不安を感じながらの食事はあまり味がするものではなかった。この不安がなんなのかはまったくわからない。漠然となにかこのままでは終わらないような気がした。
突如、家を震わせる程の、雷の落ちたような轟音が響き渡った。
俺は、我慢できなかった。席を立ちあがると走り出し、屋敷の一口の方へと駆けていく。なんだか焦げたような匂いが廊下に広がっている。
使用人の人たちが武装して、入口に壁を作っていた。
誰かが横たわっているのが見えた。
目を凝らすと、それは血だらけのセバスさんであることがわかった。
「セバスさん!」
「リュウ様! 来てはダメです!」
使用人が盾を持って魔法の攻撃が来るのを防いでいる。同時にこちらからも魔法で応戦している。入口の前では何者かとドムさんが戦いを繰り広げていた。
自分に何もできないもどかしさ。これが本当に嫌なんだ。こういう時になんの力にもなれない。それがとても悔しい。
でも、セバスさんは手を汚さずにその手で美味しい料理を作ってくれと言ってくれた。そんなセバスさんが、今倒れてしまっている。
使用人の人たちが応戦しながらもなんとかセバスさんを引きずって中へと入れようとしている。激しい魔法の攻撃にそれもなかなか難しい状態だ。
壁が震える。所々壁が欠けている。こういう時の為に、頑丈な鉱石でできているみたいなんだが。それでも欠けるほどの攻撃だということだ。
「セバスさんは大丈夫なんですか⁉」
「わかりません! 非常に危ない状態です!」
血だらけの状態のセバスさんはピクリとも動いていない。気を失っているのか、それとももう……。
「おじいちゃん!」
ミリアが俺の後を追ってきてしまったようだ。抱きしめて視線を遮る。
「あまり見ない方がいい。ミリア。俺達には見守ることしかできないんだ」
今にも泣きだしそうな顔をして俺の目を見つめる。真っすぐな目は俺の心を刺激してくる。
「なにもできないの?」
「そうだ。行けば逆に邪魔をしてしまう」
ミリアは静かに俺の肩越しに入口を見つめている。今起きていることを脳に焼き付けているかのように。
この悔しさは、俺はもちろん、ミリア達の気持ちも成長させてくれるだろう。俺たちは覚悟しなければならないのかもしれない。もしもの場合を。
またひと際大きな轟音が響き渡った。同時にガラスの割れた音が響き渡り、破片が飛び散る。
「リュウ様、お逃げください! 敵が来ます!」
割れた入口のガラスをまたいでこちらに向かってこようとしている。子供達に厨房へ行くように促す。あそこなら大丈夫だろう。ゲンジさんもいる。
走っていった子供達の背を見送って俺は、振り返る。全身黒装束を身に纏い、革鎧を着ている敵を睨みつける。手には短めの剣が握られている。
背中が震える。
恐ろしい。でも、俺が死のうとも、子供達は絶対に守る。
手を広げて後ろへ通さないように立ちふさがった。
「リュウ様!」
使用人が慌ててこちらへかけてくるのが見えた。それはスローモーションのようにゆっくりになり、同時に敵が剣を振り下ろすのもゆっくりと迫ってきていた。
目を瞑り死を覚悟する。
沈黙の数瞬が過ぎ去り。
「ぐっ!
「ぐあぁぁぁっ!」
重い何かが倒れるような音がするが、俺に痛みはない。ゆっくりと目を開けると黒装束の心臓のあたりに穴が空いて血が溢れていた。
自分が無事だったことに胸を撫でおろしたが、一体誰が助けてくれたのだろう。
視線を巡らせるとセバスさんが拳をこちらへ向けた状態で倒れていた。知らない間に魔法も止んでいた。
「全員捕縛しろ!」
何か外から声が聞こえる。地響きのような音が聞こえたかと思うと鎧を着た人が姿を見せた。
「遅くなりました。ライルと申します。全員ご無事……ではないようですね。すぐに治癒士を連れてきます」
ライルと名乗った人は部下に指示を出して何やらヤブ先生を呼ぶように指示を出している。俺は素人だから助かるかどうかなんてわからない。でも、セバスさんはおびただしい量の血が流れている。
セバスさんの元へと駆け寄って声を掛けた。
「セバスさん! しっかりしてください! 今助けが来ます!」
ボロボロの状態のセバスさんは仰向けになると苦しそうに呻いていた。
「くっ……カッコ悪いところをみせたのぉ。グフッ……」
苦笑いを見せた後に口から血を吐き出した。こんな状態で助かるのだろうか。あの時感じた不安があたってしまったことに嫌気がさしていた。
「おじいちゃん!」
ミリアも駆け寄ってきた。こんな状態のセバスさんを見せたくはないが、会わせておいた方がいいと思ったのだ。もしかしたら、最期の別れになるかもしれない。
「ふぅ……ミリアよ。リュウならお主を守ってくれる。安心してついていくんじゃぞ……」
セバスさんは、ミリアに言葉を贈る。それを目にした俺は、セバスさんが自分で何かを悟っていると感じた。
「リツ。そのまま優しい子になってくれ。イワン。自分の言いたいことは言った方がいい。ララ。父親と仲良く生きるんじゃ……ゴフッ!」
また血を噴き出したセバスさん。もう無理をして欲しくないけど、止めることはできない。
「サクヤ。お主の笑顔、最高じゃ。これからも笑って生きよ。アオイ。お主の所作は美しい。磨けばお姫様も夢ではないぞ……ハァハァ」
息が苦しくなってきたのだろう。もう、目がうつろだ。俺たちはみな、涙を流し。最期のセバスさんの言葉を聞くことに集中していた。
「ドム。気を強くもて。そうすれば最強じゃ。リュウ。お主の料理は最高じゃった。最期に食えてよかった。これからも……ゲフッ……お主の料理でみなを幸せにしてやって………………くれ…………のぉ……」
セバスさんは、その言葉を最後に目を閉じた。
そして、二度と目を開けることはなかった。
俺たちを全力で守ってくれた人の最期だった。