ローブの男はその日一日、自分の仕事が全くうまくいかないことに苛立ちを覚えていました。
どういう訳か、仕掛けが次々と不発に終わり、ソーティに対して何の影響も与えられないまま時間だけが過ぎていきました。
この商売にとって信用こそ第一。このままでは無能の烙印を押されてしまいます。
功を焦った男は、仕方が無いことだと自分を強引に納得させて、ある術に手を出しました。
杖が一人でに立つと、魔法陣が現れます。光り輝くその陣の中から出てきた存在は、なんと六メートルはあろうかという真紅のドラゴン【ロデゥウス】です。
この竜こそが、彼が使役できる最大の召喚獣でした。
(これなら、あの小僧共もひとたまりはあるまい)
勝ち誇った表情を浮かべながら、ロデゥウスに命令を下します。
漆黒の闇が支配を始める時間、ゴルタード邱から街へと向けてドラゴンは飛び立っていきました。
◇◇◇
街灯に炎が灯され、昼の仕事を終えた商人達が思い思いに家路や酒場などへ散っていく。
昼間とは違った賑わいを見せる夜の街は、今日も変わらない日常の風景。
そんな風景の中に、いつもとは違う色が空を浮かんでいました。
「ん? なんだあれ?」
それは誰の言葉だったか、空を見上げて呟いた声と共に、それは確実に街へと降りてきていました。
そして、その巨大な影が街の上空に差し掛かった時、誰もが言葉を失いました。
何故ならば、そこには真紅の巨体、全長にして六メートル程もあるであろうその姿は、夜の帳を引き裂くような威圧感を放ち、見る者全てを震え上がらせました。
ついに街へと、やって来たロデゥウスが向かった先は、当然ながらにソーティ達がいる酒場。その建物を視界に収めた時、ロデゥウスは口内に火を溜め始めます。
やがてそれは、一つの球体となって凝縮していき、それが限界まで高められたその時、ロデゥウスの口から灼熱の炎が吐き出されたのです。
その炎の勢いは凄まじく、瞬く間に建物を飲み込んでしまいました。一瞬の静寂の後、建物は爆発を……するかと誰もが思っていましたがそこにあったのは、無傷の酒場。一切様変わりしていない、そのままの状態を保っていたのです。
人々は驚きました。一体何があったのかと?
建物を凝視するロデゥウスは、誰かが屋根に立っているのに気づきました。
「レディース&ジェントルメン! 今宵は私、ソーティと心強い助手達が彩る一大スペクタクルの舞台へとようこそおいでくださいました!」
そう言い放つのはソーティ。ステッキを天へと掲げており、その中からはピアルの花束が溢れ出していました。
ピアルが持ち合わせる魔力、それが織りなす効果は火を散らす事でもあります。
大量のピアルが天より舞い散る様に、人々は目を奪われました。
その中にいた常連客は、いつもと違うソーティの格好に目を疑います。
なんといつものタキシードではなく、綺麗に着飾ったドレス姿だったからです。
女だったのか。
そんな疑問が一度は浮かぶも、この光景に流されていきました。
しかし、これだけでは終わりません。今宵のステージは始まったばかりですから。
「これはホンの小手調べ。では参りましょう。まずは私の助手達による演目をお楽しみ下さい」
ソーティはそう言うと、手に持っていたステッキを投げ捨てました。
宙に投げ出されたステッキは一人でに魔法陣を描きます。完成したその陣は光を放つと、中から四つの影が飛び出しました。
それは、色と少々形も違いますが、共通点を多く持つ鎧。その四つの鎧が空を飛び、ロデゥウスへと向かっていきました。
「いいか、派手にやっていいがグロテスクなのは駄目だからな? わかってるよなライ!」
「何故わたくしにだけ、幾度も注意をするのでしょうか? モナーガ様に言われずとも与えられた使命には尽くさせて頂くだけですので」
