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第18話「これは興味……なのだろうか?」

 次の目標に定められている爬虫人族の拠点に近いという、大きな砦。

 それを囲む柵の前で、私はペンギンとともに立ち、柵の隙間から外側を見た。


 中から見る砦の外側の景色は、割と遠くまでよく見えた。雨が少ない気候であるため、森を形成できるほどの樹木がないのだ。ややくたびれ気味の草原や、岩肌の露出した低い丘などが続いている。爬虫人族の住む地というのは多くがそうであるという。


 見ていても、当然のことながら敵が現れたりはしない。

 結局、行軍中に急襲してきた爬虫人およびオークと思われる不審者については、ふたたび姿を見せることはなかった。こちら側が警戒を強めたこともあって諦めたのかもしれない。


 暖かく、乾いた風が頬を撫でていく。

 この時期でも冷たく刺さる狼人族の地の風とは、まったく違う。

 私はどちらも嫌いではない。これはこれで悪くない。


 ただ――。


『おい! 休むな!』


 土木工事と思われる音に加え、そんな怒号までが耳まで届いてくる。


「騒がしいな。ケイよ、これはなんの音だ?」

「ここは前回の遠征で占領した爬虫人族の砦を改修して使っているそうです。まだ砦の裏側では空堀の掘削工事が終わっておらず、工事中だと聞いていますよ」


 事前に聞いていた知識を引き出し、ペンギンの質問に答える。


 爬虫人族は、もともとこの砦に堀を造っていなかったらしい。

 そこで、帝国はこの拠点を占拠してから、全周に空堀を掘る工事をしているとのこと。たしかに、柵だけよりも防御力は増すだろう。


 私たちは近くに行ってみることにした。


「……」


 隣のペンギンが絶句している。

 茶褐色や暗褐色、緑褐色をした皮膚。尻からは尻尾――。

 空堀の掘削作業にあたっているのは、人間ではなく爬虫人であった。


 現場にいるのは人間の作業員のほうが圧倒的に多い。だが実際に作業しているのはほぼ爬虫人だ。

 服は布一枚。彼らの足には、鎖が結び付けられていた。そして、筋肉の発達がさほどでもない者や子供と思われる者も、屈強そうな者と同じように掘削作業にあたっていた。


「あれが爬虫人か……! 逃げ遅れたり降伏したりした者たちだろうか。思っていたよりも人間に近いのだな、見かけや大きさは」


 ペンギンは爬虫人そのものに対する感想を述べた。彼女の絶句した理由は、爬虫人を初めて見たためだったのである。

 もちろんいまだペンギンの記憶は戻らず出自も明らかになっていないため、本当に初見なのか、実は過去に見ているが忘れているのか、どちらなのかは不明だ。


「勝手に休むなと言っているだろ!」


 まさに今、現場監督者の一人と思われる人間が、鞭を大きく振るった。

 片膝が崩れてしまっていた体格の貧弱な爬虫人が、小さくうめいた。そしてふらふらと立ち上がると、気力を振り絞るようにツルハシを持つ手を動かし始める。


 この光景――。


 爬虫人族だけでなく、この大地における人間以外のすべての種族の未来を示唆しているのだろうか。


 人間族と抗争になり、そして敗れるとどうなるのか。今それを見ているのかもしれない。

 自分の仕事が密偵である以上、興味があるなしに関わらず、しっかりと目に焼き付けなければならない。


 また、鞭の音が響いてきた。

 別の爬虫人が殴打されている。


 これは“奴隷”というものなのだろうが、それにしてもあまりに扱いが悪そうだ。


「噂は本当でしたか……」

「噂? なんだそれは」

「帝国が侵攻を開始して以来、占領地にいた異種族に対し、このような扱いをもって統治していると聞いてはいました。本人が望む望まないにかかわらず重労働をさせたり、あるいは汚物の処理をさせたり、と。さらに噂によれば、いずれは若くて屈強な者を選抜して帝都に連れて行き、闘技場の剣士にして殺し合わせる構想もあるとか」

「それは統治とは言えないな。隷属させているにすぎない。わたしならばこうはしない」


 元人間であるだけでなく、元皇帝――。ペンギンはそう自称している。

 この見かけであり記憶もないため、それを完全に信じ切る者はいないかもしれないが、ときおりそれらしき発言はある。近くにいる私は、ひょっとしたら本当かもしれないと思い始めている。


「……」


 しかし、だ。

 いずれ人間族との抗争に突入し、敗北が確定となり。このように尊厳を奪われるということが明らかとなったならば、狼人族の場合は皆どうするのだろうか? と考えてしまう。


 ……投降せずに自死を選ぶ者が多いだろう。


 恐らくそうだ。

 狼人族は自らを孤高と位置づけ、高い自尊心を持つ種族。

 これは耐えられないのではないか。


「ケイよ。お前はこの扱いをどう思う?」


 私はその質問に驚き、ペンギンを見た。

 まさか私にそんなことを聞いてくるとは思っていなかったためだが、回答を控えるべき質問とも思わなかったため、少し考えをまとめてから答えた。


「この扱いでは問題があると思います」

「やはりそうだよな」

「爬虫人の領土は人間族ほどではないにしても広いですし、人口もそれなりにいると聞きます。占領地で爬虫人を皆殺しにして人間だけの地に変えていくというのは現実的ではないように思いますので、将来的には否が応でも共存せねばならぬことになるでしょう。もちろん征服したわけですから、すぐに両種族が対等な立場とはいかないかもしれません。ですが、一般人や、兵士であって捕虜や投降した者には、それなりの待遇がなされるべきなのでしょうね。反乱などの危険性を考えても、そのほうがよいと思います。

 何らかの労働の対価を与えていくことも検討すべきでしょうし、見たところ肉体を使った重労働が不向きそうな者もいそうですから、本人が希望すれば頭を使う仕事にも従事してもらうのもよいかもしれません。

 私も詳しいわけではありませんが、爬虫人族にも独自の文化や知識があるはず。よさそうな部分は取り入れさせてもらえれば、長い目で見れば人間族にとってもよいはずです。しかしそれはこのように虐げていては絶対にかなわぬことでしょう」

「ふむ。お前は何事もまあまあ考えているな。たいして間違ってはいないだろう」

「……」


 ペンギンの言葉を受けて、ふと思った。

 彼は……バクは、この状況をどう思っているのだろうか? と。

 なぜだろう。無性に知りたくなった。


 今日は軍議に出ているというバクだが、もう終わっているかもしれない。

 探して聞いてみようと思った。


「バクに、これをどう思っているのか聞いてみたいです」

「バクか? ふむふむ、なるほどな」


 そのとき、背後から声がした。


「たぶん何も考えていないよ、バク様は」


 振り返ると、青髪の少年が一人で立っていた。

 前回の戦からバクの隊に入ったという人間・シンだ。


「いや、考えていない以前に、きっとこんな場所なんて目を向けたことがない、知らないんじゃないかな」


 青紫の瞳が、鋭く光った気がした。


「……造ってもらった華やかな道の上だけを歩く、バク様は」

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