「くりくりお目目で、ルビーの瞳のミラちゃん、か。あーあ、どうしてこうなっちゃったのかね?」
誘拐犯の中でも特に不健康そうで、少し横暴な態度の男が、新聞紙をくしゃりと丸め、ミラの頭をぺしぺしと叩きながら、呑気そうな口調で言った。
ミラはビクリと肩を震わせる。
痛みはほとんどないが、まるで玩具のように扱われることが嫌で嫌で仕方がなかった。
「ただの好奇心だが、どうしてミラちゃんが車に乗ってたんだい?」
「お、お姉ちゃんは、朝からお熱が出て……」
「あ~。急病。それでミラちゃんが代わりに来たのかな?」
「そう、です」
「なるほどなるほど。いやー。つくづく運がないねぇ。ミラちゃん」
目の前の男は、ミラの頭を軽くぺしぺしと叩いてはいるが、話し方や雰囲気から、他の連中と比べればまだ話が分かりそうだとミラは感じた。
「お、おうちに帰してください」
勇気を振り絞り、ミラは目の前の男に懇願した。
言葉の最後にかすかに震えが混じったが、それでも精一杯だった。
しかし、男は鼻で笑い、まるで子どもの駄々に付き合うかのように軽く受け流した。
「おうちに帰してください! 私はお姉ちゃんじゃない!」
しかし、ミラは涙目でもう一度強く抵抗した。
男は振り返って再びミラをジィっと見るが、目の奥がさっと冷たくなって、小さく舌打ちした。
「うるせえガキだな。これがジャネットなら指を1本1本送りつけながら色んな脅しに使えたんだがなぁ……?」
男はそういいながら自分の懐に手を潜り込ませた。
ミラの脳裏には運転手とカレンが撃たれた光景が浮かび上がる。
ミラは思わず「ひっ」と小さな悲鳴を上げたが、男はミラの反応を見てぷっと噴き出す。
「冗談冗談。怖がらせちまったなぁ」
笑いながら、震えるミラをぺしぺしと叩いていると「遊んでるんじゃないぞ」という低く冷たい声が飛び、別の男がボスらしき人物の側に近づいていった。
「どうすんだよ。13人兄弟の末っ子なんて一番無価値じゃねえか」
その言葉に、ミラの心臓がどくん、と強く打った。そして周りの空気も一変して静まり返ったように思えた。
(……価値が、ない?)
男の言葉にミラは絶句していた。その言葉の真意について、考えたくなくても考えてしまった。
それは命の価値に上も下もないとか、誰もが平等であるべきだという様な高尚な考えではなかった。
ミラという人間自体に値札が貼られているのに、誰からも求められていないという孤独のような恐ろしさをミラは感じていたのだ。
「身代金だって絶対一番しょぼいぞ。だから最初から皇太子を狙おうって言っただろ! 大体ジャネットだって……」
「うるせぇなぁ。お前だって賛成してただろちっこい方が運びやすいって。皇太子おっさんだぞ」
「”ランク”の話をしてるんだよ。ミラじゃ無理だろ」
「別に誘拐したのが末っ子だろうがジャネットだろうが、同じことだろ。予定通り進めるまでだ」
「身代金ケチられたらどすんだよ! ジャネットだからぎりぎり狙える価格で考えてただろ!」
「目的は他にもあるだろう。ちょっと黙っとけ」
男たちの会話が、ミラをまるで物のように扱っていることに気づき、背筋が凍った。
――彼らにとって、自分はただの『取引材料』なのだ。その取引材料の価値が低かったことに彼らは憤りを感じているのだ。と。
「どうするかなぁ。ジャネットだろうがミラだろうが、正直どっちでもいいんだが……」
ボスらしき男が、ゆっくりと唇を噛みしめながら呟いた。
乾いた唇をゆっくりと舌なめずりし、気持ちの悪い眼差しでミラをジロジロと見る。
ミラはその全てが気持ち悪くて思わず涙が出そうだった。
しかしその時だった。ブーブーという携帯電話のバイブレーションが揺れる音がかすかに聞こえる。
「待て。電話だ」
室内の空気が、ほんの一瞬だけ静まり返る。男は電話に出ると、ミラに聞こえない場所まで移動して通話を始めた。
ミラは、荒ぶる心臓の音を聞きながら、次の展開を待つしかなかった。
「おい。ミラ様を丁重に扱え。13番目だろうがお姫様なんだからな」
しばらくしてボスは煙草の煙を吐き出しながら、低い声で答えた。誘拐犯たちの間には沈黙が訪れたが、そのうちの1人が間抜けな声で問いかけた。
「なんで。それって例の『パトロン様』の指示なのか?」
(ぱとろんって何だろ……?)
ミラは男たちの会話を聞き、心の中でつぶやいた。ボスが仲間に鋭い視線を投げつけると静かに声を荒げた。
『パトロン』という言葉が気にかかったが、ミラはじっと黙って男達の会話に耳を澄ませた。
「おい。ミラちゃんがいるところでその話をするな」
「わ、悪かった」
男は肩をすくめると、ミラに向かって「空気が読めないおじさんは困るなぁ。なっ、ミラちゃん?」と言いながら軽く笑った。
そして、ボスはポケットから小さなカメラを取り出し、ニヤリと笑った。
「まぁ、写真撮影でもしておくか。はい、チーズ。」