家屋で起きたことについてはこれ以上話しても、今わかることはないと考えたフォルステッドは別のことをレオナルドに問うた。
「……ところでレオナルドよ、どうしてセレナリーゼを一人で追おうなどと思った?」
「ミレーネなら必ず騎士達を連れてきてくれると信じていましたから」
レオナルドがきっぱりと言い切ると、ミレーネの肩が小さくぴくりと動いた。また、レオナルドの隣ではセレナリーゼが何か考え事をしながら口の中で小さく「なるほど……」と呟いた。けれど、どちらも誰にも気づかれることはなかった。
一方、フォルステッドは少し視線が鋭くなってしまった。魔力探知の基本も知らずに信頼だけでそんな賭けみたいなことをするな、と言いたいが、実際ミレーネの精度の高い魔力探知のおかげで騎士達が辿り着けたたのは事実のため、言い返すことはしなかった。魔法のことは追々知っていけばいい。フォルステッドは意識して一つ息を吐いた。
「……そもそもどうやってセレナリーゼを追いかけることができたのだ?」
「それは……自分でもよくわからないのですが、離れすぎていなければセレナの居場所が俺にはわかるんです」
レオナルドは言い辛そうに、だが、自分でも理由がわからないこの不思議な感覚について正直に話した。
「そうなのですか!?」
二人の会話にセレナリーゼが思わずといった感じで驚きの声を上げる。
「俺に居場所が知られるなんてセレナは嫌だよね?ごめん……」
これがレオナルドの言い辛そうにしていた理由だった。監視しているなんてことは全然ないのだが、そう捉えられても仕方がない内容だ。だからレオナルドは申し訳なさそうにセレナリーゼに謝罪する。
「そんなことはありません!嬉しいです!」
だが、なぜかセレナリーゼは目をキラキラさせていた。
「そ、そう?」
そんなセレナリーゼにレオナルドは困惑してしまう。
(お世辞でも気持ち悪がられないのはありがたいけど……)
「それは探知魔法ということか!?」
一方、フォルステッドは驚きに目を見開いていた。そして魔力がない、と判断されていたが、実は極僅かにでも魔力があり魔法が使えたのではないかと考えたのだ。もしそうならどれほどいいことか―――。
「いえいえ、まさか。俺に魔力はありませんので、魔法は使えませんよ。だから自分でもよくわからないんです」
だが、フォルステッドのそんな淡い期待はレオナルドの軽い言葉によって完全に否定された。
「そうか……」
「?どうかしましたか、父上?」
わかり切ったことなのに落胆しているように見えるフォルステッドの態度にレオナルドは疑問を抱いた。
「いや……」
言葉を濁すフォルステッドがチラリとセレナリーゼに視線を向けたことをレオナルドは見逃さなかった。
「何かあるのなら教えてください。今更魔法のことでどうこう思いませんから」
「実は……、レオ兄さまが眠っている間に私魔法が使えるようになったんです」
レオナルドの促しに対し、答えたのはセレナリーゼだった。
「っ!?おめでとう!セレナ!よかったね。何が使えるようになったの?」
「あ、ありがとうございます。初歩の魔法ですがウォーターボールが使えるようになりました」
「すごいじゃないか!セレナならきっとすぐにもっと凄い魔法もいっぱい使えるようになるよ」
ゲームでは初期から使えていた魔法だ。今が使えるようになった時期なのだろう。レベルの概念がないからどうしたら新しい魔法を覚えるのかはよくわからないが、ゲームの知識を有しているレオナルドにとってはセレナリーゼが今後様々な魔法を使えるようになることは半ば確定事項だ。そもそも、クラントスを倒したのは相当粗削りだったと思うが明らかにフロストノヴァだった。だがそこでレオナルドには一つ疑問が浮かぶ。フロストノヴァはようやくウォーターボールが使えるようになった今のセレナリーゼに使える魔法ではないはずなのだ。
(もしかして魔法には俺が知らない設定とかがあったりするのか?)
