柊に教えてもらいながら、家にあった適当な紐で三つ編みの練習をした。
「編み目が大きくなったり小さくなったりするんだが……」
「一定の力加減にしないとダメですよ」
分かっているけど上手く出来ないのだ。柊がやっているのを見ると簡単そうに見えたのに……。
「宗一郎さんって細かい作業が不得手なんですね。手が大きいからかな?」
柊がくすくす笑いながら、俺の手元を覗き込む。そうかもしれない。何度も繰り返し練習してやっと、それなりに出来るようになった。
「あ、そうだ。宗一郎さん、面接の練習もして欲しいです」
「面接の練習……?」
「一花の幼稚園受験のためです。やっぱり準備が必要だと思うので」
柊と話し合って、一花は私立の幼稚園に通わせることに決めた。合格しなければ公立の幼稚園でも良いだろうと呑気に考えていたが、柊はそうではないらしかった。
「保護者の様子もしっかり見られますからね」
受験対策として、幼児スクールの『リモート面接体験』にも申し込み済みだというのだ。かなりの意気込みを感じる。
「教室の先生が面接官の役をしてくれるんです」
「そうなのか」
俺と柊はスーツに着替えた。ソファに並んで座り、パソコンの画面に向かう。
実際に面接体験が始まると、柊は志望した動機や、園の理念や方針のどの部分に共感したか、普段どんな意識を持って子育てをしているかをスラスラと答えていた。それもかなりの好印象な笑顔で。
この顔は見たことがある。高校時代、取り巻きたちに振りまいていた笑顔と同じなのだ。どのような大人になって欲しいかを問われ、俺も真面目に答える。
「パパさんは、フランス暮らしが長かったんですよね」
「はい。でも、これからはずっと日本で生活します」
「夫はフランスにいる間、テレビ電話で子供たちとコミュニケーションをはかってくれていました」
柊がにこやかに付け足す。
「おかげで娘はパパのことが大好きで、家ではいつもパパと一緒にいます」
ぜんぜん一緒にいてくれなくて、むしろ人見知りされてるんだが。
「毎朝、一花の髪を結っているのは夫の方なんです」
まだ練習中なんだが……。
その後も、家庭の教育方針や、両親の家庭での役割、俺の仕事の内容について質問された。
緊張感のせいか、面接体験が終わる頃にはヘトヘトになっていた。
「……嘘はよくないと思うぞ」
「面接の時には本当のことになっているから大丈夫ですよ」
柊があっけらかんと言った。
実際、翌朝から一花の髪は俺が結うことになった。力の加減に注意しながら編んで、ヘアゴムで縛る。
「で、出来た……!」
ほっと息を吐くと、一花が俺を見て笑った。にこ、と微笑みながら上目遣いをされて、心臓が歓喜で高鳴る。可愛い。俺の娘は世界一可愛い。
それから少しずつ、一花は俺のそばで絵本を読むようになった。
近くの公園へ行くときは、そっと俺の手を握ってくる。一花の手は小さいので、手を繋ぐというより俺の人差し指と中指を握っている感じなのだが、そうされると可愛くて愛しくて心臓がぎゅんぎゅんする。
一花は無事に合格して、春から幼稚園に通うことになった。柊は「一花も頑張ったし、僕たちの練習の成果も出ましたね」と喜んでいた。俺は、須王の名前のおかげもあるんだろうなと思いながら、それは言わないでおいた。
幼稚園の制服が届き、俺は一花に試着させて写真を撮りまくった。
柊は葵に授乳しながら、必要書類に目を通している。その後ろで、蓮がうつ伏せの状態で「いやぁぁぁ」と大泣きしていた。誰にもかまってもらえないので腹を立てているのだろう。
「蓮も撮ってやろうか?」
「やらぁぁぁ!」
「嫌ならいいけど」
「とってぇぇぇ」
泣きながらカメラの方に顔を向ける。すぐに調子が出てきたのか、変顔をしながらポーズを決め始めた。
「蓮、ブレるから笑わせないで欲しいんだけど」
必死に笑いを堪えながら撮影する。
「また変な顔してるの?」
柊は呆れながら笑っている。俺はこっそり、そんな柊も何枚か写真におさめた。