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第9話 さっきから見せるこの顔は何なんだろう 1/5

「デートなんてダメに決まってるでしょう」


 マーゴットは、まるで切り捨てるように、ミラの願いを一刀両断にした。

 ミラは「ぐぬぬ」と悔しそうな表情を浮かべているが、それでもなお、マーゴットに食い下がり続けている。


「で、デートじゃないわ。お礼にご飯を食べに行くだけだから……」

「ミラ様。世間ではそれをデートと呼ぶんです。大体、なぜ、相手があのパパラッチなんです? ありえません!」

「この前マーゴットさんが公休日のときにばったり会ったんですよ~」


 モーヴはさらっと嘘をついた。


(公休日に偶然会ったのは嘘じゃないもんね~。一方的なだけで~)


 口裏合わせをしているミラも激しく頷いている。


「その時ちょっと買いすぎたんで車まで荷物運びをしてもらったんです~。いいんじゃないですか~? 食事くらい。他のご兄姉だって異性のお友達と食事くらいするでしょ?」

「ダメに決まってるでしょう」

「私が責任をもって同席しますから~」


 マーゴットは冷酷なほどのトーンで2人の頼みを断るが、内心は穏やかではなかった。


(だってあのパパラッチでしょ?)


 そんなの、絶対にダメに決まっている。

 マーゴットの仕事は、ミラの身の回りの世話だけにとどまらない。

 王家の名誉を守るために、ミラを王家の一員として立派に育て上げることがその役目であり、同時に世間の厳しい目からミラを守ることも彼女の大切な使命である。


(私だって、ミラ様が普通の子なら喜んで背中を押してあげるわよ。でもダメに決まってるじゃない。ミラ様は王女なんだから)

「話は聞かせてもらったわよぉ~!」


 けれども突然、背後から薔薇が咲いたような声が響いた。

 みんなが一斉に振り返ると、美しいブロンドの髪を揺らしながら、部屋着とは思えない華やかな衣服をまとった姉姫ジャネットが、従者を何人も連れてミラの部屋に入ってきていた。


「ジャ、ジャネット様」


 マーゴットは驚きつつも、引き笑いを浮かべながらジャネットに深々と礼をしたが、ジャネットは女でも見惚れるような色っぽい仕草でミラに抱きつき、妹の頭を撫でながら言った。


「デートくらいいいじゃないのぉ。男とデートしない女なんて不健全の塊よぉ。暗ぁ~い図書室で本だけ読んで目を悪くするよりずっと良いわよぉ」


 そして、ミラにそっとほほ笑む。

 マーゴットは、遊び人であるジャネットが心底苦手であった。

 何を言っても真面目に受け止めず、まるで砂のようにつかみどころのない性格は、モーヴにも通じる部分があった。

 それに、あくまで従者であるマーゴットでは、姉姫には強く出られない場面も多い。


「ね、ミラ。たまには息抜きは必要よねぇ?」


 姉からの助け舟に、ミラは全力で乗り込んだ。

 姉姫という虎の威を借りて、「そうよ、そうよ!」と主張するミラに、マーゴットは奥歯をかみしめ、言葉を飲み込むしかなかった。


「ね? マーゴット?」

「で、ですが」


 ――遊び人のあなたと、純粋でまだ子供のミラ様は違うんだ!

 そう言い返したかったマーゴットは眉を吊り上げながらも、言葉を飲み込んだ。


「いいわよね?」


 笑顔のジャネットの迫力に、従者である自分が逆らうことはできなかったのだ。


「…………私も……行きますからね……」

(マーゴット先輩の胃に穴が開きそ~)

(マーゴット先輩に今度胃薬買ってあげよ……)


 渋々、デートを許可したマーゴットに、静観していた双子は心の中で彼女を労わった。

 ミラは満面の笑みを浮かべ、「マーゴット、ありがとう!」と抱きついたが、マーゴットは「今回だけですよ」と苦々しく注意する。


「ミラ、お姉ちゃんが思いっきりかわいくしてあげるわぁ。私のお部屋においでなさい。私の専属の美容師貸してあげるから」

「お姉ちゃん大好き!」

(ミラから相手の情報いっぱい聞いちゃおう~♪)


