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第19話(考えたこともなかった)

 現れた、青髪の少年・シン。

 狼人族である自分から見ても、まだ少年の面影を持った、若い顔。眼光は鋭いが、今は行軍中でないこともあり、そのときより若干は穏やかな表情に見える。


「軍議は終わられたのですか?」

「僕はバク様と違って軍議に出られる身分じゃないからね。でも、そろそろ終わるころかもしれない」


 彼は私の質問に答えると、すぐ近くまで来た。


「偶然そちらの話が聞こえてしまったから」


 そう言って、彼も柵から外を覗く。


「僕はしっかり見たよ。占領した爬虫人の集落や軍事拠点で、彼らがその後どうなっていたのかをね。だいたいは召使さんが想像していたとおりで合っている。武人だった爬虫人も、文人だった爬虫人も、みんな奴隷になった。僕が参加した最初の戦で占領した集落はこんなのよりもっとひどかったよ。扱いが厳しすぎて死人病人続出だった」

「……」

「召使さんは城にいただろうから知っているかもしれないけど、占領地の統治をするのは遠征軍の将軍ではなくて、帝都から任命された総督。だからこういうのは遠征軍の意思でやっているというわけじゃない」


 これについては、シンの言うとおり、自分が勉強した知識の中にもある。

 ヴィゼルツ帝国の占領地政策は、かつて人間族の国同士で争っていたころのものを踏襲していると聞いていた。


 昔、人間族の国は一つにまとまってはいなかった。ヴィゼルツ帝国は強国ではあったものの、人間族の地の西端に位置する国の一つに過ぎなかったという。

 国境を接していた異種族――爬虫人族やオーク族と事実上の密約を結んで後顧の憂いをなくし、瞬く間に人間族の国をまとめあげたのは、先代のヴィゼルツ皇帝だった。その際、占領地には帝都から派遣された総督を置き、その総督を通じて政治をおこなっていた。


 相手が異種族となった今も、基本的にそれは変わっていない。

 あえて違うとすれば、占領後の統治を円滑に進めるために総督は文官でなく軍官出身者が選ばれていることや、占領地には人間族の入植がさかんに進められていること、そして今まさに目の当たりにしているように占領された側の扱いが極めて悪い、というところか。


「ただ、僕はやりすぎとまでは思わなかったよ。異種族に負けて捕えられれば僕たちだってそうなるかもしれない。お互い様というものじゃないのかな」


 ペンギンはじっと青髪の少年を見つめている。

 何か言いたいことがあるのかどうか、この表情では特に読み取れない。ただあまりよいと思っていない雰囲気はあるか。


 そして私はやはり、バクがどう思っているのかを知りたい、聞きたい。


「ケイ! 探したよ!」


 そう思ったら、シンが現れた方向から彼の声。どうやら探す必要はないようだ。


「あれ? ペンギンが一緒なのはわかるけど、シンもここにいたんだ? 三人とも何やってたの? 砦の裏側で」

「私は散歩です」

「わたしはお前かケイと一緒にいないといつ解剖されるかわからんからだ」

「僕はブラブラしていたら召使さんに偶然ここで会いました。バク様と違って軍議もありませんし、明日の出発まで暇ですから」

「いやあ、軍議って言っても話聞いてウンウン言うだけなんだけど……じゃなかった! シンはいいけどケイとペンギンは兵士じゃないんだからフラフラしたらダメだって。この前のはもう忘れたの? いきなり矢が飛んでくるんだよ?」


 ここは砦の内側。外側には空堀の掘削作業を監督している人間たちや、周囲を警戒している兵士たちがいる。突然ここに直接矢が飛んでくる可能性は低そうなのだが、バクの顔は大真面目である。


「心配をかけたのはごめんなさい。少し気になることがありましたので」

「気になること?」

「はい。バクに聞きたいことができました」

「うん? 俺に答えられることならなんでも答えるよ」


 私は柵の外を示した。

 まだ先ほどと同じく、鎖でつながれた爬虫人が掘削作業に当たっている。やはり鞭で殴打もされているようだ。


「帝都にも人間の奴隷がいましたが、こんなにひどい扱いではなかったです。知的労働に従事している奴隷だっていましたし、長く働いた者は解放奴隷となり土地の所有なども認められ、その後に子を作ればその子は一般的な帝都民として扱われていたはずです」

「え? えーっと、そうなんだ?」

「その様子ですと、バクは知らなかったのでしょうか」

「あー、まともにそのへんを勉強したことはなかったかも。こういうところをきちんと見たこともあまりなかったというか……」


 シンが「言ったとおりだろ?」という顔をしている。


「では今まで占領地の統治はどうなっているものだと思っていたのでしょうか?」

「……。考えたこともなかった、かも? ごめん」


 バクの様子は、明らかに困っているようであった。

 彼の性格から、意識的に見ない・考えないようにしていたわけではないだろう。兵士となり、初陣で功を上げて突然に帝国一の英雄となってしまい、モノを知る・考えるということが追いついていないか。


