その日はそれからも、ソーティとマスターの周りでは不思議な事が起こっていきました。
例えば、店のお酒がいくつか突然割れたり、見たことも無い虫が店の中に入ってマスターを襲ってきたり。しかし、その尽くがロゼルーエとライフィードの二人によって事なきを得ました。
「いや、不思議なことがあるものですね。ここまで連続で起こるということは、ある意味で運がよろしいといいますか」
「そ、そうだか? でんもみんな無事で良かっただ。ぼ、ぼく鈍くせえから、てんで役にたんねえ」
「何気にしてんのさ。アンタの教えてくれたマジックの練習台にはちょうどよかった。そりゃライなんてやり過ぎて、虫を爆発させちゃったけど」
「刺激的で、面白かったでしょう? ならばオーケーですわ」
「これだもの。まず反省するって事を覚えておくれよ」
開き直るライフィードの態度に呆れるロゼルーエですが、そんな二人のやり取りに元気づけられたのか、ソーティは二人に対してある提案をしました。
「あんのぅ。二人共、今夜のショーに出てみないだか? 助手扱いになるだども、きっと楽しいだ」
「そうかい。なら、せっかくのご招待だからね、勿論受けるさ。なんだかんだ興味だってあるし。アンタはどうする?」
「どうしてもと仰るなら。ステージに華は必要でしょう、断る理由はありませんわ」
「決まりだぁ! 二人ともありがとうごぜぇますだ! ぼ、く……嬉しくて、嬉しくて。誰かとステージに立つなんて初めてだ!」
「あらあら、この子だっているじゃない。あなたの相棒でしょう?」
マスターがそう言って、カウンターの鳥かごに手を置きます。
その中にいたのは、昨日のマジックショーで活躍したあの鳥でした。
「そうだった。す、すまねえだ。お前の事忘れてただよ」
「ピィ!」
その鳥は、ソーティが故郷から苦楽を共にしてきた仲でした。
遥か北にあるソーティの故郷付近にしか生息しない希少な鳥でしたが、見た目はこのプレックで見かける鳥と大きく違うわけではありません。
しかし、ピアルの花から魔力を蓄えるという性質を持っており、それがマジックでは大いに役立っているのです。
「おう、今帰ったぞ」
モナーガが、街の見物から帰って来ました。当然、隣にはザリカを伴っています。
「お帰りモナーガさん。こっちはいろいろと楽しませて貰っていたよ。順調に」
「そいつは何よりだ。こっちも楽しいデートだったぜ。予定通りにな」
「そうですか、楽しかったと。こちらとしましては、貴方様がザリカさん相手に何かしでかしてはいないかと、心配で心配で。彼女は大人しいところがありますから、そこに漬け込まないかどうか……」
「馬鹿言ってんな、きちんと健全なお付き合いだぜ」
「貴方様の言う健全とわたくしの考える健全が、果たして同次元のものかという確証がございませんので」
「そこまでにしろ、今は無駄に時間を使いたくは無い。それに、私はいつも通りだ」
「そうですね。良くも悪くも貴女は変わりませんわ」
モナーガとライフィードが言い合いを始めましたが、それを静止するザリカ。
それ以上は、続けるつもりは無かったのかライフィードも大人しくなりました。
言い合いを終えたモナーガは、ソーティの元へ近づいて行きます。
「なあ、今ちょっと時間ある?」
「え、は、はい。勿論ですだ! なんでしょうか!?」
「いや、そんなに気合入れなくてもいいんだけど……。まあいいか。じゃあさ、ちょいと付き合ってくれる? 何、ちょっとお話がしたいだけさ」
「そんな事でしたら、喜んで」
「んじゃ、行こうか。マスター、この子お借りしますよ。あ、その後どうですこの私めと二人どこかレストランでお食事でも? そう、例えば二人の今後のこ」
「はい、出ていくならさっさと出ていって下さいね」
突如、マスターを口説き始めるモナーガでしたが、ライフィードに阻止されてしましました。
「おいおい、他人の恋路の邪魔なんてするもんじゃないぜ」