先頭を行く鎧、どうやらモナーガが着込んでいるようですが、彼がすぐ後ろの鎧を来たライフィードへと話しかけます。
「何かあったら、アタシがライを抑えるからさ。モナーガさんは打ち合わせ通りにやっちゃって」
「私もモナーガ殿のサポートをさせて頂きますので」
とりあえず納得したモナーガは三人を引き連れ、そのままロデゥウスの元へと向かい、それぞれがその四肢を押さえつけました。
当然暴れるロデゥウスでしたが、自らの怪力すら大きく上回る四人の力の前に身動きできず、その体は勢い良く空中へと連れて行かれました。また、その際に鎧の背中から色とりどりの煙が巻き上がっていました。
(まさか、何のためにあるか分からなかったサーカス飛行モードをこんな風に使う日がくるとは。自分でもびっくりだぜ)
その光景のなんと非現実な事でしょうか。人々は思いました。あの鎧が一体何かは分からないが、ドラゴンを赤子のように扱う様はまさに夢物語。
そして、それはロデゥウスも同じ。自分の体に纏わりつく鎧を見て、恐怖を抱きました。
こんな事が出来る存在など、ロデゥウスの記憶の中には存在していませんでした。
やがて、空高くへと運ばれると、ロデゥウスは抵抗する事を止めました。その様子に、ソーティは満足げに微笑みます。
やがて、雲の上までやってきたロデゥウス。その高度は既に地上の者達からは見えない程の高さ。
ここで、ようやくロデゥウスの拘束が解かれました。地表へと勢いよく投げ落とされながら。
「グアアアアッ!!!」
自らのものでありながら制御の聞かない体に、焦りながらロデゥウスは酒場へ真っ逆さまです。
当然、そこにはソーティがおります。彼女は微笑みながら、再びステッキを掲げました。
「さあッ! 今こそ本日のメインイベント!! その鮮やかな光景を、是非その目に焼き付けて頂きたいッ!!!」
その瞬間、先ほどと同じ魔法陣が浮かび上がり、そこからピアルの花が溢れ出しました。
花びらがロデゥウスの体を包み込むと、やがてその花は光の粒へと変わり、街全体を包みながら消えていきました。
ロデゥウスは気を失い、目を回していましたが、その巨体はゆっくりと地表へと降りていきました。
何故なら、雲の上にいた四人は地表へ向けて飛び出し、ロデゥウスを追い越してその巨体の下へと回って持ち上げていたからです。
「そして、これがフィナーレッ! ご覧下さい、この壮大な光景を!!」
ソーティのその手の平に火球が生まれ、空へと打ち出すと巨大な花火が上がりました。
まるで夜空に咲く大輪の花の如き美しさ。
しかし、それはほんの序章にしか過ぎません。
ソーティの傍らより飛び出した、鳥がその花火へと飛び込んでいきます。
すると、その鳥は瞬く間に姿を変え、炎の中から現れたのは一羽の火の鳥でした。
翼を広げ、優雅に舞うその姿は見る者を魅了し、またある者はその美しさに涙を流しました。
火の鳥は街中を飛び回り、人々の歓声を浴びます。
やがて、ソーティの元へ戻ってくると、その姿を戻していきました。
「突然皆様の時間を拝借した事をお詫びすると共に、我が奇跡の魔術!! これにて終了とさせて頂きます。ありがとうございました」
そう言うと、ソーティは深々と頭を下げました。
しかし、拍手喝采が鳴り止まないのを見ると、彼女は満面の笑みを浮かべてもう一度礼をしました。
こうして、ソーティのショーは幕を閉じました。
ショーも終わり、モナーガ達は鎧を脱いで話をしています。
「ふう、何とか成功だ」
「しかし、どうするのですか? このデカトカゲ。切り身にして街の皆様に配りますか?」
「おっとろしい事言うんじゃないの。そんなもん配ったら暴動が起きちまう。なぁに、どうするかはもう決まってるさ。ほら来たぜ」
そう言うモナーガは上空を指差します。
するとどうでしょうか、鎧にその首を掴まれたままのローブの男がこちらへと向かってきています。
