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第33話 向き合う事

 毎週木曜日は、行政が主催している「読み聞かせ&お泊り会」の日だ。


 蓮は大きく手を広げながら「おやつ! いっぱい! たべりゅ!」と満面の笑みを浮かべている。


 読み聞かせの時間におやつが貰えるらしい。


 柊に「おやつばかり食べて、ご飯を食べないのはダメだよ」と注意されていたが、蓮は気にせず「おやつ! おやつ!」と連呼していた。


 柊と一緒に子供たちのお泊りセットの準備をしていると、インターホンが鳴った。「おむかえきたぁ!」と蓮がハイテンションで玄関へトタトタ走っていく。


 市の職員たちに手を繋がれて、子供たちは元気に出かけて行った。


 子供たちがいなくなると急に部屋の中が静かになった。柊が着替えていたので、買い物にでも行くのかと思い声を掛けた。


「買い物に行くなら、荷物持つけど」


「ありがとうございます。でも、違うんです。今日は社宅のΩパパ達とご飯を食べる予定があって」


「Ωパパ……?」


「パパ友っていうんでしょうか。父友かな? 木曜日は子供たちがいないので、いつも集まってご飯を食べたり、情報交換をしたりしてるんです」


 そういう会があるのか。


「俺も行っていいの?」


「宗一郎さんはαなのでダメです」


 そんな……。俺も他のパパ達とご飯を食べたかったのに。


 部屋にひとり残されても、何もすることがない。暇で仕方がないので柊の主治医である秋里に連絡をした。


 フランスにいる間、彼とは頻繁に連絡をとっていた。柊の免疫不全の経過や、妊娠中の様子を逐一報告してもらっていたのだ。


「せっかくの休みなのになぁ」


 文句を言いながら、秋里は待ち合わせのカフェにやって来た。


「奢りますから、なんでも好きなもの注文していいですよ」


 テラス席に座り、メニューを眺めながら「一番高いやつにしよう」と悪い顔をする。


「医者に奢るなんて、きみも立派な身分になったよなぁ」


 秋里が大げさに言う。


「まぁ、そうですね」


 初めて彼に会ったとき、俺は大学生だった。仕事もしていたけど、まったく戦力になっていなかった。


「いくつになったの?」


「年ですか? 23歳です。もうすぐ24歳」


「その割には老けてるなぁ。働きすぎじゃないの」


 老けているは地味に傷つく。


「これからは、落ち着いたペースで仕事が出来る予定なので大丈夫です」


「それにしてもさ、ひとりだと何をしていいか分からないって、仕事人間の定年後みたいだね。そういう旦那は熟年離婚されるらしいよ」


 思わずコーヒーをふく。


「縁起でもないこと言わないで貰えませんか?」


 秋里がさらに悪い顔をしながら腕を組む。


「いや、熟年離婚よりも、安定後離婚ってやつだな」


 まったく笑えない冗談なのでやめて欲しい。


 安定後離婚というのは、免疫不全の治療のためにαと番になったΩが、症状が安定した後に番の解消を訴えることだ。


「柊くん、だいぶ落ち着いたからね」


「……先生には、感謝しています」


「僕は何もしてないよ。きみのおかげでしょう」


 俺だって何もしていない。ただ、ヒートの時にセックスしただけだ。


「もし、本当に番を解消されたいと言われたら俺はどうしたらいいんでしょうか」


 家族として、子供たちの親として、自分たちの関係は良好だと思う。少なくとも二人でいたときよりは、ずっと良い状態だ。


「そういうのは本人たちで話し合うべきじゃないの」


 フレンチトーストにかぶりつきながら、秋里が真っ当なことを言う。


 柊が俺のことをどう思っているか分からない。知ろうとしなかった。知ることが怖かった。俺は彼と向き合う事から、ずっと逃げ続けてきたのだ。



◇◇◇



 秋里とカフェで別れて、家に戻った。柊はまだ戻っていなかった。ソファに横になり、静かな部屋の中で目を閉じる。


 柊にヒートの予兆があれば、フランスから日本に飛んで帰った。


 二度目に性行為をしたのは、一花が生まれて九ヶ月後くらいだったと思う。日本に着いたのは夜中だった。柊はベッドの中で丸くなって呻いていた。


 聞けば三日前から兆候はあったらしい。わずかな異変を感じて、すぐに一花をサポートセンターへ預けたという。


「なんでその時に連絡して来なかったんだ!」


 思わず強い口調になった。


 柊の肩がびくりと震えた。大きな瞳から、ぼろ、と涙が溢れる。


「ごめ、なさい……めい、わく……かけたく、なくて」


 泣きながら、真っ赤な顔で苦しそうに喘ぐ。


 奥歯にぐっと力を入れる。優しくしたい。


 でもたぶん出来ない。甘い匂いに頭の中をかき回されて気がおかしくなりそうだった。柊は、ベッドに横たわり震えていた。


 無防備で、小さくて、弱々しい。


 そんな柊に、狂暴な性欲を感じている自分を怖ろしいと思った。ふぅふぅと息が荒くなっていることに気づく。


 シャツを脱ぎながら、柊の体に触れる。ギシリ、とベッドが音を立てた。


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