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第54話 会いたくない

 翌朝、目が覚めると慌ててスマートフォンを確認した。


「登録しちゃってるじゃん……」


 しかも、マッチングまでしている。 


「十八歳とか、若すぎるんだけど」


 数年前に民法が改正され、成年年齢が引き下げられた。なので、十八歳は立派な成人ということになる。


「でも、子供って感じなんだよな……」


 アラサーなので、民放だなんだと言われても「はいそうですか」と簡単には受け入れられない。成人は、二十歳。まだこのイメージが残っている。


「……頭が痛い」


 昨日、飲みすぎたせいだ。


 でも、それだけじゃない。自分の行動にも頭を痛めている。なんということをしてしまったのだ。「番マッチングシステム」なんて、利用するつもりはなかったのに……。


 ベッドの上で唸りながら頭を抱えていたが、アラームが鳴って我に返る。


「そろそろ出勤しないと……」


 休みたいが、そうもいかない。


 スマートフォンの画面を閉じて、俺は身支度を整えるために洗面台に向かった。





 午前の診察を終え、医局で今日もパンをかじる。


 考えることといえば「番マッチングシステム」のことばかりだ。


 相手は、どんなヤツなんだろう……。


 簡単なスペックは把握している。画面に表示されていたので。


「でも、顔は見えない仕様なんだよな……」


 実際に会ってみないと分からないのだ。


「……会うことは、ないだろうな」


 十八歳。男性アルファ。


 どう考えても、自分のようなアラサーは選ばないだろう。


 三十一歳。男性オメガ。それが俺のスペックだ。


 このシステムには、なんともお手軽で怖ろしい機能が備わっている。簡単に「拒否」ができるのだ。指先で画面をタップするだけ。


 たったそれだけで、俺はなかったことにされる。


「……悲しい」


 パンをかじっていたら、スマートフォンが震えた。


 確認すると、アプリの通知だった。


「え、嘘だろ……」


 驚き過ぎて、持っていたパンをデスクに放り投げた。


 マッチングした相手からメッセージが来ていたのだ。


『はじめまして……』


 通知の時点で、その文言だけが見えた。


 アプリを開く勇気はなかった。心臓がバクバクする。どんなメッセージを送ってきたのだろう。


「も、もしかして、会いましょうとか……?」


 いや、あり得ない。


 俺はぶんぶんと首を振った。


 きっと、俺がマッチングした相手はすこぶる良い子なのだ。なんの断りもなく「拒否」するのは失礼だと思って、ひと言メッセージを寄越したに違いない。


 だって、年が違い過ぎるし……。


 落ち着こうと思って、投げ捨てたパンに手を伸ばした。口に押し込んで、なんとか咀嚼する。今日、売店で買ったのはくるみパンだった。不思議なくらい、味がしなかった。





 自宅に戻り、浴びるように酒を飲んだ。


 ストックしていたレモンサワーの缶を次々と開けていく。明日も頭が痛くなるだろうなと思ったけれど、酔わないとダメだ。勢いをつけないと、前後不覚にならないと、メッセージを確認する勇気が持てない。


 スマートフォンを手に取ったものの、なかなか決心がつかなかった。


 酒量だけが増えていき、気づいたら涙ぐんでいる自分に気づいた。ダセぇと思った。できたら笑いたいけど、ちっとも笑えない。


 背中を押してもらいたくて、俺は柊に電話をかけた。


 柊は担当している患者ではあるが、付き合いが長いのでちょっとした友人感覚なのだ。……向こうが同じように思っているとは限らないけれども。


「俺のことをオメガだと知ってて、相談できるのは限られたヤツだけだし……」


 ぶつぶつと独り言をつぶたいていたら「もしもし?」と明るい声が聞こえた。柊だ。その瞬間、涙腺が一気に崩壊した。


 柊がなにか言っているのが分かる。でも、答えられない。ぐずぐずと洟をすすっていたら、いつのまにか柊がスピーカーにしたらしい。宗一郎の声も聞こえる。


「それで、何があったんですか?」


 宗一郎に問われ、ごしごしと目をこする。


「……酔っていたんです」


「秋里さん、今どこにいるんですか?」


 声が遠いのか、宗一郎が場所の確認をしてくる。


「い、いまは自分の部屋で……。昨日、酔って、それで勢いで登録してしまったんです……」


「登録ってなに? 詐欺サイトにでも引っ掛かったんですか? 案外ドジですね。そういうのは無視して大丈夫ですよ。まさか、もう金を振り込んだりしてませんよね」


 宗一郎が的外れなことを言う。


 俺が登録したのは詐欺サイトではない。説明をしようとしたら、柊の声が割り込んできた。


 彼は、俺が「番マッチングシステム」に登録したことを察したようだった。


 マッチングした相手が、かなりの年下であることを告げる。


「良かったじゃないですか。十八歳といえば、今の制度だと結婚できる年齢なんですから。とりあえず、会ってみたらどうです? それで問題なければ、友達から始めてみるとか……」


 あっけらかんと柊が言う。


 他人事だと思って……と、ちょっと恨めしい気持ちになる。


「あ、会いたくない……というより、きっと会ってもらえない」


 洟をすすっていたら、宗一郎の声が聞こえた。


「素直になったほうが良いと思いますよ。傷つきたくないのは分かりますけど」


「僕も、宗一郎さんに完全同意です。がんばって、勇気を出してください」


 柊が諭すように言う。妙に耳に馴染む声だった。


 ずびっと洟をすする。


「……君たちが言うと重みがありますね。長年すれ違い続けたカップルの言葉には、かなりの説得力がありますよ」


 自分で自分のことを素直だな、と思う。たぶん酔っているからなのだろう。


 散々、励まされた。通話を終えたあと、新しい缶を開けた。グビグビと飲む。ちょうど良い感じに酔っているのが分かる。瞼も重くなってきた。


「よし……!」


 気合を入れた。そして、アプリを開く。メッセージを確認すると……。

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