「は、離せ!」
「ここで離せば死ぬだけだが? だが安心しろお前にはまだ利用価値がある」
ローブの男を掴んでいたのはザリカでした。
彼女はそのまま男を連れてモナーガ達の元へと降りてきました。
「あら? そういえばいつの間にか居なくなっていましたわ」
「デート中に打ち合わせしてたんだよ。悪いなザリカちゃん、こんな汚いの運ばせて」
「いえ、お気になさらず。任務とあらば当然の事」
男はジタバタ暴れますが鎧の力には敵わず、次第に諦め始めました。
「くそっ……何が目的だ!?」
「アンタを送り届けてやろうってのさ、ブタ箱までな。ペットはおろか雇い主まで一緒になんだから寂しくないだろう?」
憲兵を呼んできていたロゼルーエは、その言葉とともにローブの男を引き渡しました。
ドラゴンはローブの男と一緒に荷台に括り付けられ、馬に引かれて連れて行かれます。
カブタ商会が借りていた建物にもモナーガのタレコミにより、既に憲兵が差し向けられており、事が明らかになるのも時間の問題でした。
ローブの男が憲兵に連れて行かれた後、モナーガ達の元へとソーティがドレス姿のままやってきます。
「この度は本当に、ありがとうごぜぇますだ!! お客さんにもいっぱい喜んでもらえて、その上こんな綺麗なべべさ着せて貰って! ……っ、もう、わだず。なんて言っていいか……」
その瞳からは涙が溢れ出し、声は震えていました。よほど嬉しかったのでしょう。
ソーティは泣きながら何度も頭を下げていました。
「何言ってるのさ。俺達はただ助手としての仕事をしただけだぜ。ドレスだって、マスターが用意した物だろ? そりゃちょっとブカブカだけど」
ソーティが来ているドレスはマスターが昔来ていた物。ただし、スタイルが違うせいか、ソーティには少々大きすぎたようです。
「でも、やっぱり恩返しがしてえ! このままじゃ、わたすの気が収まらねえだ!!」
「そうだな。……じゃ、ちょっと失礼」
モナーガは、ドレスではだけたソーティの首元へと手を回しました。その仕草に思わず頬が赤くなるソーティでしたが、すぐにその手は離れて行きました。
「あ、あのぅ」
「まあ、これで恩は返して貰ったって事で」
「意味がわからねえだよ……」
「納得いかんだろうが。……俺が言いたいのはさ、君みたいな女の子がいい女になってくれれば、そいつが男にとってはこれ以上ないご褒美だってことさ」
真正面からそのような言葉を言われた事の無いソーティは、顔を真っ赤にして思わず俯いてしまいました。
何と返してていいのか、ソーティの人生経験では言葉が見つかりませんでした。
「クサいですわ、あまりにもヒドい。わたくし、どういう生き方をしていたらそこまで自分に酔えるのか全く見当もつきません。教えて欲しいくらいです」
「今のはさすがにちょっと……」
二人のやり取りを見ていた、ライフィードとロゼルーエは思わず身を引いてしまいました。
しかし、ザリカはというと……。
「? どういう意味だ?」
そもそも言葉の意味を理解出来ない様子。
自分に対する評価を敢えて無視をし、モナーガは続けます。
「名残惜しいが、お別れの時間だ。俺達も行くところがあってな」
「そう、ですだか……。でも寂しいだよ」
「なに大丈夫さ。君はもうこの街のスター、誰も放っておきはしない。これからもマスターや街のみんなを楽しませていってくれ。――今日からが本当の『
「ッ、はい! 分かりましただ! 本当に、ありがとございますだ!!」
ソーティは満面の笑みで答えました。
それは今まで見た中で最高の笑顔だったかもしれません。
そんな彼女の頬をモナーガは優しく撫でると、ザリカ達と共にその場を後にしました。
笑顔のままマスターに元へ帰り、思わず抱きつくソーティ。
そう、モナーガの言う通り。今日からがソーティの物語、その真の始まりなのです。