そんなレオナルドの疑問に答えられる者は誰もいない。
「はい。これから頑張ります!」
レオナルドが褒めてくれたことが嬉しくてセレナリーゼは気合を入れ直した。
二人のやり取りを見ていたフォルステッドは静かにほっと安堵した。レオナルドは本当に吹っ切れている様子で、自分の懸念は杞憂だったようだ、と。
「セレナリーゼが魔法を使えるようになり、レオナルドは魔法について独学をしていたようだからな。これからは魔法の勉強も始めていこうと思う。基礎からしっかり学ぶように」
「「はい」」
フォルステッドの言葉にレオナルドとセレナリーゼは揃って返事をした。
「レオナルド、もう一つ確認したいことがある。実はな、お前にはなぜか回復魔法が効かなかった」
「はい。ミレーネに聞きました」
「そうか。一つ仮説を立てるならば、魔力がないことが関係しているのではないかということだが、今はそれはいい。たった一日では治るはずもない傷が治ったことについて、自分の身体に何が起こったのか何かわかっているか?」
「いえ、それについては本当に何も知りません。起きたら傷が無くなっていて自分でも驚いています」
「……そうか」
レオナルドが自然に口にした言葉にフォルステッドは僅かな引っかかりを覚えた。今の言い方では、先ほどまでのどこかで、本当は知っていることがある、というように聞こえる。偶然かもしれない。だが、そう、魔物の話のとき、明らかに辻褄が合わないことをレオナルドは言っていたのだ。背中の傷は気を失っているときにつけられた、と。もしそれが本当なら、クラントスは殺すでもなく、倒れているレオナルドの背をわざわざ引き裂く程度に攻撃したことになる。戦って避けきれなかったと考える方がしっくりくるのだ。だが、レオナルドにクラントスと戦う力はない。ならば、もしかしたらレオナルドはクラントスを倒した者を知っていて隠そうとしているのではないか。その者に頼まれでもしたのだろうか。フォルステッドの中に疑問だけが残った。
「色々聞いてきたが、私からもレオナルドに伝えておくことがある」
「はい、何ですか?」
「シャルロッテ様には昨日セレナリーゼと謝罪に行ってきた。こういうことは早い方がいいからな」
「そうだったんですね。俺も直接謝罪できればよかったんですが。ありがとうございます父上、ありがとうセレナ」
「今回のこと、どこからか情報が漏れていたと考えるべきだろう。賊の男二人はただの実行犯で裏で糸を引いていた者がいるはずだ。シャルロッテ様への謝罪に私が同伴したのもそれを確かめるためだった」
「まさか、シャルロッテ様が!?」
「いや、シャルロッテ様ではないだろう。まあ私をも欺けるような方であればわからんが。だが、確実に今回のお茶会は犯人に利用された」
「そう、ですか……」
「賊もいなくなり、現状ではこれ以上調べようがない。真実は闇の中、だ。よって、当面の間セレナリーゼの護衛を強化することにした。狙われたのはセレナリーゼだがレオナルドも今後十分注意するように。お前にも護衛を―――」
「いえいえ、俺はいいですよ。今の自分にそれほど利用価値があるとは思えませんし、早く鍛錬も再開したいですから」
「鍛錬だと?馬鹿を言うな。三日も意識が戻らなかったのだぞ?当分は安静にしていなさい」
「いやいやいや。父上、それは困ります。あまり休んでいると体が鈍ってしまいます。十分に注意するのでこれからも鍛錬はさせてください」
「……いったい何がお前をそこまで駆り立てるんだ?」
「強くなりたいんですよ。もっと、もっと。今回のことだって、俺がもっと強ければセレナをちゃんと助けられたはずですし」
「レオ兄さま……」
「……お前には辛い現実かもしれんがはっきり言おう。魔力のないお前がどれだけ努力しようと魔力持ちには敵わないのだぞ?」
フォルステッドはレオナルドの身を案じ、この世界における現実を突きつけた。
「お父さま!?」
これに驚いたのはセレナリーゼだった。思わず非難するような声になってしまった。何もそんなことをレオナルドに言う必要はないではないか。
「いいんだ、セレナ。父上、それでも、です」
レオナルドはセレナリーゼの反応に薄っすら笑みを浮かべ、フォルステッドをまっすぐ見つめて言った。
レオナルドから意志の固さが伝わったフォルステッドは一度大きく息を吐いた。
「……ならば、もうじき公爵領に帰省する時期だ。それまで鍛錬は控えなさい。帰省中はアレンとの鍛錬だけは認めよう。魔物との実戦は王都に戻ってきてからにするように。これ以上は譲れん」
「……わかりました」
その後も細かな確認がいくつかされ、話し合いも終わりとなったときのこと。
「お父さま、少しだけ二人でお話したいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
セレナリーゼは真剣な表情でフォルステッドに願い出た。
「?わかった」
こうしてフォルステッドとセレナリーゼを残し、レオナルド達は執務室を後にした。