「当面の間、君たちを客人として歓迎したい。災害の後始末が終わり次第、『天候を操り、民を救った者たち』として、功績を称えるための酒宴を開かせてもらいたい」
虎人族の王にそんなことを言われた私たちは、しばらくは特別に手配された豪華な館に宿泊することになった。
……が。
「まるで鳥かごに入れられたかのようですね」
案内された豪華な一室に入るなり、私は思わずそう呟いた。
金の
建物には
私たちが逃げ出さないように……ということだろう。
「ま、ほぼバクのせいだがな。これ」
「え? 俺のせいだった?」
「聞かれたことを馬鹿正直に全部答えてただろ。わたしらいきなり全員オーク族あたりに引き渡されるかもしれんぞ」
ベッドの一つに腰掛け、両手を後ろに置いたバクの脚を、ペンギンがつついている。
「イテテっ。えー? でもあの人たち、多分いい人だよ。なんかそんな気がする」
「それは否定せんが、向こうは王だぞ。国益のために心を鬼にせねばならぬときもある」
「イテテ。ごめんごめん」
バクが実は狼人族の血を引いており、その血が戦の途中で発現。帝国には戻れないと判断し、そのまま流浪の身に。その後は狼人族の族長から招かれるも、族長との考えの不一致もあり、狼人族の地も離れることになった。現在は人間族からも狼人族からも外れた立場となり、旅人を続けている――。
私たちのここまでの軌跡について王から説明を求められ、バクは一通り話をした。
立ち話ゆえに詳細は述べていなかったものの、話の流れやその後の簡単な質疑の中で、私が実は狼人族であることや、バクが族長から密かに殺されかけたこと、オーク族からはどうやら現在もお尋ね者となっているらしいことなどは伝わることになった。
もっとも、局地的とはいえ『雨を降らせた』というこの世の常識を覆すようなことをしている以上、どのみちなんらかの手段で引き留められていた可能性は高かった。バクの問答ですべての予定が狂ったなどということはないだろう。ペンギンもそのあたりはわかったうえでいじっているのだと思う。
それに、これは私の妄想にすぎないかもしれないが……。
もしこの世界がバクに何かを期待しているのであれば、いまだどの種族とも交戦状態にない虎人族の王と、こんなに早く接点ができたというのは悪い話ではない気もしている。
「あ! そういえば、ケイは狼人族だよって勝手に俺が紹介しちゃった。ごめんなさい!」
「いえ。あれはうれしかったですよ? 狼人族とはそういう種族です」
これはそのとおり。基本的には、狼人族は自分が狼人族であることに誇りを持っている。
だから、それを強調してもらえるのはうれしい。それが普通。
……。
ただ、以前ほどは、自分が狼人族であるという事実にこだわりがない気はしている。
もしバクが紹介してくれなかった場合、私は自分から「狼人族だ」という自己紹介はしなかった可能性が高かったと思う。特に種族は申告せず、「ケイ」という一個人で自己紹介していただろう。
密偵としてしばらく人間族との触れ合いがあったからなのか。それとも他に何か原因があるのか。理由は私自身もよくわからない。
「しかし、酒宴は尋問の場にもなりそうな気がします。私たちについて、さらに根掘り葉掘り聞かれるのは間違いないでしょう」
「だろうな。そしてまたバクが何もかも正直にしゃべるのだろう……まあお前のよいところでもあるか。せいぜい頑張れ」
「私もバクはこれでよいと思います」
「お、なんかほめられてる!」
「ほめていませんがほめています」
「何それ!」
相手を見て与える情報を取捨選択する器用さは、彼にはないと思う。それにペンギンの言うとおり、正直で裏表がなさそうなところは彼の長所だろう。狼人族らしさを感じるところであり、私も彼のそういう部分は嫌いではない。
そのせいで結果が悪い方向に行くのであれば、私が助ける。それでよいのではないか。
それに、あまり下手に小細工しようとすると余計にややこしくなる可能性が否定できない。
特に、ソウと呼ばれていた王の異母兄弟――母親が白虎人族であるとのことだった――は手ごわそうな印象だった。
王はバクと会話をするとき、都度彼に相談や確認をしていた。彼が補佐役として王を支えているということで間違いはないだろう。そのような人物なら隠し事や嘘などすぐに見抜いてくるかもしれない。
「オーク族に引き渡すつもりなら、ここに閉じ込めず、あの場で拘束して突き出すこともできたわけですからね。可能性は低そうな気はします。それに、おそらくあちらから見ればハンサ様の特殊能力も……おや?」
ハンサが部屋の隅の椅子で、背もたれを前にし両腕を預けるおかしな座り方をして、背中を丸めている。
「ハンサ、さっきから元気ないけど大丈夫?」
「あ、はい。バク様。大丈夫、です……が……」
顔色がすこぶる悪い。
現場からこちらに護送されるときくらいから、なんとなく
「やっぱり、酒宴にはぼくも参加しないとまずいです?」
「と、おっしゃられるということは、何か懸念点でもあるのでしょうか」
「ほー。わかったぞ」
私にはわからなかったのだが。ペンギンはすぐに見抜いたようだった。
ピョンと跳ねてハンサの前に立つ。おそらくその必要は皆無なのだが、子供二人もそれに倣った。
「さてはお前、酒が苦手だな?」
それで、私も思い出した。
たしか彼は酒がきわめて苦手だと聞いていたような気がする。
「……はい、そうです。しかもちょっとやそっとじゃなくて、ほんの少しですぐベロベロになりますので……たぶん何か大失態をやらかしてバク様にご迷惑をおかけするかと」
容姿から類推しても酒に強そうな気配は微塵もなかった。意外性はない。
ただこの異様な雰囲気は、何か過去に酒で失敗をしているのかもしれない。
「ん? 居るだけ居て飲まなければいいんじゃない?」
バクが、何の悪気もなく、あっけらかんと言った。
そのあまりに単純な答えに、ハンサは虚を突かれたように目を丸くし、やがて諦めたように微笑んだ。
「そうですね。バク様のおっしゃる通りです」
ペンギンがバクのほうへと向かう。
「アホ」
「いててっ」
またバクの脚がくちばしでつつかれる。
「王の酒を断れる奴などおらんわ」
「あ、そっか。ごめんごめん」
ようやく理解したバクが頭を掻いたときだった。
コンコン、と扉が叩かれた。
バクが「どうぞ!」と元気よく返事をする。
「失礼します」
そう言って扉を開けてきたのは、身なりの高貴な壮年の虎人族。
「突然申し訳ございません。皆様、急ぎ王城までお越しいただけますでしょうか」
彼はそう言ってきた。
もちろん酒宴が今日などとは一度も聞いていない。
「え!? 今日なの? もうちょっと先って聞いてましたよ!?」
驚くバク。
そしてまだ気持ちの準備ができていないハンサの顔色が、さらに青くなった。