「失礼~」
モーヴはマイロを片手で拘束したまま、マイロの顔をスマホで撮影した。
モーヴはそのままスマホをいじりつつ、感情の読み取れない笑顔を向けながらマイロに脅すように言った。
「理由は分かりました。この通り君の顔写真は撮ったんで。今後はあんまりやましいことはしないように。いいっすね~?」
「す、すみません」
あとで「写真ちょうだいって言お……」とミラはひっそりと思った。
「姫、ちょっとこっち来てくださーい」
「は、はい」
ミラも逃げたかったが、素直に応じる。
モーヴの手招き通りにミラはモーヴに近付くと、モーヴは明るく小声で話し始めた。
「ちょっと~もぉ~ねぇ~なんで一緒にいるんすか~」
モーヴはいつもの調子だった。だがミラはすっかり委縮してしまい失望するように青ざめてる。
「あの……かくかくしかじかで……」
それでも泣きそうなのを我慢しながらミラはすべてを話した。話さないということはとても不誠実だと分かっていたからだ。
「へぇ~なるほど~」
モーヴはミラの青春譚を聞き出しながら「あぁなんて甘酸っぱい時間をお過ごしになったのだろう」としみじみと思う。
姫の成長を感じたモーヴは、今すぐ双子のヒューゴを呼び出して語りたいほどだった。
だが、今は自分の仕事をせねばならない。
(こいつのことは調べ上げてる~。『マイロ・ガルシア25歳。中学生時代に補導歴があるが、家庭環境を考えれば斟酌すべし。高校生から現在まで不良行為は一切見られない』。結構苦労してるのね~)
ミラに限らず、王族に引っ付いて回るパパラッチは全員身辺調査を受けている。
マイロも例外なく調査されたが、その時点でマイロは善良な人間であると判断されていた。
(だけど、勝手に近づかれたのは困る。姫が好きな人とはいえパパラッチだし。でもこのケースは一方的に責めることはできないな)
ミラから送られてきた『お友達に手伝ってもらうからみんなは車で待ってて』というメッセージを鵜呑みしてしまった自分たちにも問題がある。
そう思うと、モーヴはマイロを怒る気が少し失せてしまった。
もちろんこれが暴漢であるのなら話は別だが、相手はミラの想い人なのだ。
どうやらミラが誘ったことが発端のようだし、20歳の女の子が好きな人と一緒にいたいのは当然の欲求なのである。このくらいの嘘はかわいいものだと思った。
(しかも、協力者の姫のご友人は有力者のご令嬢だ。ご助力なさったことにクレームなんてつけられない。それにこのパパラッチと2人きりになるのを選んだのは姫なわけだし、その気持ちを責めるのはちょっとなぁ)
ややこしい話になったとモーヴは思った。
すべてを素直にマーゴットに報告したのならこのパパラッチはタダじゃすまないだろう。
最低でもマイロは配置換えをされ、二度と王族関係の仕事ができなくなるはず。
そうなるとミラはもう二度とマイロに会えなくなることは想像に容易い。
さすがにそれは、あんまりじゃないだろうか。
モーヴはミラに同情すると覚悟を決めたように深く頷いて、緊張感のない笑顔を見せた。
「いっすよ~そのままレポートしてください~」
「え?」
予想外の返事にミラもマイロも目を丸くした。
モーヴはへらへらと緩く笑いながら続ける。
「その代わり2人を見張ります~いいですよね? マーゴットさんはこっちでどうにか誤魔化しますから~」
「モーヴゥ~……!」
「でも1時間が限界なんで急いでくださ~い」
モーヴはスマホでヒューゴに適当に誤魔化して、と連絡をする。
恋バナが好きな兄なので、きっと今夜は質問攻めに合うだろうなと予想しモーヴは苦笑した。
「でぇ、マイロさ~ん! ちょっといいかなぁ?」
モーヴの底知れぬ迫力のある声にマイロは委縮した。モーヴは飄々としながら、けれども隠しきれない殺気のようなものをあふれ出しながらマイロに言った。
「カメラ。見せて。カメラ」
「え……」
マイロは心底嫌そうな顔をしたがモーヴは少しも優しさを見せなかった。
