翌朝、大音量の泣き声で目が覚めた。
慌ててリビングへ行くと、恐竜の幼児服を着た蓮が床をゴロゴロと転がっていた。
「蓮、なんで泣いてるんだ?」
転がる蓮に聞いてみたが「うわぁぁぁ!」と泣いているだけで、理由が分からない。
「お気に入りの戦隊シリーズの放送日なんですけど、急にお休みになっちゃったんです」
朝食の準備をしながら柊が教えてくれる。
「そうか……残念だったな」
壁に阻まれ、それ以上転がれなくなった蓮は大の字になり「やらぁ……みたいよぅ」と悲しげに訴えている。
「蓮、ホットケーキ焼けたよ。ふわふわのやつだよ」
「……ほっとけーき?」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔が反応する。
「ホイップクリーム付きだよ。いらない?」
「いるうぅぅぅ」
蓮はホットケーキが大好物らしい。それもふわふわのやつ。「ほいっぷは、ましましにしてぇ」と目を輝かせながらリクエストしている。
「おいひーーー!!」
さっきまで大泣きしていたのに、もうご機嫌になった。蓮は小さく切り分けてもらったホットケーキをフォークで三つ四つ刺して、満面の笑みで体を揺すっている。
「……猛獣使いだな」
蓮が恐竜の服を着ているので、余計にそう思う。
「何か言いましたか?」
「な、何も……!」
柊に睨まれて、慌てて口を押さえた。ホットケーキ一枚で泣きやませるなんて凄いと思ったのだ。でも余計な一言で怒らせたくないので、俺は笑顔で誤魔化した。
柊は人数分のホットケーキを焼き、洗濯物を干して、それから掃除機をかけた。
手際の良さに感心する。俺だけ何もしないわけにはいかないので、柊が葵に母乳をやっている隙に食器を洗った。
葵の授乳が終わると、柊は一花の髪を櫛で梳いた。肩まである一花の髪はつるつるで柔らかそうだった。
「今日はキャンディにする? それともマーガレット?」
「まーがれっと」
何のことだろうと思ったらヘアゴムだった。髪を左右に分け、それぞれを三つ編みにしていく。柊は器用にするすると、あっという間に一花の髪を編んだ。
三つ編みが似合う我が娘に見惚れる。可愛い。めちゃくちゃ可愛い。
「可愛いなぁ」
うっとりしながら俺が言うと、一花がぷいっと顔を背ける。避けられた……。ダメージがかなり大きい。俺がショックを受けたのが分かったのか、柊が「ふふ」と笑う。
「笑いごとじゃないよ……」
「可愛いなんて言われたら、照れちゃうもんね」
一花の顔を覗き込むようにして柊が言う。
「え?」
そうなの? 本当に?
「一花は、パパのこと好きだもんね」
柊が優しく問いかける。首を横に振られたら死んでしまいそうだと真剣に思い詰めたが、一花は小さく頷いた……ように見えた。少なくとも否定はしなかった。
マジで? 本当に? 若干泣きそう。
というかちょっと涙が出ている。ちなみに、子供たちは柊のことを「お父さん」、俺のことを「パパ」と呼んでいるらしい。
「……三つ編みの練習するからさ。出来るようになったら一花の三つ編み、パパがしていい?」
おそるおそる一花に訊ねる。俯いているので表情が分からない。まん丸の頬しか見えないのだが、確かに小さくこくんと頷いてくれた。
ああ……!
可愛い。愛しい。胸が苦しい。
一人で悶えていると「ごみやしゃん!」と蓮が叫んだ。
今日はゴミの収集日らしい。部屋の窓が開いているので、収集車が来ると分かるのだ。
「え? もう来たの? まだ持って行ってないのに!」
柊は慌ててゴミをまとめて玄関を飛び出して行った。
心配になってベランダに出ると、エレベーターを使わずに外階段をもの凄いスピードで駆け下りる柊の姿を見つけた。
意外に足が速いことに驚く。何とか間に合ったのを確認して、ほっと息を吐く。
ゴミ袋を抱えて猛ダッシュする姿は「お父さん」というより「肝っ玉父ちゃん」だなと思ったが、もちろん口にはせず、自分だけの胸に留めておくことにした。