一仕事を終えたからか、満足気に変身を解いたババア。
あれだけのデカい戦艦を消し炭にしやがるなんて。前々からトンデモ無いババアだと思っていたが、なんてヤツだ。ホントに。
……まあいい。なんやかんやでブレスは俺の手元に戻って来たんだ。これでやっと帰る事が出来るぜ。
俺もスーツを脱いでババアに詰め寄る。
「コイツは返して貰ったって事でいいよな? 約束だもんな? な!?」
「ぴいぴいうるさいのう。好きにせい、全く……。まだ、ちと惜しい気もするが」
「やったぜ! よっしゃぁああ!!!」
思わずガッツポーズしてしまったのは仕方無い話しだろ?
「ま、それなりに面白いものは見させて貰ったからな。これで手打ちとしようか。……小僧」
「な、なんだよ? 返せなんて言うなよ。元々俺のなんだから」
「それはもういいわ、しつこい男は嫌われるぞ。……小僧、お前に教えた事は少ないが、よくここまでたどり着いたものじゃ。褒めてやろう」
「そりゃどーも」
「さて、そろそろ別れの時じゃな。お前と過ごした時間も、満更悪くなかったぞ小僧」
「ずいぶん、その~、素直じゃないのよ。なんか調子狂うわぁ」
なんか、いつもと違うババアの雰囲気に思わず戸惑っちまったが、俺はどうしたら良いのか分からず、思わずほっぺたを掻いてしまった。
「……あの、どうしたわけ? 急にそんな……」
「ふむ、なんだ? らしくないと言いたいのだな?」
「あ、うん」
「ふん、まあよいわ。最後はしんみりと別れた方が、記憶に残るだろう? 数百年ぶりに人と過ごしたもんでな、柄にも無く感傷に浸っとっただけじゃ。……だが、それも終わり。息災でな」
その言葉を聞いて、俺も柄にも無く感傷的になっちまってたらしい。
思わず、立ち去ろうとするババアを呼び止めちまっていた。
「おい、ババア!」
「ぬっ?」
ババアは思わず振り返り、怪しげな目つきでこっちを見つめてくる。
それに構わず、俺は続けた。
「ムカつくばっかりの日々だったけど……アンタのお陰で少しは楽しかったぜ」
そう言いながら、手を差し出す。
しかし、ババアはその手を払いのける。
何しやがる!?
「ふう、やはり儂らに綺麗な別れは合わんな。ま、精々くたばらん程度に女の尻でも追いかけてるんじゃな。……モナーガ」
「最後までムカつくババアだな。……ったく、ホント最後までクソッタレなババアだったぜ」
悪態をつく中、初めて名前で呼ばれた事に驚く。
だが、結局それを悪態で隠すのも俺らしい、かな。
無言の中、それでも鼻でお互いを笑いながら、この世界からおさらばした。
―――こうして、俺は久しぶりの我が住処へと戻る事が出来たのだ。
◇◇◇
ここは、どこだ?
俺は……。
何でもいいか。……まずはゆっくり休むとしよう。
「おーい、もうそろそろ起きろ。ほれ、ほれ」
なんだ? 妙にほっぺがペチペチされてるような気がするが……。
それに、なんか体が揺れてるぞ。地震か?
まあ良いか、もう少し寝させてくれよ……。
「もういい加減に、そろそろ起きろよ」
……何かうるせえなぁ。
誰だよ、折角気持ちよくぐっすり眠ってたのに邪魔しやがるのは。
仕方ねえ、無視してもう一眠りするか。
「……おい、お前。何時まで寝ているつもりだ?」
今度は耳元で囁くように言われた。何だか凄みを感じる声色だった。
ううん……、何だってんだ全く!
「まだ人が寝てるでしょうがァ!」
ガバッと起き上がった俺にの目に飛び込んできたのは、隣にちょこんと座った小さい女の子だった。
「ババア、一体なんだってんだ! 毎日こき使われてんだから今日ぐらい休ませてくれても言いって、俺が言ったんだから休ませろ!! いいな、もう起こすんじゃねえぞッ!!」
「何を無茶苦茶言っておる。それに安心しろ。今日のところは他の用じゃ」
ババアが俺に家事以外の用だと?
は~ん、とうとう俺にブレスを返す気になったってわけだ。それで、用ってのは俺の見送りを兼ねて持て成そうって事か。
「いや~悪いね。でも、ま、それだけ俺が尽くしたんだから甘んじて受け入れてやろう。はははは」
「何を考えているのか知らんが、間違い無くそれでは無いから安心しろ」
ちぇ、じゃあ一体なんだってんだ?
俺の不満顔を見て、ババアはため息交じりに話し始めた。
「……お前には随分と世話をさせられた思うがな。まず、一つ言っておく事がお前にある」
「何よまた、改まっちゃってさ」
何処となく真面目な雰囲気を醸し出すババアに充てられ、それと無く俺も居住まいを正した。といってもいつものベッドの上に正座しただけだが。
「お前から預かっていた物は確かに返したぞ」
「……は?」
一瞬、自分が何を言われているのか分からなかった。
だが、少し落ち着いて考えてるとその台詞から導き出される事は一つだろう。
「おばあちゃん。ついに、頭が……」
思わず心配そうな表情でババアの顔を見つめた。
「何が『頭が』じゃ。儂はいつも通り何も変わっておらんわ」
「ボケた人間程そういうもんだぜ?」
「勝手にボケさせるな」
「じゃあ、あれか? とうとう頭のネジが飛んでおかしくなったか?」
「変わっとらんだろうが。相変わらず減らず口だけは達者じゃな、小僧。……話はまだ終わっておらん、最後までちゃんと聞け。いいか、途中で口を挟むなよ? ちゃんと最後まで聞け」
なんだよ違うのかよ。
これ以上なんか言うとまた怒られそうなので、お口にチャックして話を聞く事にした。
「
「……?」
「まあ、普通分からんだろうな。ところで……」
何を言ってるか分からんまま、ババアはこちらを無視して懐から何やら紙を取り出す。
そうして広げたそれは……。
「お前に書いて貰った申請書だ。何故これがここにあるかについて、お前に話す」
確か『五次元間渡航申請書』だったか?
