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第31話 一花の三つ編み

 翌朝、大音量の泣き声で目が覚めた。


 慌ててリビングへ行くと、恐竜の幼児服を着た蓮が床をゴロゴロと転がっていた。


「蓮、なんで泣いてるんだ?」


 転がる蓮に聞いてみたが「うわぁぁぁ!」と泣いているだけで、理由が分からない。


「お気に入りの戦隊シリーズの放送日なんですけど、急にお休みになっちゃったんです」


 朝食の準備をしながら柊が教えてくれる。


「そうか……残念だったな」


 壁に阻まれ、それ以上転がれなくなった蓮は大の字になり「やらぁ……みたいよぅ」と悲しげに訴えている。


「蓮、ホットケーキ焼けたよ。ふわふわのやつだよ」


「……ほっとけーき?」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔が反応する。


「ホイップクリーム付きだよ。いらない?」


「いるうぅぅぅ」


 蓮はホットケーキが大好物らしい。それもふわふわのやつ。「ほいっぷは、ましましにしてぇ」と目を輝かせながらリクエストしている。


「おいひーーー!!」


 さっきまで大泣きしていたのに、もうご機嫌になった。蓮は小さく切り分けてもらったホットケーキをフォークで三つ四つ刺して、満面の笑みで体を揺すっている。


「……猛獣使いだな」


 蓮が恐竜の服を着ているので、余計にそう思う。


「何か言いましたか?」


「な、何も……!」


 柊に睨まれて、慌てて口を押さえた。ホットケーキ一枚で泣きやませるなんて凄いと思ったのだ。でも余計な一言で怒らせたくないので、俺は笑顔で誤魔化した。


 柊は人数分のホットケーキを焼き、洗濯物を干して、それから掃除機をかけた。


 手際の良さに感心する。俺だけ何もしないわけにはいかないので、柊が葵に母乳をやっている隙に食器を洗った。


 葵の授乳が終わると、柊は一花の髪を櫛で梳いた。肩まである一花の髪はつるつるで柔らかそうだった。


「今日はキャンディにする? それともマーガレット?」


「まーがれっと」


 何のことだろうと思ったらヘアゴムだった。髪を左右に分け、それぞれを三つ編みにしていく。柊は器用にするすると、あっという間に一花の髪を編んだ。


 三つ編みが似合う我が娘に見惚れる。可愛い。めちゃくちゃ可愛い。


「可愛いなぁ」


 うっとりしながら俺が言うと、一花がぷいっと顔を背ける。避けられた……。ダメージがかなり大きい。俺がショックを受けたのが分かったのか、柊が「ふふ」と笑う。


「笑いごとじゃないよ……」


「可愛いなんて言われたら、照れちゃうもんね」


 一花の顔を覗き込むようにして柊が言う。


「え?」


 そうなの? 本当に? 


「一花は、パパのこと好きだもんね」


 柊が優しく問いかける。首を横に振られたら死んでしまいそうだと真剣に思い詰めたが、一花は小さく頷いた……ように見えた。少なくとも否定はしなかった。


 マジで? 本当に? 若干泣きそう。


 というかちょっと涙が出ている。ちなみに、子供たちは柊のことを「お父さん」、俺のことを「パパ」と呼んでいるらしい。


「……三つ編みの練習するからさ。出来るようになったら一花の三つ編み、パパがしていい?」


 おそるおそる一花に訊ねる。俯いているので表情が分からない。まん丸の頬しか見えないのだが、確かに小さくこくんと頷いてくれた。


 ああ……! 


 可愛い。愛しい。胸が苦しい。


 一人で悶えていると「ごみやしゃん!」と蓮が叫んだ。


 今日はゴミの収集日らしい。部屋の窓が開いているので、収集車が来ると分かるのだ。


「え? もう来たの? まだ持って行ってないのに!」


 柊は慌ててゴミをまとめて玄関を飛び出して行った。


 心配になってベランダに出ると、エレベーターを使わずに外階段をもの凄いスピードで駆け下りる柊の姿を見つけた。


 意外に足が速いことに驚く。何とか間に合ったのを確認して、ほっと息を吐く。


 ゴミ袋を抱えて猛ダッシュする姿は「お父さん」というより「肝っ玉父ちゃん」だなと思ったが、もちろん口にはせず、自分だけの胸に留めておくことにした。


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