「お前、奇跡を使えるのか?」
「実は高名な占術師か何かか? まだ子供に見えるのになあ」
「うわっ。ありがと? でも、なんか俺の雨乞いと全然関係なかった気がするんだけど」
「他にやってた奴いねえだろ」
バクが称賛を浴び、いろんな者に頭をクシャクシャにされている。
が、当の本人は困惑している。これは当然だろう。
火が消え、雨が空気中の塵を流したのだろうか。煙が晴れ、急に視界が開けた。
そのおかげか、火災を取り囲んでいた者たちの外縁部に立っている、フードを深めにかぶっている者が目に入った。
……。
そこからわずかに覗いている、金髪。背丈も記憶のものとほぼ一致する。
ヴィゼルツ帝国宮廷賢者の末席、ハンサ。
ここにいるはずのない人物だが、それならば納得する、と思った。局地的な雨を降らせた者。彼なら可能でも驚かない。
「ハンサ様でしょうか? お久しぶりです」
私の声に、バクの首が弾かれたように回る。
「えっ!?」
いじられすぎてすっかり爆発した黒髪を揺らしながら寄っていくと、その人物もそれに応え、フードを取った。
やはりそうだ。サラサラの明るい金髪に、碧眼。彼だった。
「ハンサ!」
バクは歓喜の声を上げた。
「バク様、またお会いできてうれしく思います」
ハンサはその爽やかな顔に笑みを浮かべた。ヴィゼルツ帝国を発って以来の、予期せぬ再会だった。
「俺も! 元気にしてた?」
「おかげさまで」
「よかったー。バロンとかシンとかも、みんな元気なの?」
「あの戦いの後は会えていませんでしたが、元気だと思いますよ」
「そっかあ。あ。今の変な雨はハンサのおかげでしょ」
「いいえ、これはバク様のお手柄です」
「またまたー」
「だって、ぼくはバク様を探してここまで来たのですから」
「えっ。そうなの?」
「はい。この国に滞在していればいずれ噂を聞くこともあるかなと。ですから、バク様がいなければぼくもここにいなかった。つまり、この雨はバク様のおかげで降ったのです」
目を白黒させるバク。
ハンサはバクに微笑んだのち、私とペンギンたちのほうに目を合わせてきた。
「ケイさんも、ペンギンさんも……ん? お子さんたちですかね? またお会いできてうれしいです」
「こちらこそ」
「うむ。久しいな」
短い時ではあったが、彼とはともに戦った。
久々の再会は、私もうれしかった。
「ハンサ様。今の雨は、失われたはずの古代魔法……ですよね?」
「いえ、そんなご大層なものではありません。研究は頑張りましたけど、ぼくでは再現できませんでした。空気中に塵と水分が十分にあるときに限り、ああやってごく狭い範囲に雨を作れる程度ですね」
それでも、とんでもない研究成果ということになるだろう。それこそ奇跡と呼べるものだ。
ヴィゼルツ帝国の宮廷賢者の研究報告では、古代魔法の研究はなんの成果も得られていないことになっていたはず。先の戦で見た非詠唱魔法や常軌を逸する威力の魔法などと同じく、ハンサは「成果はあったが悪用されかねないので黙っていた」ということなのだろう。
バクを探しにここまで来たということも含め、その柔らかい容姿に不釣り合いな強靭な精神力。あらためて、すさまじいと思った。
感服していると、周囲に集まっていた人だかりがサッと割れた。
「君たちか? 天候を操って火を止めた行商人というのは」
割れて出来た空間を外側から歩いてきたのは、数名の虎人族だった。
その中心に立つ二人の人物が、ひときわ強い存在感を放っているのに気づく。
一人は、細身の長身で柔和な顔つきの虎人。
もう一人は、白と灰の毛並みを持つ、落ち着いた雰囲気の……こちらは虎人族ではなく、この大地の南東にわずかに住むという少数種族・白虎人だろうか。
「向こうで子供を助けたのが人間だったという話を聞き、行方を追ってきたが……君と同一人物だね? 私はこの国の王だ。王都の民を代表して礼を言う」
王を名乗ったその男の声は、威厳があるという感じではなく、顔の印象と同じく細めで穏やかなものだった。
ざわついていた周囲の空気は、いつのまにか静まり返っていた。が、けっしてピリッとした沈黙ではない。敬意と親しみが入り混じった、温かい静寂のように思えた。