こいつを書かないと捕まるだかで脅されて書いたんだよな、確か昨日の話だったか?
にしても血判なんて、ホントに必要だったんかね?
って、そんなんどうでもいいんだよ! それ提出して無いって俺捕まるんじゃねえのか!?
「実を言うとな、これは申請書でもなんでもない。そもそも申請書はこの世界の人間にしか適用されん。まだまだ真新しい技術と法律なのでな、他の次元から来た人間の事についてはカバーしきれん」
淡々とそんな事をほざくババア。
じゃあ俺は一体何の為にあんなもん書かされたんだよ?
「これは契約書。儂とモナーガの名、そしてモナーガの遺伝子情報を以て完成する」
? え、何? 何の話? 全然ついていけないよぉ。
「この契約書を媒介にして儂はあるものを生み出した。心して聞け」
ババアは一拍於いて、再び口を開いた。
「それがお前だ」
「? ……ッ!?!?!?」
「あ、もう口を開いていいぞ」
その言葉を聞いて、俺は声にならない叫びを上げながら飛び起きた。
余りの驚きに声も出なかった。
だってそうだろ!? つまるところこのババア、俺の事を!
「く、く、クローンだって言いてえのかッ!!? 俺を俺を俺を!!!」
「流石に驚いたようだのう。ハッキリ言ってその通り。これこそが我が仙術が一つ、
「ぃぃぃぃええああうええあああ……うぇい」
「言葉にならんようじゃな。まあ無理も無い。……しかし、本当によく出来たものだ」
そう言いつつババアは俺の体をマジマジと見回している。
なにやら不気味だが、今はそんなこと気にしている場合じゃ無い。
とりあえず、今分かってる情報を整理するとだ。
「俺は、クローン……」
「そうじゃな」
「あんたは、ババア……」
「確かにそうじゃが、その確認は必要か?」
「いや、いや! でもさ、待って、待ってくれよ。お、俺昨日までの記憶があるんだぜ? 昨日もその前も。ここ数日無理やりこき使われた記憶がさあ!」
「我が術は、その者の記憶すら完璧に
なんだそりゃ、なんなんだそのインチキ能力。
俺のいた星じゃ、そこまでのクローンなんて不可能だぜ?
そしてそれが俺だって?
「昨日までというが、血を採ってから数日経っておる。その間にモナーガは帰り、だからこそお前を生み出した」
「ますます分からねえ。一体なんで? どんな目的で、俺を作った訳よ? 本物が帰ったからって、繋がりが分からんのよもう!」
「まあ、そうかっかするな。儂はな……」
ババアが俺の座るベッドに足を掛け、体を寄せて、その手で俺のほっぺたを触ってきた。
な、なんだいつもと雰囲気が違うぞ? それに、顔も近いし……ドキドキ。
まさか、そういう事なのか? そういう展開なの!?
ババアは、クスリと口元に笑みを浮かべると、その幼気な唇を柔らかく開いて見せた。
「お前の事を気に入ったのだ。さりとてモナーガは何やら使命を帯びていたようでな、引き止める事は出来ない。しかし、人との触れ合いを再び恋しく思うくらいならと思ってな。……実を言うと、初めて合った時からその顔が嫌いでは無かった」
「ちょ、ちょちょちょ。な、なによ、なんなのよ!? ええ、そんな急に来られても……。大体俺ってば年上のお姉様が好みな訳で、見た目だけでもね、その」
「ああ、なんだそんな事か。……ちと見てろ」
そう言うとババアは、ベッドから離れて床に立って見せる。
その次の瞬間、その体が急に輝き出したと思うと、何やら徐々にその姿が変わっていくではないか。
光が収まった時には、そこに立っていたのは一人の美女。
長い黒い髪は艶があり、男を惑わすような大きな胸と細い腰、モデルのようなスラっとしたスタイル。歳は三十前後と言ったところだろうか。
ぶっちゃけ俺のどストライク。これ以上無い程に。いや、かなり、たまんねえ。
「ど、どちらさまでしょう? 貴女のような美しいお姉様はご存知で無いぃ……感じでしてはい」
「みなまで言うな。本当は分かっておろう? 普段は他人を油断させる為、あのような
口調が変わったロリババア改め、美人のおねーさん。サーラン、さん。いや、様。
「これより、お前を我が正式の弟子として取る。これまで以上に厳しくいくから覚悟しておけ? 無論、その頑張り次第では相応の褒美もくれてやろう。……二人で仲良くやって行こうではないか。なあ」
サーラン様は、俺の耳元に顔を近づける。
掛かる吐息がとても心地よく、思わず意識を持って行かれそうになる。
そしてそのまま、彼女の口が俺の耳に近づき、熱い囁きが脳に響いた。
―――お前さま。
「あぅ」
ジェットコースターのように目まぐるしく変わる状況に、俺は甘美な限界にその意識を落としてしまった。
「ふふ、まあ今日ばかりは静かに過ごそうか、共に……な」