「貴方様が邪魔になっているのですよ? まさか、お気づきになられなかったとは、これは失礼を。ちゃんとお邪魔虫だと教えなかったわたくしの責任でもありますわ」
「なんだと! 言いたい放題言いやがって!」
「何でこんな所で喧嘩を始めるんだよ……、止めなライ、いちいち突っかからない」
「モナーガ殿も、ご用をお済みになられたほうがよろしいかと」
ロゼルーエとザリカが仲介に入り二人は引き剥がされ、モナーガは先ほどのやり取りできょとんとした顔のソーティを伴い店の外へと出て行きました。
「いつもああいう事を、やっているだか?」
「いや別にいつもってわけじゃない、と言いたいんだけどね。なんて言うかああいう女と不思議と縁があると言うか」
「そ、そうですだか。でも、ちょっと羨ましいですだ。人間の友だち、いないもんで」
「はは。何、友達なんてものはいつのまにか出来上がってるもんさ。ちょっと勇気を見せればな。だから焦る必要も、羨ましがる必要もない」
店の表へと出たソーティ達は、あたりが薄暗くなり人の波に変化が訪れ始めた表通りを眺めながら、そのような会話をしていました。
「でも大変だよな、君って今何歳?」
「今年で十五になりますだ」
「そんな年で、田舎から都会に出てステージに立って、素直にすごいって思うね」
純粋な褒め言葉に、ソーティは思わず照れてしまいます。
その反応を見て、モナーガは満足げに笑いました。
しかし、少し顔を引き締めて、ソーティへと語りかけます。
「でもやっぱり都会っていうのは厳しいみたいだな。――男のフリしていかなきゃならんとは、世知辛いもんだ」
「! ……気づいていただか?」
「俺程の紳士の目は誤魔化せんよ。男の格好してたってその奥の、女の子の可愛らしさは隠しきれやしないのさ」
モナーガの言葉を聞き、驚きで目を丸くしたソーティ。
しかしそれも一瞬の事、彼女は苦笑しながらモナーガに語り掛けました。
そして、彼女が語る内容に、モナーガは眉を寄せてしまいました。
それは、彼女が置かれている現状に対するものです。
女性のマジシャンは大成しない、というジンクスが通説となって罷り通ってしまう世の中。
実際、この街に来たばかりの頃は、彼女のマジックは見向きもされませんでした。
いえ、しかし一人だけ。彼女のファンとなった人物がいたのです。それが現在居候をさせてもらっている酒場のマスターでした。
彼女も、今の酒場を切り盛りできるようになるまで苦労してきたからこそ、健気にマジックに励むソーティを放っておくなど出来なかったのでしょう。
だからこそ、彼女を後押しする為にマスターは、自分の酒場でマジックを披露する場を与えました。また、その際のステージ衣装も彼女が与えたものです。裁縫を得意とするマスターは、ソーティが少しでも苦労する事が無いようにタキシードを拵えたのでした。
そのマスターの応援もあってか、今ではお店のスター。マジック目当ての客も現れた程です。
幸いな事に、体つきは少年のように華奢でしたので、ばれる事は無いようでしたが。
それでも、いつ女性だとばれるか解らない状況で、ソーティの心労はかなりのものになっていました。
「わたす、このまんまでいいのか。マスターさんには一杯お世話になりっぱなしだし、恩返しだってしたいのに……」
ソーティの悩みに、モナーガはふむと顎に手を当て考え込みます。
しばらくの沈黙の後、彼は口を開きました。
「なあソーティ。こんな時になんだが、実の所、君には相当に過激なファンがついてしまったみたいでな。君の身が心配なんだ」
突然の話の内容に、ソーティは戸惑いました。
しかしモナーガは構わず続けます。
「つい最近不思議な事が起きなかったか? そうだな例えば、今朝みたいに襲われたりだとか」
「えっと、いんや別に。あれっきり何も」
「そうか、……ロズ達はうまくやったみたいだな」
「え?」
「いや何も。……それで一つ提案があるんだが、どうだい乗ってみないか? うまくいけば悩みを吹き飛ばせるぜ」
ソーティはしばし迷った後、こくりと首を縦に振り、それを見て、モナーガはニヤリと笑いました。