爬虫人全員が、一斉に動いた。
事前に聞いていた話よりも統率が取れていそうな雰囲気がある。
手強そうだ――そう感じた。
だが彼らの中で、巨体の爬虫人と異様に盛り上がった筋肉の爬虫人の二人が、突然バランスを崩して倒れ込んだ。何かに滑ったような、不自然な転び方だった。
一瞬、私も何がどうなったのかわからなかった。
が、視界の端でサッと小さい影が動き、下生えに紛れたのを見て、納得した。
ペンギン親子の仕業だ。おそらく間違いはない。また暗躍しているようだ。
彼女たちは普段のヨタヨタ歩きからは想像もつかないほど身体能力が高い。本人すらも不思議がっているほどだ。おおかた、転がりそうな石か太い枝を確保していて、爬虫人たちが動き出したタイミングで足元に投げたか。
そしてそれは、私やハンサにとってはありがたいことだった。
ハンサが、突っ込んできた尻尾三本の爬虫人と手足が長い爬虫人の二人をめがけ、手のひらを向ける。
そして大きく広がる炎を発した。
「ウォオォォ」
世界の理すらも歪ませそうな、対人攻撃に使える威力の、かつ非詠唱での魔法。
先ほどのオークと同様、さすがにこれはかわせないのだろう。すでに手負いであった両者はまともに炎を浴び、地面を転がったのちに動かなくなった。
私は別方向から来た四本の腕を持つ爬虫人に斬りかかった。
上の二本の腕で両手剣を持ち、下の二本の腕は右で片手剣、左に盾という器用な装備の仕方をしている。
しかし、私の剣への対応は雑に感じた。
姿を見た瞬間に想像はしていた。腕が多かろうとも、脳がそれを十分に制御できていないのだろう。私が攻撃を散らすと、案の定ついていけていない。
まともな反撃も来ず。すぐに隙も生まれ、私の剣が彼の肩を捉えた。
「ウガアァ」
まともに入り、倒れた。
そしてすぐ、転んでから立ち直ってきた異様な筋肉の爬虫人に対しても斬りかかっていった。
この爬虫人は剣を持っていない。私の剣を、下がらずに手首のバングルで受け止めた。思わず感心してしまうほど見事だった。
ところが、その瞬間、彼の顎が跳ね上がる。
おそらくまたハンサの魔法だ。これまた狙いが見事である。
肉厚である相手には刺突がよさそうだということで、がら空きになった胴体へ――。
「グ……ゥッ……」
硬い。しかし左胸へ確実に刺さった。致命傷になったのではないか。
剣を抜くと、筋肉質の爬虫人は信じられないものを見たかのように目を見開き、音を立てて倒れた。
「これであなただけですか」
巨体の爬虫人にとっては、転倒から立ち上がったら、すぐに周りが全滅したというこの状況。
あっという間の出来事に、やはり驚いているようだった。
「お前たちはいったい何者だ」
私とハンサにそんな質問をしてくる。
もちろん今そんなものに答える必要はない。残るこの一人をすぐに片づけなければならない。
「う、上……」
聞こえてきた声は、倒れていたバクのものだった。
私はちらりとバクの方を見た。
彼はまだ起き上がれない状態のままだったが、必死に斜め上方向を指さしていた。
その意味を私はすぐに理解できた。
飛膜を持ち空から攻撃できる爬虫人がいたということは、バクから聞いている。この場にいないな? とは思っていたが、彼がそう言うということは、その示す先にいるのだろう。
……いた。
バクの指の先、このやや開けた場所の周りにある樹上に、一人の爬虫人が見えた。右手にはやや太めの短剣らしきものが逆手で握られている。
まさに、これから飛び降りてこようという体勢だった。
バクは倒れていながらも、その爬虫人がじっと狙いを定めているのを見てくれていたのだ。
私があの爬虫人と直接対峙するのは当然初めてだ。正確に対応できる自信はないが、できなければ死につながる。なんとかしなければならない。
ハンサをちらりと見る。
彼はまだ見つけられていないように感じた。まずい。
「右上です」
彼に私がそう伝えるのと、完全な不意打ちができなくなったことを悟った爬虫人が諦めて滑空してきたのは、ほぼ同時だった。
やはり標的はハンサだった。謎の攻撃をしてくるということで、私よりも優先されたのだろう。
急降下の勢いを乗せた攻撃が、彼を襲う。
いかに話には聞いていても、いかに滑空してくることに気づいていても、いかに能力が高い人物であろうとも、初見でこれを避けるのは無理なのではないか。
そう思ってしまうほど、想像以上の勢いと速さだった。
彼も、完全な回避または魔法での迎撃は難しいと直感したのだろう。持っている短剣を両手で握り、対処を試みた。
喉元を狙ったであろう逆手持ちの剣を、ハンサは体を逃がしながら受けた……はずなのだが、あまりの勢いのすさまじさに、それでは吸収しきれず。
派手に吹き飛ばされた。
「ぐふっ」
太い木の幹にぶつかり、跳ね返って転がった。
受け身を取ったらしいことは確認できた。魔法の能力だけでなく身体能力も高そうなのはさすがだが、これだけ強く体を打ちつけられては、もう戦闘に参加できないだろう。
ただ、倒れて血を吐きながら私を見てきた彼の碧眼は、けっして死んではいなかった。
今の一回で、あの爬虫人の性質はわかりましたか――?
