「あ゛あ゛あ゛! 帰ってくれたぜぇ。……疲れた体にコイツがキクぜ」
「台詞が危ない人にしか聞こえません」
戻ってきた俺は、懐からドリンクを取り出しグイっと傾ける。すっかりお馴染みになった仕草だ。
今の俺は気分が良い。だから、ライが何を言おうとスルー出来るのだ。
「いいじゃないか。アタシも初めてのお仕事でちょっと疲れてしまったよ」
「なら、今日はもうゆっくり休むといい。報告は私の方からしておく。モナーガ殿も、部屋へお戻りになられて構いません」
「そうかい? んじゃお言葉に甘えて。しっかし、あれだけやって手に入ったのがコレ一つとはな」
そう言って取り出したのは、ソーティのDNAが入ったカプセル。
袖の下に忍ばせておいたミニ採集キットを、さりげなく首に刺して手に入れたものだ。
結局手に入ったのがこれだけじゃあ、労力に見合わんね。
「ああ! そういえば、……はい。酒場のマスターの分。手に入れといたよ」
「おいおい! でかしたじゃないのよ! もうハグしちゃう!!」
「おっと、それは勘弁。でもコレは上げるよ」
ロズはいつのまにか、マスターからDNAを手に入れておいたらしい。カプセルを受け取るとそのまま懐に収めた。
しかし、有能な人材が助手になって助かるぜ。ロズにしろザリカちゃんにしろ、何よりも愛嬌がある。美女がそばにいるとそれだけで力が出るってもんだぜ。
「へへへへへ」
「薄気味が悪い。何の妄想に耽っていらっしゃるかわかりませんが、とっととお帰りになられて下さいませ」
何かノイズが聞こえたような気がしたが、気にしない気にしない。
俺はスキップでもしそうなくらいにウキウキと帰宅するのだった。
しかし、半ば予想通りと言うか。今日行った世界には『違い』があった。
あの世界は、俺が地球で買ったいくつかの本の中の一つで、ある少女漫画が舞台。マジシャンの少女の話で、あの世界だとパフォーマンス専用の魔法をマジックと呼ぶらしい。
読み終わった本は、スーラ君にも自由に読ませていたが、ユールー達と回し読みしていたようだ。今日連れて行った三人共その漫画を読んでいたようで、だから打ち合わせもスムーズにいった。
そう、俺はあの世界に行った後、あの丘でソーティが来るのを待って四人で話し合っていたのだ。
ところがだ。まず、ソーティはデカい鳥に襲われていたが、漫画だと猪だったはず。ソーティは魔法を使って逃げたんだよな。
流石にまずいと思ってあの鳥を俺は倒した。そこで接点が出来たから行動を共にする事にしたんだ。
それ以外にも、あのローブの男。漫画じゃアイツが出て来るのはもう少し先で、商会に雇われた荒くれ者がいろいろやらかすはずだった。なんせあのローブ男の出番は話の終盤にデカい鳥を呼び出して終了だったからな。
そんなチョイ役があそこまで出張るとは。極めつけにドラゴンまで出してきやがって。
漫画自体はそれからも十数巻出ている。今度また買いに行くか。
ま、それはともかくとしてだ。今日の事で、俺は一つ仮説を出した。
例えどんなに情報を頭ん中に詰め込んでも、全く同じ世界に行ける保証は無いって事だ。確証にはデータが足りないが、前回と今回でそうじゃないかとアタリは付けられる。特に前回は本当にひどかった。あんなクッソ汚い改変は二度とゴメンだ。
そんな事を考えているうちに、足が自分の部屋まで辿り着いていた。
これ以上考えるのは止めだ。今後どうするかは、一休みしてからでも遅くないだろう。
「ただいま! スーラ君、今日は何?」
「おかえりなさいモナーガさん。今日は煮込みラーメンを作ってみました」
