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第8話 【貪欲鑑定】が暴く感情


(どうなっている? ずいぶん過激な思考ではないか)


 俺は改めて映像を注視した。例の少女は相変わらず土いじりに興じている。その表情は茫洋ぼうようとしていて生気がない。

 少なくとも、腹を空かせた猛獣のような思考の持ち主には見えなかった。


 ふと、光粒が映像の中で踊った。直後、怒濤のごとく文字が描かれる。


『あらぁ、ティエラさん。そんなずぶ濡れでどうしたのかしら? ああ、ごめんあそばせ。あなたの存在感があまりに薄いから、つい木偶人形だと思って魔法の的にしてしまいましたわ。ほほほ』

『ティエラせんぱーい。これ買ってきてくださーい。秒でお願いしまーす。え、お金? なんであたしが払わなきゃいけないんです? 食費がない? 貴族の子弟なのにそんな端金はしたがねもないんですかぁ? えー、信じられなーい。あ、でもそっかぁ。せんぱいの家ってド貧乏の研究者崩れでしたっけぇ? きゃはは!』

『皆さーん! ここにいるのが、あの変人の教え子のティエラさんですわよー。こんなボロボロな花壇に素足で踏み込むなんて、誇りあるコンクルーシ魔法学園の生徒に相応しくないですわよねえ。今日はぁ、皆さんでこのお馬鹿さんに身の程をわからせて差し上げましょう! そーれッ!』


 ――少女の名はティエラというらしい。

 死んだような瞳をしている彼女を埋め尽くすように、文字が躍る。

 加えて、おそらく発言者と思われる女たちのシルエットも現れては消えていった。

 特徴的な喋り方や、シルエットの共通点から、どうやらこれらの台詞は2人の女たちによるものらしい。

 どれもこれも、胸糞が悪くなるような台詞だ。ティエラが無表情だから、余計にその陰湿さと攻撃性が際立つ。


(なるほど。これが土属性の少女――ティエラが学園で受けている仕打ちか。人間どもの集団はわからん)


 もしあの場に俺がいたなら、もれなく消し炭にしていただろう。ただ見ているだけなのがもどかしい。

 学園に興味はあったが、こんな連中に絡まれるのは願い下げだ。低俗なことこの上ない。

 しかし、ティエラはこんなくだらない暴言を吐かれて、よく表情を変えずにいられるな。それとも、言われすぎて感覚が麻痺したのか。


 そんな風にいぶかしんだときだ。

 ふと、光粒の色が変わった。


 今までは聖剣と同じ清廉な白い輝きだったのが、赤みがかった鈍い色に変化した。

 まるで空気をたっぷり吸って変色した人血のようだ。


 赤い光粒が新たな文字を描く。


『よくも、よくもよくも。尊敬する叔母さんを、叔母さんが大事にしていた花壇を、よくも』

『あなたたちなんかより、あの人はずっと凄いんだ』

『悔しい、悔しい、悔しい』

『いつか絶対にこの手で、復讐してやる』


 溶岩のごとくドロドロと燃えさかる、暗い感情。

 己の血文字で書き散らしたような怨嗟。


 ティエラは大人しい見た目に反して、なかなかにエグい復讐心を秘めているようだ。

 そしてそれは、彼女の敬愛する人物に関係しているらしい。


 まあ、無理もなかろう。

 俺だって、敬愛する先代陛下の威光と遺物をボロクソに貶されたら、とても平静ではいられない。地の果てまで追いかけて報いを受けさせる自信がある。


 俺は内心で口元を引き上げた。


(この深く強い復讐心。まさに【貪欲鑑定】だからこそあぶり出せた感情。好都合だ)


 あとはこの感情を利用して、ティエラの願いを叶えてやればよい。

 フィアで出来たのだから、ティエラも問題ないだろう。

 ティエラを味方に引き入れれば、我が領地の開拓はぐっとやりやすくなる。

 本当に幸先が良い。


(それにしても……人間どもの世界は実に住みにくそうだ。もし将来、こんな連中が押し寄せてくるのなら断固拒否しなければな。虫唾が走る)


 うんざりしつつ、「もう少し詳しく探ってみるか」と思ったときである。

 モノクロの世界が晴れ、【貪欲鑑定】が解除された。

 動き出した光景に、俺は内心で舌打ちした。


(チッ。まだまだ隠された内心を探りたかったのに。こっちの都合は無視かよ。……それとも、【貪欲鑑定】を俺はまだ制御し切れていないということか?)


「……ヴェルグ様?」

「おっと、すまん」


 フィアに声をかけられ、俺は我に返った。

 とりあえず今は、やるべきことを完遂するだけだ。

 気を取り直した俺は、ティエラに言った。


「ティエラよ」

「え?」

「お前が味わってきた苦痛、俺もよくわかるぞ。虐げられ、蔑まれて平気な奴などおらん。お前の怒りは正当だ」

「……」

「その溜めに溜めた復讐の炎、このヴェルグに預けてみないか? ティエラの復讐を手助けしてやろう。俺とフィアがいれば、どんな相手だろうと楽勝だ。存分に復讐を果たすといい」

「……」

「その代わり、復讐が成就した暁には、俺たちの仲間になるのだ。どうだ、悪い話ではあるまい。ティエラ」


 俺としては誠意を込めて説得したつもりだった。ティエラにとっても十分に魅力的な提案だろうとも思っていた。


 しかし、予想に反してティエラの表情は晴れない。

 それどころか、眉間に皺を寄せながら彼女はこう言ったのだ。


「嫌です」

「あるぇ?」


 ここ100年出したことのないような間抜けな声が漏れた。


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