バクの狼狽ぶりは、とんでもなかった。
「ええええ!? ちょっと!! 今フッたら絶対ダメなところだったでしょ!? よーし、もう一回行くよ! ブルードラゴンがこの広大なる大地に厳然と――」
「お断りします」
「なんでえええええええっ!?」
瞬時に私の眼前まで移動し、私の両肩をつかむバク。
激しく揺さぶってくるその手には、かなりの力が入っていた。
「よーし、もう一回――」
「お断りします」
「だからああああ!! なんでえええ!? なんでえええええええええ!!!!」
まあ落ち着いてください、とバクの上腕をポンポンと軽く叩いた。
「私はまだ、狼人族としての身分があるままですから。あくまで形式的なものではありますが、狼人族でそのような関係となるにあたっては、村長または族長の承認が必要なのです」
「ぇ」
「ですので、とりあえずそのような話は次の族長との交信のあとですかね。私はだいぶ族長から見れば反抗的な存在になっていると思いますから、流れ次第で私が追放される可能性もなくはないと思いますが、狼人族の身分とあなたとで前者を選ぶ可能性は絶対にありませんので、そのあたりは安心してください」
途中、バクの手から力が抜けた。
しかし私の言葉が終わると、また力を込めてきた。
「ちょっと!! そういうのは先に言ってよ!! びっくりしたあああああ!!」
「そうですか」
「いやいや『そうですか』じゃなくて! 俺、後ろの川に飛び込もうかと思ったよ!?」
「たまには泳ぐのも悪くなさそうですものね」
「いや俺泳げないから……って、そういうのはどうでもいいから! 驚かせないでよ!!」
「それは申し訳ありません。まあでも、唐突でしたし、言葉も噛み噛みでしたし、ムードもへったくれもありませんでしたね。たぶん人間族的にもありえない感じではあったと思います」
「……」
また肩がガクッと落ちている。
「大丈夫です。どこまでもお供しますよ。お約束します」
「言ったね? 信じるよ」
「はい」
バクは私の両肩から手を外し、今度は自身の胸に片手を当てている。ホッとしたようだ。
わかりやすい。
「あー、でも不安だー。こういうときに証人がいればなあ。誰かー!!」
「ほう、呼んだか?」
「――!?」
聞き覚えのあるその声は、私のすぐ後ろから聞こえた。
私は後ろから来てくれていたのはわかっていたので、ああ追いついてくれたか、と思っただけだった。
しかしバクは「え? ペンギン親子?」と驚いている。バクから見れば正面から現れていたはずなので、容易に見えたはずなのだが。
「もしかして、ペンギン親子もついてきてくれるとか?」
「当然だ。バクがフラれたという証人も必要だしな」
「まだだ。俺はフラれてない。こっからだ」
「いやフラれてただろ」
「フラれてない!!」
ムキになっているバクだが、ペンギン親子が来てくれたというのは彼にとってうれしいことに違いない。
ペンギンは私について特に何も言及してこない。
私は彼女に背中を向けていた。尻尾も服から出ていなかったため、つい今しがた狼人族の姿になっていたことには気づいていないようだ。
ペンギン親子には、時間のあるときにそれを見せて、説明しておくことにはなるだろう。もう隠しごとなど必要ないのだから。
「そうだバク。そんなことよりもだな。こいつを忘れていたのはいただけないぞ」
ペンギンがくちばしで指し示したのは、彼女の子・一号の背中だ。
背負っていたのは、立派な剣。バクが使っていたものである。一号はペンギン以上に背丈が低いため、鞘を派手に引きずっている。
「あ、忘れてた。ありがとう。うーん、でもそれ、今の俺が持ってて大丈夫なのかなあ」
「あるだろ。立派に見えるだけで、どうせ伝説でもなんでもない普通の剣なんだろ」
「あはは。それもそうか」
一号がピョンと跳ね、剣が放り投げられるようなかたちでバクの手元に収まる。
バクはしゃがんで一号の頭を撫で、礼の気持ちを伝えた。
「あ、そうだ。ケイ」
「はい?」
「この姿、どうやって元に戻すんだろ」
「知りません」