王都の民は、恐縮はしているが、委縮はしていないようだった。
どこか誇らしげに自分たちの王を見つめており、ひざまずく者こそいないが、その眼差しには絶対的な信頼が宿っているようにも見えた。
ヴィゼルツ帝国とはまったく違う、国の指導者と民との距離感。なんとも不思議な雰囲気だと思った。
私たちも彼から圧は感じなかったが、一国の王に礼を言われてしまったバクは焦ったようだ。
「王様!? ええと、今の雨は俺じゃなくて、こっちのハンサが――」
一生懸命両手を使って自分の手柄でないことを説明しようとしたが、フードがめくれたままで露になっていたその顔を見て、虎人族の王は何かに思い当たったようだった。
「ん?」
そう声を漏らすと、彼も慌てたように懐に手を伸ばした。
出したものは、巻物だった。それを広げる。
すると表情を一変させ、わかりやすく驚いた顔で、バクと巻物を何度も交互に見た。
隣の白虎人に見える者も、巻物を覗き、同様の動作をする。
「ヴィゼルツ帝国の英雄バク……」
「えっ? なんでわかるの!? はい。俺、バクですけど!」
その返事を聞くと、王は一変、破顔した。
「お会いできて光栄だ。君を探していた」
「えー!? 俺、探されてたの!?」
困惑するバク。そして王の視線はペンギンたちにも行く。
「ずいぶんと可愛らしい愛玩動物だ。ソウは知っているか? この動物を」
「いえ、初めて見ますぞ。まるで鳥と人間を合わせたような、なかなかに愛嬌のある姿ですな」
王の隣の白虎人に見える者は、ソウという名前であることがわかった。
私の知識にその名前はある。王の異母兄弟であり、虎人族随一の賢臣として知られる人物──。
「フン。わたしはペットではない。皇帝だ」
「あはは、忘れてた。そういう設定だったね、ペンギン」
「設定ではない!」
「いてて」
王もソウも、目が丸くなる。
「これは驚いた……言葉を話せるのか」
ペンギンに会う者が驚くのはお決まりとなっているので、このやり取りを見て今さら思うところもない。
王は次に、まだフードをかぶったままだった私を見た。
「そちらのお方、お顔を拝見してもよいかな」
失礼しました、と一礼し、私はフードを取った。
「……!」
彼の目が、またも驚きに見開かれた。
そのままの目で、やはり巻物とこちらを行ったり来たりである。
「その銀の髪、蒼氷色の瞳……。この絵に
またか、と思った。
『絵』である。
ただ、今回はその絵について詳しく教えてもらうことができそうだ。
「あの。『絵』とはいったい?」
王は巻物をひっくり返し、私たちに見せてくれた。
そこには、左側にバク、右側には私が描かれていた。写実的で、とても上手な絵だった。
「以前に、爬虫人族から送られてきたものだ」
「そうだったのですか……。しかし私はただの一召使いでしたのに。なぜ一緒に」
「ふむ。特に真意までは語られていないと聞いたが。ソウはどう見ていたのだ?」
「そうですな。召使殿まで一緒に描いたのは煽る目的があったのかもしれませぬな。オーク族などはこの容姿を見れば放っておかないでしょう。戦では高い動機付けとなったに違いありません」
もしそうなら、なんとも迷惑な絵だ――。
複雑な気持ちとなる私の横で、バクがその絵に吸い寄せられるように凝視していることに気づいた。
「おー! 俺の絵はどうでもいいけど、ケイはよく描けてるね!」
何やら独り言を言い始めた。
「うんうん。この髪と目だよねえ。わかってる感じでいい! 爬虫人もケイのよさに気づいてくれたんだなー」
王が「ん?」という目でバクを見る。隣の白虎人族の容姿をした者は、表情こそ変えなかったが僅かに眉を動かした。
「でも惜しいなあ。ケイは服からチラッと見える
ハンサは困ったように微笑み、足元のペンギンは呆れたようにくちばしを開く。私も、さすがに頬が引きつるのを感じた。
だが、当の本人はまだ気づかない。
「あー、でもまっすぐ立ってる絵だと肝心なふとももの感じが出ないから、どうせ描いてくれるなら座ってる絵のほうがよか……ん? あ。なんでもないです! ごめんなさい!」
バクが慌てて元に戻る。
この場の全員から不審な目で見られていることに、やっと気づいたようだ。