「英雄バク一行よ、急に呼び出して申し訳ない」
絶景を背に、敷物に座る虎人族の王と王弟ソウが、私たちに頭を下げた。
案内されたのは、木造の王城の最上階にある
「宴はまた後日におこなわせてもらいたいのだが、その前に君たちに聞きたいことができてしまった。よければ協力してもらいたい」
急遽呼び出された理由。それは宴会が早まったというわけではなかった。
我々は相対するように敷物に座っていたが、ハンサはわかりやすくホッとした様子を見せ。バクはわかりやすく景色のよさに目を輝かせている。ペンギンはいつもどおりなので心の中が読みづらいが、私と同じく「ではなんの用事だろうか?」と考えているのかもしれない。
さて、なんなのか。
「実は、先ほど急な知らせが入った。王都の近くの山の噴火の少し前の出来事らしい。ここからはかなり遠いのだが、我々の領土内、海に近い町から少し離れたところで、噴火が起きていたのだ」
この大地の大規模な火山活動。
やはり大地の東側も例外ではなく、虎人族の地をむしばんでいっているようだ。
「そこは、山があったわけでもない、ただの平地だった。それがいきなり火を噴いた。伝聞だけでは比較が難しいが、どうやらこちらの噴火よりも規模が大きかったようだ」
山頂ではなく、平地の何もない場所での突然の噴火。専門家でない私には「そんなことがあるのか?」と信じがたい事象だった。
ただ、自然現象も研究対象の宮廷賢者だったハンサは、何か思うところがあるらしい。見ると顎に手をやっていた。
彼から聞いたことはなかったが、人間族の地ではもっと前からそのようなことが起きていたのかもしれない。
私はハンサから王に視線を戻したが、どうもかなり深刻な表情であることが気になった。
もしや、被害が甚大なのでは?
「被害が、いっぱい出ちゃったんですか?」
バクが代わりに聞いてくれた。
「幸いにも民の犠牲はほとんど出ていない。だが――」
だが、なんなのか。
そう思って王の言葉の続きを待つ。
「町が丸ごと消えた」
「へえっ!?」
「そのあたり一帯は広く陥没し、海に沈んだそうだ」
バクの声が裏返った。
それは衝撃的な情報であった。
今までたくさんの噴火の話を聞き、いくつもの噴火を実際に目にしてきた。そして、大地の沈降を示す証拠というのも目にしたことがある。
だが、噴火により大地が陥没し、実際に町が海面下に沈んだという話を聞くのは初めてだった。
「町の役人が有能だったために、うまく皆を避難させることができたようだが……誘導が遅れていたら大量の死者を出していただろう」
ついに、本格的に始まったようだ。
これまで頭では理解していたものの、現実感まではなかった、大地の海没。
今、初めて現実のものとして感じた気がした。
「現在、とりあえず海に近い町や村には避難を急ぐよう指示を飛ばしているが――」
一度、王は隣の王弟と目を合わせる。
「このたび火山活動と大地の陥没がほぼ同時に起きたということは、その両者が無関係ではないと考えるのは当然のことと思う。だがあいにく我々は、人間族ほどこの大地に対する学術的な研究が進んでいない。
この大地にて真っ先に噴火活動が始まっていたのは人間族の地ヴィゼルツ帝国であると聞いている。その帝国で英雄であった君や、それを支えていた君たちであれば、何か我々の掴んでいないことを掴んでいるのではないか?」
さらに王は続けた。
「我が民のため、知りたいのだ。この大地にいったい何が起きようとしているのかを。どうか、我々に教えてほしい」
王と王弟は、深々と私たちに頭を下げてきた。
我が民のため、知りたい――。
バクは、話す前に、私、ハンサ、ペンギンたちを見た。
彼の表情から、それは「話していい?」という意味ではなく、「話すからね」という確認であると私は受け取った。
もちろん、私も、ハンサも、ペンギンもうなずいた。
この大地では今のところ、狼人族の地とその南に広がる未踏地帯以外の全ての地域で、火山活動が起きているということ。
この大地の下には空洞があって空気のようなもので満たされていること。それが噴火によってどんどん地上に噴き出しているということ。
火山活動がこのまま続けば、やがて空洞が潰れ、地上は陥没し、おそらくこの大地のほとんどが、海の下に沈むのではないかという見立てがされていたこと。
今回の町の海没は、その証拠であろうこと。
最終的には、狼人族の地とその南に広がる未踏地帯しか残らないという予測があること。
説明の仕方は拙かったが、しっかりと伝わるように話ができていた。
「なんと大きなことか……この大地は滅びに向かっていると。なんということだ」
さすがに王たちにはかなりの驚きであったようだ。
「ハンサ。宮廷賢者さんたちは火山の研究を進めていたんだよね? 俺の話で間違っていたり、付け加えないといけないところはある?」
「いえ、お見事です。我々宮廷賢者、ヴィゼルツ帝国上層部が共有している情報と一致しています」
このハンサの応答を聞くと、王弟ソウがバクに直接問いかけてきた。
「む? では今のバク殿の知識は人間族由来の知識ではなかったということか」
「はい。俺の知識は狼人族経由……というよりもケイ経由って言ったほうがいいのかな? 聞いたことをそのまま話した感じです。でも狼人族全員の知識ってわけじゃなくて……ええと、今の話を知っているのは、人間族の上の人たちと、狼人族の族長さんだけです」
ソウは「ほう」と腕を組み、しばし目をつぶる。
「なるほど。なかなかに腑に落ちてきた」
「ソウよ。何が腑に落ちたのだ?」
「すべてに、です。狼人族からの書簡について話しますが、兄者はかまいませんか」
「お前が必要と思うことならなんでも話せばよい」
王に対し一度うなずき、ソウはふたたびバクを見る。
「バク殿が把握済みかどうかはわからぬが、先日、狼人族から書簡が届いた。内容は、爬虫人族やオーク族と連携しヴィゼルツ帝国と戦うことを促すものだった。かの帝国の南進を阻止することは、この大地を統べる青龍様の意思である、と」
……。
族長がコソコソと外交を始めていることは本人から聞いていた。
が、なかなかに悪質な扇動をしていたようだ。
しかもブルードラゴンの名まで使って発信しているとは。
もはやため息しか出てこない。
狼人族が他の種族に興味を持たぬ理由。それは、この世界に危機が生じたときにどの種族よりも俯瞰した立場で事象を見つめられるよう、ブルードラゴンが設計した種族だからだ――。
子供の頃に、そんな話を聞いた記憶がよみがえった。
もちろん子供向けの神話の類であり、そのような大げさな話を真に受けている者はいなかったと思う。私も忘れていたくらいだ。
しかし仮にそれが本当だとしても、だ。
族長。今のあなたにブルードラゴンの名を借りる資格があるのですか?