「こちらこそすみません。断じて責めているわけではありません。では質問を変えます。バクは今この景色を見てどう思います?」

「んー……」


 彼があらためて現場を見ている。

 外では、手が止まってしまった貧弱な体格の爬虫人が、また鞭を打たれていた。

 掻きむしった彼の黒い髪が、どんどん乱れていく。

 そして腕を組む。


 さあ、どう答えるか――。


「こういうのはやめたほうがいいのかも、って思うよ。降伏したり捕虜になったりしたら、もう敵じゃないはずだからかさ」


 バクが組んでいた腕をほどいた。いや、腕から力が抜けて自然にだらりと下がったようにも見えた。


「不思議だな。いつも戦場で殺し合いをしているはずなのに。なんだか見ていると……少しつらいかも」

「なるほど。優しいのですね」


 私がそう答えると、彼はハッとしたような表情になった。そして胸に手を当て、小さく息を吐く。


「また試験問題を出されてたみたいだ。間違えたらひどいことになりそう」


 そう言うバクのわき腹を、ペンギンがつつく。


「バクよ、当たり前だ。皇帝というものは常に民から問題を課せられている」

「俺はペンギンと違って皇帝じゃないけど」

「国を代表する英雄様なのだろう? 同じようなものだ」

「おおげさだなあ」

「おおげさではない!」

「いてて」


 髪は乱したままながら、彼の不安そうな表情は消えていき、いつもに近い顔になった。


「バク。私は疑問に感じたことをたずねて、回答を聞いて、素直に思ったことをお返ししただけですよ。まあ、出陣や凱旋時の演説では『一人残らず葬り』などかなり過激なことを言っているときもありますから、若干の矛盾をはらんではいそうですが」

「あはは、あの演説は原稿を読んでるだけだからね」

「それも甘いぞバク」

「いててっ。何が甘いの?」

「言わされていたとしても、お前が発したのならお前の言葉として捉えてしまうぞ。聞いた側の者はな」

「あ、なるほど」


 彼の眉尻が少し下がった。


「しかもお前の立場はただの人間ではない。人間の英雄が発した言葉は人間族そのものの言葉だ。お前はまだ自覚が不足しているな」

「……それはたしかにそうかも」


 同意して、少し間をおく。

 そして今度は、目に力を込めて一度うなずいた。


「うん。そのへんは、これからちゃんと努力するよ」


 バクの表情の変化はだいぶわかりやすい。ペンギンの言葉は届いているようだ。


 私のほうはというと、安心をしている自分がいることを意識していた。

 彼の答えや態度は、私が無意識に期待をしていたものだったのかもしれない。そう思った。


 ところが――。

 この場にはまだ続きがあった。


「とりあえず、鞭で叩いて無理にやらせるのはやめてほしいって、あの監督さんにお願いしてくる」


 ――!?

 これには私も驚いた。そんなことを言い出すとまでは思っていなかった。


 しかも私が言葉を失っている間に、バクは「すぐ戻るから。シンはケイとペンギンについてあげてて」と言い残し、行ってしまった。

 行動が速すぎる。


 一方、驚くよりも呆れたという様子なのは、青髪の部下である。


「バク様の『救国の英雄』の称号は、あくまでも軍人としてのもの。政治的なことまで口出しするのはどうかと思いますけどね。バク様のお願いだと相手は無視しづらいでしょう。だって英雄様のお願いですよ?」


 おそらく、正論。


「申し訳ありません。私が余計な話を振ったせいです」

「召使さんのせいじゃない。考えて行動しないといけないのはバク様本人だから」


 彼は柵の外を見ると、続けた。


「バク様にとっては刺激が強すぎたんだ。敷いてもらった道から外れた場所の景色は」


 今に限らないが、この青髪の少年は、他の部下たちのように“バクを温かく見守る”という雰囲気をあまり漂わせていない。

 何か理由があるのだろうなと、その横顔を見つめていると、彼がこちらを向いてきた。


「召使いさん」

「はい」

「次に軍が危機に陥ることがあれば、そのときは僕が敵陣に乗り込んで、敵将をこの手で仕留めようと思っている」

「そうなんですね?」

「バク様にできたのなら、僕にできないはずがない。内心でいいので応援していてほしい」


 それをどうして私に訴えてくるのかという謎はともかく、その青紫色の瞳は真剣な光を放っていた。

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