目次
ブックマーク
応援する
19
コメント
シェア
通報

第18話 みんながたのしいのがいい

 アッシュさんの奥様と、そのお友達の奥様が帰った後。


「サクヤ、明日は休日にしようと思う」


「えっ? このお店って、お休みあるんですか?」


「すまん。別に、決めてはいなかったんだ。ただ、休んだ方がいいなと思ってな。アオイにも伝えてもらえるか?」


 困惑したように眉をハの字にしている。

 何が困るのだろうか?


「今まで働いていたところは、休みがなかったんです。だから、休みといわれても……」


 そういうことか。

 そんな真っ黒な店で働いていたんだな。

 この店ではそんなことはしない。


「今日、アッシュさんの奥さんからスイーツの店聞いただろう? 行ってきたらどうだ?」


「あっ! たしかに、パフェっていうのを出しているところが、街の奥へいったところにあるって言ってました」


「だろう? アオイと行ってきたらどうだ? イワンとリツはここにいてもいいぞ?」


 少し考える素振りをしたサクヤは礼を言うと少し考えてみるという。あまり俺に遠慮しなくてもいいのだが。きっと遠慮しているのだろう。


 その日の夜営業は満席になるほどの賑わいだった。少し、外にも人が並んだほどだ。いい感じにこの店のいいイメージが口コミで広がっているようだ。


 だが、それだけ忙しかったということ。

 最後の片付けのあたりには、いつもは元気一杯のサクヤもヘトヘトになっていた。


「サクヤ、もうあがっていいぞ。これ給金な」


 大硬貨一枚を渡すと、サクヤは頭を下げて受け取った。


「有難う御座います。今日はクタクタですぅ。明日お休みでよかったかも」


「ありがとな。明日はゆっくり休んでくれ。あぁ、いつもの時間は飯あるから、食いに来い」


「えぇー? リュウさん、休まないんですか?」


「ミリアの飯を作るついでに多く作るだけだ。別に苦じゃないさ」


「それじゃあ、お言葉に甘えると思います」


「あぁ。そうしろ」


 その日は俺もクタクタだった。

 残った食材で賄いを作って、ミリアとサクヤと食べた。

 たまにはさっぱりしたいのが食べたくて、ツノグロの刺身丼にした。


 ツノグロはカジキマグロみたいな、ツノを生やした三メートル程ある魚だ。


 残りを皿に盛り、布に包んで渡す。


「サクヤ、みんなにも食わせてやれ」


「有難う御座います! みんな喜びます!」


「じゃあ、気をつけてな」


 頭を下げると、サクヤは引き戸を潜り帰路に着いた。


 残されたのは、いつも通り俺とミリアだ。ここからは二人の時間。

 住居スペースへと行くと、服を脱いでシャワールームへ入る。

 ミリアはまだ一人で入れないので一緒だ。


「ミリア、いつも一人で待たせていてすまんな」


「ううん。みせが、たのしいから」


 シャワーをミリアの身体にかけながら話をする。

 シャンプー用の粉を頭にかけて髪を洗っていく。

 石鹸のような香りがシャワールームに充満する。


「店の雰囲気が好きか?」


「そう。みんな、いろんなはなししてる」


「はっはっはっ。そうだなぁ。夜営業の時なんか騒がしいからな」


 そう話すと、ミリアはプフッと何やら思い出し笑いをしているようだった。


「みんな、おおごえでわらってるよね」


「たしかにそうだな。楽しそうだろう?」


「うん。なにをわらってるのかな? すごくたのしそう」


 大人の話に興味があるのか。あれだけ大人に酷いことを言われていたのに、なんて素直なんだろうか。いや、素直だからこそ俺が引き取るまでなんとか、精神的に持ち堪えたのだろう。


「酒を飲みながらな。心が許せる人と一緒にいると、日常の他愛もないことを話しているだけで楽しいものだ。気を使わなくて話せるからな。相談したり、こんなことがあったって笑ったりな」


「いいね。そんなこころがゆるせるひと、わたしにできるかな?」


 ミリアの頭へとシャワーをかけて優しく洗いながす。この前は、自分で洗っていたが、今日は洗わないところを見ると甘えたいのだろう。

 心を許せる友人。ミリアにもきっとできる。


「自分が心を開ける人というは、誰かとは通じ合える。誰とも通じ合えないという人は自分のことしか考えていないような人だと、俺は思う。だからな、他人のことを考えられるような。そんな大人になって欲しいんだ」


 ミリアの頭を流し終えると、こちらを向いて見上げた。


「ミリアは、みんなたのしいのがいいとおもう」


「そうだな。それが一番だ。ただ、みんなが楽しくなるにはどうすればいいのか、それを考えるのが大事だな。そこが難しいんだ」


「みんなリューちゃんのごはんをたべればいい」


 そう思ってくれるのは嬉しいが。外食は、普通に考えてお金がかかることだ。お金に困っている人にはなかなか言えないことである。一番いいのは、無料で皆に提供できればいいのだが、それだと経営が成り立たない。


「はっはっはっ。そうできたらいいんだがな。おそらく、そうもいかんだろう」


「そうかな? リューちゃんならできるとおもうけど?」


 どれだけ俺のことを過大評価しているのか。

 ミリアが信頼してくれているのは嬉しい限りだ。

 そう思っていてくれるのなら、実行していきたい気持ちはある。


 みんなが楽しくするには、か。


 日本では困っている人用に炊き出しとかをやっていたところがあったよなぁ。ただ、それをするには場所が必要だ。この店の前でやってもいいが、それだといつものお客さんだけ集まり、あまり意味ない気がする。


 この街で困っている人はどこにいるのだろう?

 お金が払えなくて。子育てで忙しくて。料理が作れなくて、温かいご飯が食べられない人。そんな人がいるのならば、手を差し伸べたい。この国にはホームレスのような人や、物乞いはいないようだ。


 ちょっとどうすればいいか考えてみようかな。


「そうだな。少し動いてみるよ。皆が楽しい日々に向けて」


「リューちゃんなら、できる!」


 ひまわりのような満面の笑みでそう言われては、俺も頑張らないわけにはいかない。ミリアの信頼を無下にはできない。


 明日は、休みだ。少し動いて街の様子を見てみよう。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?