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第12話 熱が出た日は寂しくなる 2/6

「そんなに酷い風邪なんですか!?」


 パーもミラの切羽詰まったような行動に驚いたが、すぐ眉毛をシャカシャカと動かしながらとびっきりの営業スマイルを作った。


「ミラ様ー! お写真で見るよりも、遠方から眺めるよりもお美しく――」

「だから! 酷い! 風邪! な・ん・で・す・か!?」


 だが、それよりも大きな声と迫力でミラはパーに詰め寄っていた。


 パーは、マイロが先輩のリザリーに『ミラ姫とは、いつも笑顔を絶やさず、ジャーナリストを邪険にすることもない。いつもおっとりしていて、花を食って生きてそうな匂いのするTheお姫様。っす』と話しているのを又聞きしたことがある。


 パーは以前からマイロが王宮の専属ジャーナリストという立ち位置にいることが不思議でならなかった。

 確かに地味な仕事ではあるし、専属グラビアカメラマンなんて揶揄するものもいる。

 だが実際は、普通は新人が付かせてもらえるようなポジションではない。マイロの王族専門のジャーナリストというのは本来大変な名誉のある仕事だ。

 前任者がミラをまるで物でも扱うかのような扱いをしていたせいでミラ担当のジャーナリストは社内外問わず白い目で見られがちだが、本来はど新人が配属されるはずのない重要な役柄なのだ。


(いつも先輩たちから馬鹿にされてるマイロの仕事なんて、天才ジャーナリストのパーシヴァル様なら片手間でできるはずだ! しかも王室専属の仕事なんて名誉職……、横取りできれば自分の出世にも繋がる! 親だってきっと喜ぶだろう! 王族の恩恵を受け、甘い蜜をちゅーちゅーと搾り取るように吸い取ってやろう。そして金持ちになっていつか南の島を買って豪遊してやる、ぐへへ)


 そんな邪な気持ちでパーは誰の許可も得ずに王宮までやってきたというのに、実際に対面したミラはものすごく不機嫌そうで、燃えるようなルビー色の瞳でパーを睨んでいる。思わずつばを飲んだ。


「ひぃ!? 39℃の発熱だと伺っておりますー!」


 ミラの迫力にビビったパーは口が思わず滑った。

 マイロのことについてこんなに必死に聞かれるだなんて予想だにしなかったから、背中には嫌な汗をかいている。


(お、思わずビビッちゃっただろ! IMでマイロに文句5兆億回送ってやる!)


 と、心では悪態をついていたが、パーは引き笑いをしながら体をくねらせた。


「ちょっと姫! 突然走んないでくださいよ〜」


 モーヴはわずかに青ざめた表情で、ミラを追って走っていた。

 彼女がミラの従者となってから2、3年ほど経つが、これまでミラが監視を振りほどき、勝手に走り出したことは一度もなかった。

 その激走を止められなかったことを悔やみながら、モーヴはミラに落ち着くよう声をかけ、そっと車の中へと引き戻した。


「大丈夫ですよ〜マイロさんだって大人なんだから、そんなに心配しなくって〜」


 2人きりの車内でモーヴはミラに優しく声をかけた。

 成人男性なのだから、ある程度の面倒は自分で見れるはず。会社に「休む」と連絡したのなら病院にも行けているだろうし、あなたがそんな顔をする必要はないとモーヴは自分の言葉で優しくそう言い聞かせた。

 それでもミラは今にも泣き出しそうなのを我慢しながら、モーヴに不安を打ち明ける。


「でも39℃の熱だって。とても辛いはずよ」


 モーヴは優しい姫を労わりながら困ったように笑った。


「高熱っちゃ高熱ですけど、別に大丈夫ですよ〜。きっと誰にも会わずにぐっすり寝る方が早く治ります」

「でも……」


 わがままを押し通そうとしたミラを叱るように「だ~め~で~す~」と少し強めにモーヴは言った。


「姫ができることは、大学に行って、授業を受けることです~。諦めてください~」

「……お見舞いに行きたい」

「だめです〜流石にダメ〜」


 結局モーヴを説得することはできず、その日の大学の講義を全て受け終わった。

 そして帰りの車の中でも、しくしく泣きながらミラはマーゴットたちにせがんだ。


「…………マイロ、きっと食べ物とかないと思うの。だって彼、痩せてるじゃない、きっと普段からお料理とかしないと思うのよ。ねぇ、ドアまででいいから」

「ミラ様、約束致しましたよね。私達は、お食事とクリスマスマーケットのデート以上のことはさせてあげられませんって」


 マーゴットは助手席で手帳を確認しながら、冷淡すぎるほどの声のトーンでミラを咎める。


「男性と2人きりになるなんてだめです。何か起こったらどうするんですか? もうわからない歳じゃないでしょう」

「マイロは……そんな人じゃないもん……」


 ミラはまるで子供のようにふさぎ込んだ表情を見せたが、マーゴットの態度は微動だにしなかった。

 一国の姫を守ることこそ彼女の使命。

 もしミラが一人暮らしの男性の家を訪れ、その姿をパパラッチに撮られでもしたら、どれほどの騒ぎになることか。


 先日のデートですら、パパラッチ対策に多大な労力を費やした。

 目には映らなくとも裏では多くの人が秘密裏に動いていたのだ。もし今日もマイロと会うとなれば、同じような対応が必要になる。

 密会の回数が増えれば、それだけミラの秘密が外部に漏れるリスクも高まる。

 彼女を守るためにも、これ以上の願いを聞き入れるわけにはいかなかった。


「お諦めくださいプリンセス・ミラ」


 マーゴットは毅然とした態度を崩さず、冷静な口調で諭した。

 その言葉は、暖房の効いた車内にいながらも、冷たい暗雲が心を覆うような感覚をもたらした。


 ミラは反論できなかった。まるで答えを盗み見るほどマーゴットの言うことがはっきりと理解できた。

 それでもマイロへの想いを断ち切ることはできず、そのうち静かに鼻をすする音が車内に響く。

 静かにハンカチを目元に押し当てるも涙をこらえきれず、頬を伝うのに時間はかからなかった。

 叱られた子供のように頬を赤らめ、涙ぐんだ声が徐々に漏れ始める。


 隣に座るモーヴは、どうにかできないかと熟考しながら沈黙していた。しかし、この状況のマーゴットを説得する妙案は、すぐには思い浮かばなかった。


「……分かりました。俺が様子を見てきます」


 そんな沈黙を破ったのは運転中であったヒューゴだった。


「俺がお見舞いに行き、そして、姫様にマイロさんの様子をお伝えします。それでも良いですか?」

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