三、
熱気を帯びた風が吹き抜けていく中、白い麻の服を着せられた囚人たちが列をなす。
古代から拷問は行われてきた。特に中世ヨーロッパの拷問は目を背けたくなるようなものばかりだ。拷問台と呼ばれる板に乗せられた人間の手足を固定して、上下から思いきり引っ張ると関節が外れて
一方極悪ではなく「悪」に選ばれた囚人たちは爪を一枚一枚剥がされている。
「痛い痛い痛い!」
悲鳴はあちこちから聞こえる。拷問を担当しているのは、鷹を始めとした屈強な男五人でそれぞれ通称ではあるが、
拷問場は屋外で、周りをフェンスに囲まれた直径二十メートルほどの十二角形
の中だ。フェンスは当然ただのフェンスではなくて、電気が流れている。地面は赤土で、時折強い風で粉塵が巻き上がることもある。屋根などはないので、雨が降ればそのままずぶ濡れで拷問を受けることになる。
鷹は拷問組のリーダーに選出された。すべては総理の決めたことである。どうして自分がリーダーに選ばれたのか不思議でならないが、腕力には自信があった。
拷問台につけられたローラーを回すと体が上下から引っ張られる。
「ぎゃああああああああ」
「ぽきっ」
まるで木の枝が折れたかのような音がした。極悪の三人は
鷹はできる限り何も考えないようにしていた。同情など必要ない。どれだけ苦しもうがそれをいちいち気にしていたら仕事にならない。
人間の体というのは案外丈夫なもので上下から引っ張ったところで、骨折や脱臼はするものの、体が裂けて真っ二つになることはないと聞いている。嘘か誠かは知らない。
大和と陳が悲痛な叫びをあげるのに対して、水釘だけは違った。彼はずっと無言で苦痛どころか薄ら笑いを浮かべている。こいつは一体何者なのだろうか。痛覚というものが存在しないのか、まるで拷問を楽しんでいるような彼の表情は鷹を困惑させた。
鷹は警察ではないので、すべては新聞やネットから知り得た情報ではあるが、いま目の前にいる水釘は他の囚人とは一味違う気がした。何というか、人、ホモ・サピエンスではない別の生き物、この世界に存在しない新たな生態のようにも感じる。
「こいつ、頭おかしいんじゃないのか?」
そう口にしたのは上半身を担当している鰐だった。鷹は下半身を担当している。手と足を固定したベルトにロープがついており、そのロープを釣り竿のリールのように巻いていく。
「これならどうだ?」
そう言うと、突然、鰐が
鰐が手に持っていたのはアイスピックだった。信じられないことに水釘は目を閉じなかったので、眼球のど真ん中にピックが突き刺さって飛び散る血液で拷問台が赤く染まる。やはりこいつは化け物だ。人間は目に何かが近づくと瞬発的に目を閉じるものだが、なぜ閉じぬ。
「鰐、勝手なことをするな」
鷹が鰐のアイスピックを取り上げた。右目から血を流した水釘はそれでも悲鳴ひとつあげない。
「ちぇっ、なんだよ化け物だぜ」
鷹は目を細めた。右目の水晶体に穴が開いて血が吹き出し、赤い涙のように血が流れ続けている。それなのに、表情一つ変えぬ水釘の左目がギョロッと鰐の方を向いた。鰐は思わず「なんだよっ、見るな気持ち悪い」と子どものように
「一旦中止する。治療が必要だ」
鷹が水釘の手足を固定しているベルトを外す。
「鰐、今後勝手なことをしたら仕事を辞めてもらう」
「けっ、なんだよリーダーに選ばれたからって。偉そうなこと言うな」
鰐はつばを吐いて、そっぽを向いてしまった。この男がどうして拷問の任務を担うことになったのか理解に苦しむ。例え両手を脱臼して、片目が潰れていても人を何人も殺めた凶悪犯に背中を向けるなどあるまじき行為だ。
鷹は腰ベルトにつけていた無線機で、高松薊に呼びかける。
「囚人一名、右目の眼球にアイスピックが突き刺さった。至急処置を頼む」
しばらくザーという雑音の後、「もう、そんなに次々怪我人の治療できないわよ」と怒り声で返答があった。
「すまない」
「はー、わかったわよ、医務室まで運んで頂戴」
そう言い残して無線が切れた。
「鰐、水釘を医務室に運べ」
そう指示を出すとまるで反抗期の少年のようにいやいや、彼をひきずっていく鰐。本当は一緒に行くべきなのだろうが手が足りない。
そもそも、囚人の数に対して拷問組が五人というのもおかしい。明らかな人員不足である。一応、拷問場の外では黒服の女たちが見張りについているが、彼女たちがいかほどの強さなのか全く知らない。昨日も、囚人を間違えて殺してしまったという事件が起きた。間違ってボタンを押したのは先程の鰐だ。彼に任せるんじゃなかった。自分がやればよかった。そうすればあいつは死なずに済んだのだ。
この時代、ロボットたちが主流で働いている。街のファミレスで昔はウエイトレスという人間がいたそうだが、料理はロボットが運ぶ。工場で部品のチェックを行うのもロボット、介護用ロボット、医療用ロボット。日本の人口八千万人に対して、ロボットの総数は一千万と聞いたことがある。どうしてここにはロボットがいないのか不明だ。
さきほどまで明るかった空が急にかげり、黒い雲が立ち込めてきた。
「こりゃくるな」
虎がそう言った瞬間、鷹の頬にポトリと雫が垂れる。その後、バケツをひっくり返したような雨が降る。スコールだ。しかし、雨で拷問が中断されることはない。ずぶ濡れの囚人たちは虚ろな目でただ、拷問を受け続ける。
極悪の
スコールはいつの間にか止み、空には再び太陽が顔を出した。最後の陳を拷問台に乗せて手足を固定する。鰐の代わりに鮫と二人一組で上下から体を引っ張ると陳はものすごい声で泣き出した。そして、やはりポキっと枝が折れるような音がした。突然陳が泣き止んだと思ったら、気絶したらしい。
彼の体を泥と化した地面に横たえて、次の作業にうつる。上空で血の匂いを嗅ぎつけたのか、カラスが何羽か宙をえがくように舞っていた。