類を選べるんですね」と感心したり、好きな具材を追加できると知ると「サラミとソーセージをマシマシにします」と歓喜したりしていた。


 ミート系のピザにサラミとソーセージを追加した、なんとも肉々しいピザを注文した。届いたピザの箱を開けて、柊が目を輝かせる。


「うわぁ、美味しそう」


 さっそく、肉々しいピザを頬張っている。


「チーズがとろとろですね」


 ニコニコしながら食べる姿が蓮と重なる。一花は俺に似ているが、蓮は柊似なのだ。


「チーズ二倍を選択したから」


「そんなのがあるんですか」


 俺よりも圧倒的に早いペースでピザを頬張り、幸せそうにモグモグしている。


「……僕たちだけこんなに美味しいもの食べて、子供たちに悪い気がしてきました」


「今度、あの子たちがいるときに注文しよう。葵はまだ母乳だから食べられないけど、一花と蓮は喜ぶだろう」


「そうですね……」


 食べながら、少しずつ気まずさを感じるようになった。二人でいることに慣れない。それはたぶん、柊も同じだったのだろう。「子供たちの写真、見ますか」と言ってきた。


「宗一郎さんに見せていないものが、まだあると思うんです」


 柊のスマホの画像は、子供たちで溢れていた。


 まだ赤ん坊だった頃の一花。ハイハイをしている一花。つかまり立ちが出来るようになった一花。真剣に絵本を読んでいる一花。箸を持つ練習をしている一花。はにかんでいる一花。


 蓮も同じように、赤ん坊の頃からの写真がおさめられている。一花と違うのは、変な顔をしている写真が多いことだった。妙にブレている写真がある。おそらく柊が変顔に笑ってしまったのだろう。


 葵は一番泣き顔が少ない。どの写真を見てもにこにこ笑っている。そしてたまに、一花と蓮が写り込んでいる。


 二歳と三歳なのに、赤ん坊と一緒にいると姉と兄に見えるから不思議だ。


「蓮は本当に変顔をするのが好きだな」


「あの子、僕が怒っているときにもしてくるんですよ」


「それは確信犯だろうな」


「やっぱりそう思いますか?」


 柊が「つい笑っちゃうんですよ」と項垂れている。子供たちのことなら、こんな風に普通に話が出来る。もう、それだけで十分だ。そう思うのに、一緒にいると胸が苦しい。


 本当は形だけではなく柊とパートナーになりたいと思っている。初めからやり直すのか、新たに始めるのか。どちらでもいい。でも、今の関係が崩れるかもしれないと思うと一歩を踏み出すことが出来ない。


 夜は、早々に寝ることになった。自分のベッドがある部屋に入って息を吐く。すぐ近くにいるのに遠く感じる。


 子供たちがいない夜は静かで、とても長かった。


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