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第13話 13番目のお姫様 4

(私、死んじゃうの?)


 真っ暗な視界の中で、ミラは先ほどの恐ろしい光景が頭の中を何度もフラッシュバックしていた。

 いつも優しくしてくれている運転手のおじさんが、銃で撃たれたきりピクリとも動かなかった。

 厳しくも優しいカレンの真っ赤な血と叫び声が脳内にこびり付いて離れてくれない。

 生まれて初めて目にした暴力によってミラは恐怖で支配されており、息をするたびに体が震えあがった。


(私がいい子じゃないから? どうしてこんなことになってるの?)


 ミラは普段から母親や教育係から叱られているし、祝辞だってすぐに覚えられなかった。だから罰が当たったのかもしれないという子供らしい自己否定が頭の中をぐるぐるとめぐっていた。


(お母様に褒めてほしいから頑張って覚えたのに……)


 目隠しをされた目から涙がぽたぽたと零れ落ちる。

 王女とはいえ、ミラはただの10歳の女の子だ。

 力では大人にはかないっこないし、口も達者ではないから交渉もできやしない。

 ミラは恐怖に怯え、縛られた手の縄のチクチクに文句も言えず、泣きながらじっと時間が過ぎるのを待つしかなかった。


 しばらくして車が急に止り、ドアが開いて冷たい空気が入り込んだと同時に「降りろ」という命令がミラに下った。

 誰かがミラの腕を強く掴んで乱暴に引きずりだした。爪がミラの肉に食い込んで痛かったけれど、奥歯を噛んでじっと耐えた。

 そしてミラは荷物みたいに抱っこされたままどこかに連れて行かされた。数分でどこかの建物の中に入ったらしく、足音が反響して大きく聞こえるようになったし、男たちの声が低く響き合う。


(……古い建物なのかな)


 まるで古くから伝わる遺跡や博物館の反響音のようだ。

 車に乗せられた時間もそんなにかかっていない。市内からは出ていないはずだ、とミラは勘づいていた。知っている建物だろか。それならまだ助かるかもしれないのにと淡い期待を抱いた。

 しばらくするとクーラーの効いている涼しい部屋にミラは連れてこられていた。

 半袖で冷や汗をかいていたミラは少し肌寒さを感じた。


「おい」


 そして、後ろの方から誰かがミラたちに向かって声をかける。

 ミラを抱っこしていた人物はミラに構うことなく勢いよく振り向いたせいで、ミラは落ちそうになって冷や冷やした。


「それが例の王女か」

「あぁ。この金髪、注文通りだろ」


 返事をした男はミラのお尻を平手で『ぱん!』と叩く。

 ミラは驚いて思わず「ひっ」と声が出たので、数人が面白がって笑ったのが聞こえた。


「王女とはいえ、ただのガキだな。作戦Aに何か問題はなかったか」


 最初に声をかけた方の男が再び聞いた。

 ミラはお尻を叩かれたことが酷く恥ずかしくてそのせいでも涙が出そうになったが、ただひたすらにじっとして男達を刺激しないように心掛けていた。


「こいつの兄貴を襲撃して、手薄になったすきに誘拐する作戦だろ? ばーっちり。予定通り過ぎて王宮サイドに仲間でもいるのかと思ったよ」

「そうか。こっちはすでにセレモニーホールに全校生徒を集めさせている」

「流石」


 男達は状況を報告し終えると、どちらかが大きく「ふう!」と大きく息を吐いた。

 生温かくて、それが人の息なのだとすぐに分かった。甘ったるくて濃い煙草の煙がミラの顔面に吹きかけられて、ミラは思わず吐きそうな程の大きな咳をする。


「げほっげほげほっ!」

「姫だぞ、副流煙止めて差し上げろー」


 男達はまたコメディ映画でも見るかのようにミラをあざ笑った。ミラはなるべく咳を我慢しながら目隠しの下で目をぎゅっとつむり、自分が置かれている立場について頭を巡らせていた。


(セレモニーホールってことは、ここは学校? ひょっとしてウェストメイン・スクールにいるの?)