「どーせ撮ったんでしょ。全部見せて。あ、このペン怪しいね~念のために没収するね~。そっちのカバンに入ってたカメラの中も見せてくれる?」
「カメラはジャーナリストの命だ。そう簡単に人に渡すわけにはいかない!」
マイロは躍起になって言い返したが、ペン型カメラが真っ二つに折られた次の瞬間、カメラを差し出していた。
*
(最悪。今日撮った写真全部消された。まぁ命拾いしただけましか……)
モーヴの見張りを受けつつ、マイロはミラの書いた文章をラップトップに打ち込んでいた。
まるでピアノでも弾くかのような軽快なダイビング音が部屋中に響き渡り、マイロの指がワルツでも踊っているかのようであった。
その様子を見ていたミラとモーヴは2人とも「へ~タイピング超早いね~」と見直すように声を上げている。
「これくらいのスピード感ないと毎日記事なんて書けないんです……。完成したはずだから確認してください」
マイロがこそばゆい気持ちを抑えながらラップトップをミラに返した。
ミラは尊敬するような目線を送りながらも真剣にレポートを確認していく。
その間モーヴは頬杖を突きながらマイロで暇をつぶしていた。
「ねねね~マイロさん~もしジャーナリスト首になったら王宮の事務職とかどうですか~? PC使える人は重宝されますよ~」
なんて縁起の悪い話をするんだと思いながらマイロは丁重に断る。
「室内でじっとしとくの性に合わないんで……遠慮しときます……」
「え~もったいな~い」
モーヴはぶーぶーと文句を言うように反論したが、ミラが目をキラキラと光らせながら割り込んだ。
「マイロさんすごいわ。誤字がほとんどない。完璧だわ。印刷して提出すればばっちり。本当にありがとう!」
ミラはとても嬉しそうに印刷したレポートを取りに行くと、そのまま3人は教授の研究室へと向かった。
研究室のポストにレポートを滑り込ませると、ミラとマイロはほっとしたようにため息をつく。
「それじゃ、俺、帰りますね……。あのリーダーっぽいお姉さんにバレたくないんであっちから出ていいですか?」
「えぇ~そうしてもらえると助かります~。あ、30分くらい待ってから帰ってもらえればもっと助かります~」
「えー……。分かりました」
マイロはせっかく撮った写真も消されたし、記事を書くにしても当たり障りのない内容にしろとモーヴに注意を受けてしまった。
せっかくポリシーに反して潜入取材を試みたというのに何の成果も得られなかったことを悔やみながら大きなため息をついた。
(こそこそと、ずるいことをするなって事かな)
けれど、収穫はあったように思う。
毎日顔は合わせていたものの、まともな会話をしたことがないマイロは、ミラに対してぼんやりと幕がかかっていたように感じていた。
けれど今日、隣同士で座り、ミラの体温を少し感じ取った。
腕が当たっただけで真っ赤になって焦るのも、頭がいいと褒められれば素直に喜ぶのも全てがリアルで、マイロの中にあるミラという人間に肉付けがされていくようだった。
(まぁ、可愛かったよな)
ミラたちが出口に向かって歩くのを見送りながらマイロはぼんやり考えていた。
だがミラはモーヴに何か相談するように話したあと、ミラはすぐ駆け足でマイロの方へ駆け足で戻ってきた。
何か忘れ物でもしたのだろうかとマイロは思いつつ、ミラが駆け寄ってくるのをじっと見つめて待った。
ミラは頬が紅潮していたが、胸に手を当て、勇気を出そうと自分を励ます。
「あの、マ、マイロさん、ジャ、ジャーナリストさんっていつがお休みなんですか?」
突拍子のない台詞にマイロは思わず固まる。
「不定期なんで何とも……」
「じゃ、土日で暇なのはいつですか……?」
マイロは質問の意味が分からず不思議そうに首を傾げたが、ミラはさらに勇気を振り絞り、真っ赤になった顔も隠さずに言った。
「レポートのお礼に、こっ、今度、お食事でも行きませんか……!」
生まれて初めてのデートの申し込みに、ミラは緊張で声が震えていた。