私に対してそう言っているように見えた。
わかる。
今の攻撃を見ただけでも、いろいろと想像できることがある。
あの爬虫人はけっして屈強そうな体ではない。むしろかなり華奢だ。しかも少しでも体を軽くする必要があるためか、防具らしい防具は頭のみ、大きな武器も持っていない。空からの攻撃に特化した体と装備品であり、地に足を着けた戦いはまともにできないだろう。
そして何より……。
あの飛膜の形状では、滑空は速くても、鳥のように地面から素早く飛びあがることは難しいのではないか。
ハンサを攻撃したのち、飛膜を使ってブレーキをかけ、ふわっと着地をした爬虫人。
私はすぐに地を蹴り、彼に狙いを定めた。
時間を与えてはならない。
「……!」
しかしそうはさせじと、巨体の爬虫人がさえぎろうとしてくる。
その大きな体で振り回す戦斧。まともにもらえばひとたまりもなさそうだが、大きく重いので初速には欠ける。
この巨体の爬虫人は後回しだ。
かわし、かいくぐった。
まさに、飛膜持ちの爬虫人が腕を広げ、飛び上がろうとしていた。
予想どおり、飛び立つ動きはけっして速くない。
「グアッ」
届いた。
空中で、片側の飛膜もろとも、体を切り裂くことに成功した。
彼の持つ太めの短剣はどこかに飛んでいき、彼自身も体が回転しながら地に墜落した。
致命的な傷になったかどうかはわからないが、血を噴き出しながら転がり、それが止まると動きは停止した。
これで今度こそ、目の前の敵は、巨体の爬虫人を残すのみとなった。
森を利用した乱戦に持ち込まれているため、軍と軍との戦いという雰囲気ではないようだが、やはりここは戦場。いつ敵側に助けが来てもおかしくない。そうなれば面倒になるため、すぐに巨体の爬虫人へと斬りかかっていく。
力は相手が明らかに上だろうが、速さはこちらに分がある。
肉も分厚いだろうから一度や二度の有効打では倒れないだろうが、こちらが攻撃をまともにもらわなければ、時間の問題となるだろう。
攻める。
受けられても、足を細かく使って相手の攻撃範囲を出入りしながら、なおも攻める。
すぐに、私の剣が相手の体に届くようになってきた。
防具の隙間も狙える。
肩、胴、足、腕。血が見え始めてきた。
「強い。本当に、ただの人間なのか」
またドキリとすることを言われたが、これにも答える必要はない。
早く片付け、バクを、そしてバクの部下たちをこの窮地から脱出させる。
出口が見えたような気がした、そのときだった。
「う、後――」
またバクの声がした。
……と同時に、後頭部に強い衝撃。
そして振り向こうとした瞬間に、さらに背中への強い衝撃。
私の視界はめまぐるしく流れた。
「あっ」
そのバクの声までは聞こえたが、直後に聴覚が途絶えた。
そして今度は体全体への強い衝撃とともに、景色も暗転した。