結婚式当日。
式場に入るまでは憂鬱だったが、始まってみればそれなりに良い時間を過ごせた。
なにより料理が美味い。こういう場では、少量の料理が皿にちょこんとのっている場合が多い。しかし、今日は違う。かなりの量だ。
アルファの出席者が多いので、配慮したのかもしれない。彼らは大食いなのだ。
ありがたいなと思いながら、バクバクと食べていたら、同じテーブルにいた川上から耳打ちされた。
「秋里さん、細身なのに良く食べますね」
「……普通じゃないか?」
食べる量は、ごく一般的な成人男性だと思う。
オメガにしてみれば、たしかに大食いかもしれないけど。
幸い、オメガの特徴である「肉が苦手」ということもない。好き嫌いもなく、なんでも美味しく食べることができる。
「川上さんは? 食べないの」
ほとんど料理に手を付けていない。
「私、ウエストがキツくて……。お腹は減ってるんですけど、食べるのはムリだと思います」
そう言って、恨めしそうな目で俺を見る。
「もったいない」
それだけ言って、再び料理を口に運ぶ。メインディッシュの肉料理が最高に美味い。
二次会でも、引き続き料理を楽しんだ。
もしかしたら、自分は食道楽なのかもしれない。いつだったか、美味い寿司屋があると聞いて予約を試みたことがあった。予約が取れない店として有名で、案の定断られてしまった。
しかし、どうしても食べたくて宗一郎に頼んだ。須王の名前を使えば予約できるのではと踏んだのだ。
結果、読みは当たった。
値は張るが、最高に美味い寿司にありつくことができた。
須王の名前を利用させてもらった。それ以上でも以下でもなかったのだが、後々になって宗一郎と柊は揉めた。
二人はこれまでデートをしたことがなかったのだ。
それなのに、先に自分が宗一郎と出かけてしまった。カフェに行ったこともあったので、いかにもデートっぽいなと思った。ちょっと反省している。無意識に他人を傷つけるのは本意ではない。
「……秋里さん。顔、かなり赤いですよ」
川上の声が聞こえて、我に返った。
「え、かお? あかい……?」
自分の声は、かなり舌足らずだった。そのことに驚いた。
「式のときから、かなり飲んでますよね? そろそろやめたほうが良いですよ」
言われてみれば、たしかにそうだ。
普段、高級なワインを飲む機会がないので、ついガブガブと飲んでしまった。
「……うん。やめる」
こくり、とうなずいた。
川上の言う通りだ。酔って前後不覚になることは避けたい。結婚式の二次会で醜態をさらすわけにはいかない。
「え、めずらしいですね。秋里さんが素直なのって」
川上が驚いている。失礼だなと言いたいが、たしかに自分は素直な性質ではない。
どちらかといえば捻くれていると自分でも思う。
「酔ったら素直になるんですね……」
まるで珍獣を見ているかのような表情だ。
感心する川上だったが、その後ろの席から、なにやらヒソヒソと声が聞こえてきた。
「彼女、ほんとうにうまくやったよね」
「最初からそのつもりだったんじゃない?」
「そんなの決まってるでしょ。オメガで看護師って、それ目的しかありえないじゃん」
明らかに嘲笑を含んだ声色だった。
「医者のアルファを捕まえたかったんでしょ」
「でも、せいせいしたよね。やっぱり、オメガが一緒にいると疲れるもん」
「こっちが配慮しないとダメだもんね」
不快な声だな、と思いながら、現実はこんなもんだろうと諦めにも似た感情を抱く。
川上の耳にも聞こえたのだろう。明らかに眉を顰めていた。
彼女は、割と気の強いタイプの人間だ。正義感もある。立ち上がろうとしたのが気配で分かったので、俺は「まぁまぁ」と視線で川上を諫めた。
同時に、なにをやっているんだと自分で自分がイヤになった。俺だってオメガなのに。
「……騒ぎを起こすなよ。先輩の結婚式の二次会なんだから」
川上に言った言葉だったけど、それは自分への言い訳でもあった。
✤
二次会が終わり、自宅に戻った。徒労感を覚えてベッドに倒れ込む。目を閉じても、不快な声が消えない。耳の奥に残っている。
「たとえどんな理由でも、別に良くないか……?」
きちんと職務を全うしているのなら、アルファに取り入るためだったとしても、他人がとやかく言うことでははないと思う。
自分が、本当はオメガだと周囲の人間が知ったら。
あんな風に、嘲笑されるんだろうか。
「アルファを捕まえるために、医者になった……?」
口にした途端、バカバカしくて笑えた。
医師になったのは、自分ひとりで生きていくためだ。
「……むかつくなぁ」
仰向けの状態から、ごろんと横向きになる。
「ちゃんとした相手がいないから、こんな風に考えるのか……?」
酔ってぼんやりした頭で、普段ならあり得ない理論の組み立てをしていく。
「相手がいたら、自信が持てるのかな……。アルファ目当てだろとか言われても、鼻で笑いながら『あいにく、もう恋人がいるんですよ』とか、逆に見下せるかも……」
それは、めちゃくちゃ気分が良い。
だいたい俺は医者のアルファがあまり好きではない。
大学時代から、そう思っていた。無駄にプライドが高くて、偉そうで、鼻持ちならないタイプが多いのだ。
「医者のアルファとか、こっちからお断りだっての……!」
ぐるん、とうつ伏せの状態になり、スマートフォンを開く。
「えーーっと、どうやるんだっけ……?」
とりあえず、相手がいれば良い気分に浸れることが分かった。突っかかってくる輩を見下しながら「恋人がいるんですよ~~!」と言いたいので、とにもかくにも相手を見つけなければいけない。
「なるほど、アプリをダウンロードすれば良いのか。本当にマッチングアプリみたいなんだな……」
無駄にテンションが高いまま「番マッチングシステム」の利用を開始する。
必要事項の入力には手間取ったが、なんとかすべての項目を埋めることができた。すぐに、ジャンジャカジャーンという、見も蓋もない音が鳴った。
画面に「マッチしました」という文言が表示されている。
「え、マッチした? どれどれ、相手は……」
どんな人間だろう。男か、女か。
俺は男オメガなので、相手は高確率で男アルファか女アルファだと思う。
酔っているので視界がぼやける。何度も目をこすり、スマートフォンの画面に顔を近づけた。
そこに表示されていた相手のスペックは……。
「うわ、男だった! アルファの男だ……!」
意味もなくゲラゲラと笑う。
「しかも、十八歳とかマジ? 笑えるーー!」
めちゃくちゃ年下だった。
「高校生じゃん! 若い! 俺はアラサーなのに~~!」
そう言って、スマートフォンをベッドに放り投げた。
急に睡魔が襲ってきたのだ。枕に顔をうずめながら、もう一度「若い!」と言った。そこまでは覚えている。