 そして王女2人はデートに向けて思い切りお洒落をすることになった。

 マーゴットの胃痛と引き換えに。



 約束した日の当日、マイロは髭剃りをしながら考えていた。シェービングフォームを顎に塗ると慣れた手つきで髭をそっていく。

 元々髭は濃くないけれど、社会人になってからは身だしなみとして毎日欠かさないルーチンだ。


「思わずOKしちゃったけど……食事に行くって……なんで?」


 マイロは低い声で独り言を言う。

 そして鏡の前で丁寧に剃り進める途中、目の下の古傷を指で軽くなぞった。

 ずっと昔についた傷なので痛くはないが、傷跡は今でもくっきりと残っている。

 女性と食事をするなら、この傷を隠した方がいいのだろうか、と一瞬悩んだが、ファンデーションなどを持っていないことに気づき、すぐにその考えを諦めた。


(それにしても丁寧な人だな。レポートを手伝ってもらっただけでお礼をするだなんて)


 マイロはアパートから最寄りの駅に向かって歩きながら考えていた。

 彼が住む町は、観光客も来ない、地元民しか寄り付かないような質素な街だ。

 ネットの百科事典で調べても、数行で終わるような地味な場所で、昔ながらの風景と呼べるものは良くも悪くも存在していない。

 3車線しかない駅前通りには、国内外のチェーン店やスーパーが並んでいる。

 風情がないな、とマイロは常々思っているが、実際に生活を送るうえでは、これくらい雑多な方が暮らしやすいため住み続けている。

 駅前のファーストフード店を見て思わず腹が鳴ったが、マイロはそれを我慢してそのまま地下鉄の電車に乗り込んだ。


(まぁ、一国の王女ともなればそのあたりしっかりしつけされてて、貸し借りは作らない主義なんだろう。この食事会に深い意味はないさ)


 デートだなんて微塵も思っていないマイロは、いつもと変わらない服装で出かけた。

 しかし、指示された通りの住所に行き到着したのは、国内でも有数の高級ホテルだった。


 回転ドアを抜けて入ってきたマイロを見たホテリエは、「なんてみすぼらしくて貧相な貧乏人が入ってきたんだろう」と思っていた。

 マイロの姿はこのホテルには不似合いで、小汚く、どう見ても用事があるようには見えなかったからだ。


 ホテリエはさっさとその貧乏人を追い払おうと考えていたが、ホテリエはマイロに声を掛けられる。

 話を聞いているうちに、それまでまるで犯罪者でも見るかのようだったホテリエの態度が一変し、セレブを扱うような仰々しい態度に変わった。

 このホテリエが態度を豹変させたのも当然だ。

『マイロ・ガルシアという男が現れたら招待するように』と言いつけられていたのは、ホテルの上層階にあるスイートルームだったからだ。


 スイートルームのリビングには、大理石のテーブルと、ふかふかのクッションがついたラグジュアリーなデザインの椅子が2脚だけ向かい合って置かれていた。

 大きな窓からは街中の景色が一望でき、壁には有名画家の絵画が飾られている。

 もし破損させようものなら一般人の年収以上の金額が請求されそうな装飾品が至るところに配置され、一部屋がマイロの実家より遥かに広かった。

 どう考えてもマイロにとっては身分不相応な場所であり、一般客の出入りが禁止された専用のルートを通って部屋に案内された瞬間、彼は委縮して固まってしまった。


「こ、こんなにいいホテルでの食事だと思ってなかった……」


 マイロは自分の服装を見る。自分の服にあまり興味がないマイロからしても、食事会にふさわしくない格好でないのは一目瞭然だった。

 確か、ホテルを出て近くの商業ビルに行けば、洋服の量販店があったはずだ。

 高級なスーツは買えないにしろ、ジャージよりはマシな服が手に入るだろう。

 ――そうだ。今からでも着替えに行こう。マイロは急いで立ち上がる。

 けれども、マイロにはそんな時間はない。ほどなくして室内に入ってきたマーゴットに「なんだその格好は」と目で訴えかけられていた。

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