 煙草の煙のせいで咳がまた出そうになったけど、ミラは唇を噛んで我慢した。

 心臓だってドクドクと鳴り続け、縛られた手首が縄で擦れて痛いが、もし男達を不愉快な気分にさせればもっと怖いことが起こるかもしれない。

 それだけはミラも避けねばならぬと思っていた。


「王宮からの追跡は?」

「まだ動きはない。だが、警察や近衛が到着するのも時間の問題だ。急げ」


 王宮の追跡。

 それは近衛が動き出したことを意味する言葉だ。

 有事があった際は特殊部隊が出動し、王宮関係者を守るために全力で働く手配となっている。

 馴染みのある近衛たちの存在と可能性にミラは少しだけ「助けてもらえるかもしれない」という希望を見出していた。


「しかしジャネット王女様を誘拐とはね。教科書に掲載されるレベルの偉業だぞ、これは」

「ちゃんと確認したんだろうな」

「間違いねえよ。見ろよこの金髪。これがジャネット王女の特徴だろ」


 ミラの眉がかすかに動いた。


 誰かがミラの髪を触るような感覚が伝わって『ぞっ』としたが、ミラは必死に頭を動かしていた。


(ジャネット? どうしてお姉ちゃんの名前が?)


 ミラのフルネームはミラ・エリザベス・マーガレットだ。

 ジャネットのジャの字も入らない。

 だというのにミラではなく、ジャネット――姉の名前が男たちの口から出たのだ。聞き間違いだとは思えない。


(この人たち、私とお姉ちゃんを間違えてる? どうして? ……あっそうか。急だったから、私がお姉ちゃんの代わりになったことを知らないんだ)


 では、単に人間違いで誘拐されたのだろうか。

 だとしても疑問が残る。


(どうしてこの人たちはお姉ちゃんがウェストメイン・スクールに行くことを知っていたの?)


 ジャネットが公務で学校を訪れることはサプライズだったはずだ。

 公表されていない王族のスケジュールは極秘情報扱い。

 ミラを誘拐した際の手際の良さを考えると、彼らは事前にジャネットの件について情報を入手しており、準備していたとしか思えなかった。


(それに『見ろよこの金髪』って言ってた……)


 王族を誘拐する理由で真っ先にミラが思いついたのは、高額な身代金の要求だった。

 金品でなくとも、何か価値のある物を命と引き換えに要求するということはよくあることだろう。

 ドラマやアニメでもよく見るシチュエーションだ。それなら誘拐する対象はジャネットではなくてミラでも問題はないはず。

 けれど、男たちの話し方だと、金髪の少女であるジャネットだけが目的のようにも聞こえた。


(誰でもいいってわけじゃなかった? お姉ちゃんじゃないといけなかった? でもどうして?)


 まだ幼いミラにはそれ以上は分からない。

 だが、大好きな姉が危険な目にあっていたかもしれないことが分かり、自分が身代わりの形になってよかったとも思った。


「……それにしてもチビだな」


 ソファにちょこんと座っているミラを見て誰かがつぶやいた。

 早速バレたことに驚いて、ミラはドキリと心臓が跳ね上がる。


 ――自分がミラだと名乗る方がいいのかな?――もしかしたら解放されるかもしれないし。


 そう思ったが、ミラは怖くて結局声が出せなかった。


「ちゃんと確認したんだろうな?」

「11歳ならこんなもんだろ? いちいちうるせえな、そんなに気になるなら見てみろよ! ほら、この青い瞳! どう見てもジャネット王女だろうがよ!」


 怒鳴られながらはぎ取るように目隠しを取られ、急に蛍光灯の光を浴びたミラは思わず目をぎゅっと瞑った。

 白い光のせいで目に痛みを感じつつも、恐る恐る目を開けた先には悪人面した男達が数名いて、ミラの顔を穴が開きそうなほどじっと見てきたものだから、ミラは全員と目が合った。


「こいつ、末っ子のミラだ」


 そして、ミラのルビーの瞳を見て、誰かがぽつりとつぶやいた。

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