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第12話 熱が出た日は寂しくなる 1/6

 白く輝く日差しが直線状に降り注ぐ姿が目視できるほどの晴天の朝に、ミラは違和感を覚えていた。


 (マイロが……いつものパパラッチ集団の中にいないわ)


 ミラを追いかけ、写真を撮ることが仕事であるはずのマイロの姿がどこにもなかった。


 (でもたまに昼間から来ることもあるし、今日はきっとそういうパターンね)


 ミラは自らを納得させ、いつも通り大学の授業に出席し、友人と肩を並べて講義を受ける。

 もしかするとこの前みたいに性懲りなく大学生のふりをしてるのではないかと思い、辺りを見渡してみたが、マイロらしき人影は見えなかった。


 (……大学が終わったらいるかなぁ)


 しかしミラの思いも虚しく、マイロはその日1日姿を表さなかった。


 *


 翌日もマイロはパパラッチの集団の中にいなかった。

 いつも物静かで目立たないとは言え、ミラにとってはポッカリと大きな穴が空いたような寂しさがそこにはあった。


 (……もしかして私が何かしてしまって、愛想を尽かされたのかしら)


 想像するだけで胸が締め付けられそうな考えがミラの頭をよぎった。

 ――この前のデートは彼にとって負担だったんだ。マイロも立場があるからデートを断れなかっただけで、また写真を撮りに行こうという誘いは本心ではなかったんだ。だからきっと彼は2日も続けて現れなくなってしまったのだ。

 そんな考えが心に影を作り、ミラはパパラッチのカメラの前だと言うのに元気を出せそうになかった。

 とうとう失恋する日が来たのかと思うと、目の奥が痛くて涙がこぼれそうだ。

 こんな状況じゃ強がって笑えるわけがない。


 しかし、同時に「何やらいつもよりパパラッチ集団が騒がしい」とも思っていた。

 ミラが涙を我慢しながら目を向けた先には、見た覚えのない、針金みたいに眉毛が細くてそれをシャカシャカと上下させてる1人の男がパパラッチ集団の中にいた。

 男は壊れたロボットの様に1人で自慢話をしており、他のパパラッチたちも迷惑そうな顔をしながら適当に相手をしていた。


「……マーゴット、あの方って前からいらっしゃったかしら?」


 ミラはすぐ隣に立っていたマーゴットに小声でつぶやいた。

 マーゴットもミラが示した人物をチラリと見てから静かに頷く。


「私もちょうどそう思っておりましたミラ様。――新顔ですね、どこの出版社だろう。名刺貰ってきます。ヒューゴたちお願いね」


 マーゴットは冷静に新顔である男の元へ近づくと、その男はまるで虫の触覚の如く眉毛を動かし「これはこれは!」とマーゴットに挨拶をした。


「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません! 私、インク・メディアのパーシヴァル・アロイシャス・フェザーストンホーと申します!」


 貴族や王族と接する機会の多いマーゴットでさえ長くて噛みそうな名前だと思った。

 パーシヴァル・アロイシャス・フェザーストンホーはマーゴットに促されるよりも前に名刺を取り出すと、指先をきざに伸ばしてマーゴットに手渡した。会社名と名義があるところは普通の名刺と変わらないが、名前は筆記体で、金箔でわざわざデザインされたラインが入っており、裏を返すと偉人の名言が記してあった。


「この名刺の裏にある名言は10種類あるんですっ。ふふん」

「左様でございますか……」


 パーシヴァル・アロイシャス・フェザーストンホー、略してパーは眉毛をシャカシャカ動かしながら名刺の秘密を自慢げに教えてくれた。


 社会人なら会社が名刺を備品として配布するはずだが、この名刺はおそらく勝手にオリジナルを作ったのだろう。

 実際、マイロ・ガルシアが配属された初日にマーゴットに渡してきた名刺はとてもシンプルなものだった。

 マーゴットは様々な背景を察しながら名刺をしまうと、こほんと咳払いをしてから話を切り出した。


「インク・メディアといえば、御社はガルシア様が私どもの担当だったかと存じますが……」


 パーは「ああ!」と大袈裟に相槌を打つ。


「マイロ・ガルシアくんですね! 私、彼とは同期でして、今日はヘルプでございます〜!」


 パーはそれはそれは大きな声で口にした。

 まるで自分は怪しいものではないとアピールするかのように周囲30mには届きそうな声量だった。

 声が大きすぎるから、パパラッチの中では最年長で「最近耳が遠い」と愚痴っていたジョーンズのじいさんまで耳を塞ぐ始末だ。

 他のパパラッチたちも「あいつを摘まみだせ」とでも言いたげに、ネガティブなジェスチャーを送り合っている。


 マーゴットは涼やかな笑顔を絶やさず「フォローでございましたか」と返事をしたら、パーはまだ詳細を聞いていないのに勝手に話し始めた。


「マイロくんは風邪をひいたそうでして昨日からお休みをいただいております! 彼は本当に努力家でしてねぇ! 頑張りすぎて熱が出てしまったのかもしれませんねぇー! とはいえジャーナリストは体が資本です! 気を抜いたのかもしれませんね! ひょーっひょっひょっひょっひょっひょ!」


 パーの不気味なほどのオーバーリアクションに、マーゴットは愛想笑いをしつつ「早く切り上げたい」と切に願っていた。


 しかし、ミラが駆け足でマーゴットたちのもとへ向かっている気配を察すると、マーゴットはすぐに身を挺して壁となり、彼女をパーから守った。

 それでもミラは、マーゴットのわずかな隙間から必死に声を上げた。


「マイロさん風邪でお休みされてるんですか!?」

「ミラ様……!」


 マーゴットは低い声でミラを諫めようとするが、ミラはマーゴットの制止を振り切り続けた。


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