翌朝、目が覚めると慌ててスマートフォンを確認した。
「登録しちゃってるじゃん……」
しかも、マッチングまでしている。
「十八歳とか、若すぎるんだけど」
数年前に民法が改正され、成年年齢が引き下げられた。なので、十八歳は立派な成人ということになる。
「でも、子供って感じなんだよな……」
アラサーなので、民放だなんだと言われても「はいそうですか」と簡単には受け入れられない。成人は、二十歳。まだこのイメージが残っている。
「……頭が痛い」
昨日、飲みすぎたせいだ。
でも、それだけじゃない。自分の行動にも頭を痛めている。なんということをしてしまったのだ。「番マッチングシステム」なんて、利用するつもりはなかったのに……。
ベッドの上で唸りながら頭を抱えていたが、アラームが鳴って我に返る。
「そろそろ出勤しないと……」
休みたいが、そうもいかない。
スマートフォンの画面を閉じて、俺は身支度を整えるために洗面台に向かった。
✤
午前の診察を終え、医局で今日もパンをかじる。
考えることといえば「番マッチングシステム」のことばかりだ。
相手は、どんなヤツなんだろう……。
簡単なスペックは把握している。画面に表示されていたので。
「でも、顔は見えない仕様なんだよな……」
実際に会ってみないと分からないのだ。
「……会うことは、ないだろうな」
十八歳。男性アルファ。
どう考えても、自分のようなアラサーは選ばないだろう。
三十一歳。男性オメガ。それが俺のスペックだ。
このシステムには、なんともお手軽で怖ろしい機能が備わっている。簡単に「拒否」ができるのだ。指先で画面をタップするだけ。
たったそれだけで、俺はなかったことにされる。
「……悲しい」
パンをかじっていたら、スマートフォンが震えた。
確認すると、アプリの通知だった。
「え、嘘だろ……」
驚き過ぎて、持っていたパンをデスクに放り投げた。
マッチングした相手からメッセージが来ていたのだ。
『はじめまして……』
通知の時点で、その文言だけが見えた。
アプリを開く勇気はなかった。心臓がバクバクする。どんなメッセージを送ってきたのだろう。
「も、もしかして、会いましょうとか……?」
いや、あり得ない。
俺はぶんぶんと首を振った。
きっと、俺がマッチングした相手はすこぶる良い子なのだ。なんの断りもなく「拒否」するのは失礼だと思って、ひと言メッセージを寄越したに違いない。
だって、年が違い過ぎるし……。
落ち着こうと思って、投げ捨てたパンに手を伸ばした。口に押し込んで、なんとか咀嚼する。今日、売店で買ったのはくるみパンだった。不思議なくらい、味がしなかった。
✤
自宅に戻り、浴びるように酒を飲んだ。
ストックしていたレモンサワーの缶を次々と開けていく。明日も頭が痛くなるだろうなと思ったけれど、酔わないとダメだ。勢いをつけないと、前後不覚にならないと、メッセージを確認する勇気が持てない。
スマートフォンを手に取ったものの、なかなか決心がつかなかった。
酒量だけが増えていき、気づいたら涙ぐんでいる自分に気づいた。ダセぇと思った。できたら笑いたいけど、ちっとも笑えない。
背中を押してもらいたくて、俺は柊に電話をかけた。
柊は担当している患者ではあるが、付き合いが長いのでちょっとした友人感覚なのだ。……向こうが同じように思っているとは限らないけれども。
「俺のことをオメガだと知ってて、相談できるのは限られたヤツだけだし……」
ぶつぶつと独り言をつぶたいていたら「もしもし?」と明るい声が聞こえた。柊だ。その瞬間、涙腺が一気に崩壊した。
柊がなにか言っているのが分かる。でも、答えられない。ぐずぐずと洟をすすっていたら、いつのまにか柊がスピーカーにしたらしい。宗一郎の声も聞こえる。
「それで、何があったんですか?」
宗一郎に問われ、ごしごしと目をこする。
「……酔っていたんです」
「秋里さん、今どこにいるんですか?」
声が遠いのか、宗一郎が場所の確認をしてくる。
「い、いまは自分の部屋で……。昨日、酔って、それで勢いで登録してしまったんです……」
「登録ってなに? 詐欺サイトにでも引っ掛かったんですか? 案外ドジですね。そういうのは無視して大丈夫ですよ。まさか、もう金を振り込んだりしてませんよね」
宗一郎が的外れなことを言う。
俺が登録したのは詐欺サイトではない。説明をしようとしたら、柊の声が割り込んできた。
彼は、俺が「番マッチングシステム」に登録したことを察したようだった。
マッチングした相手が、かなりの年下であることを告げる。
「良かったじゃないですか。十八歳といえば、今の制度だと結婚できる年齢なんですから。とりあえず、会ってみたらどうです? それで問題なければ、友達から始めてみるとか……」
あっけらかんと柊が言う。
他人事だと思って……と、ちょっと恨めしい気持ちになる。
「あ、会いたくない……というより、きっと会ってもらえない」
洟をすすっていたら、宗一郎の声が聞こえた。
「素直になったほうが良いと思いますよ。傷つきたくないのは分かりますけど」
「僕も、宗一郎さんに完全同意です。がんばって、勇気を出してください」
柊が諭すように言う。妙に耳に馴染む声だった。
ずびっと洟をすする。
「……君たちが言うと重みがありますね。長年すれ違い続けたカップルの言葉には、かなりの説得力がありますよ」
自分で自分のことを素直だな、と思う。たぶん酔っているからなのだろう。
散々、励まされた。通話を終えたあと、新しい缶を開けた。グビグビと飲む。ちょうど良い感じに酔っているのが分かる。瞼も重くなってきた。
「よし……!」
気合を入れた。そして、アプリを開く。メッセージを確認すると……。