「お、いいねえ。さっそく食べよう」
「あ、でも……」
スーラ君が何かを言いかけていたが、その前にリビングへと入る。
テーブルには鍋が湯気を上げていた、味噌かな? ラーメンの匂いが腹を刺激する。
そしてテーブルの周りには、空のお椀が二つに……椅子に座ったタライヤが、既に一人で麺を啜っていた。
「ど、どういう事!?」
理解が追いつかない俺に、スーラ君が話し掛けてくる。
「実はさっきタライヤさんが遊びに来まして、折角だからお夕飯をすすめました」
何の罪悪感も感じる事も無い微笑みで、スーラ君はサラっと答える。
この子はどういう訳か、本気で俺とタライヤは友達だと思いこんでいる節がある。
冗談じゃないよ、ただの腐れ縁だよ。
呆然としている俺に、麺を啜り終えたタライヤは何の悪びれもなく声を掛けてきた。
「ああ、帰ってきたのですか。食事の前はきちんと手を洗ってきてください。
ばっちい上に卑しいですから」
何の邪気も感じられない鉄面皮。まるで、ちょっとした世間話をしているかのような口調だ。
それだけ言い終えると、鍋から自分のお椀へと麺を掬い始める。ええい、いつもいつも俺の神経を逆撫でしてきやがって!
折角気分が良かったのに、冷水でもぶっかけられた気分だぜ。
なぁ~ご。
どこからか猫の鳴き声が聞こえてくる、ふと足元を見ると白い猫が俺の足に頭を擦り付けていた。
俺は、その猫を掬い上げ顔元まで持ってくる。
「ゴメンね、やっぱり迷惑だったよね。モナーガ君」
「い、いやいいんだお前は。マキナは歓迎するけど、コイツに誠意と常識とマナーが無いのが問題なんだから」
猫型ロボットのマキナは、前回の仕事の後に念の為に検査を受けていた。精密機械の塊だから、俺よりもデリケートな扱いが必要なのだ。
コイツがこうしてここに居るってことは、検査の結果は特に異常無しなんだろう。
それはいいことだ。これからも相棒には活躍してもらいたいからな。
「ふぁふぃふぉふぁいふぃふぁふぉふふぇふふぁふぁ、ふぁんふぇんふぉふぃふふぉふぁふぉうふぇんふぇふ」
「何言ってんのかわからねぇんだよ!? 食うか喋るかどっちかにしろ!!」
「……」
「結局食べんのか!!」
突然、口に物を入れながら意味不明な言語で話すタライヤ。
注意したら、飯を食う方を優先しやがった。何が言いたかったんだ結局。
「と、取り敢えず頂きましょうかモナーガさん。はいおしぼり」
俺は差し出されたおしぼりを受け取り、手を拭く。
何だかんだで俺も腹が減ってるし、折角のラーメンが伸びる前に食べるとしよう。
麺に関しても、俺が地球で買ってきてストックしてあるのだ。
箸を手に持ち鍋の中を覗き込む。スープが煮込まれて味噌色に染まった中に、チャーシューが浮かんでいた。もやしに煮卵もうまそうだ。
必要な分をお椀に入れて、口の中へと麺をご招待。
コシがあって、モチモチとした食感だ。噛む度に旨味のある汁と絡み合い、濃厚で深みある味わいを生み出している。これはうまい。
続いて具にも手を付ける。煮込まれたもやしは程よい歯応えがあり、甘みがある。口の中にシャキシャキした音が広がる。そしてチャーシュー。豚バラ肉をタレに漬け込み、じっくりと煮込んだものだ。トロリと柔らかく、それでいてしっかりと噛みごたえもある。
いやあ、満足! スーラ君にレシピ本をプレゼントしてよかった。地球で買った本にはそういう物も含まれていたのだ。
いろいろあったが、こういう一日の締めも実にオツなもんだな。
「あ、それ私が予約したお肉ですよ」
「そんなシステムはねえよ!」