街中。
なんてこと無い、平日の午後。
学校も終わって、若い声が喧騒に彩りを与えるそんな時間の中。
そんな中起きた、ちょっとした事件。
公園に横に立ち並ぶその街路樹の上に、幼い少年が一人。
でも、その顔は今にも泣き出しそうで。
きっと、登ってしまったのは本意じゃない。
彼の手の中には、風船が。
きっと、木に引っ掛かったそれを取る為に夢中で登ったんだ。
それで、気づいたら地上が離れていて。大人ならなんてこと無い高さ。
でも、彼は幼稚園児ぐらいの少年で。
とっても怖い思い。誰かが助けてくれるなんて、そんな事も考えられないくらいに怖い思い。
頭の中は人生最大のパニックに間違いない。
ちょっとした事件だけど、彼の中では大事件。
そんな彼に起きた、ほんの、でも大きな幸福。
「どうしたのかな? 坊や」
「っ!」
木の下から声が聞こえてきた。
話しかけて来たのは彼よりもうんと年上の、白い肌が眩しいお姉さん。
世間から見れば、学生服を着た少女だけど。
でも、彼からしたら大人同然のお姉さん。
「降りれなくなったんだね。でも大丈夫。さあ、おいで」
手を伸ばすお姉さん。少し、勇気を出せば届く手。
でもきっと、彼から見れば底の無い穴に飛び込むかのようで。
震える体を見て、優しいお姉さんは安心させる声を掛ける。
「大丈夫、大丈夫さ。怖くなんか無いよ。さあ、ゆっくりでいい」
「う、ん」
お姉さんの声に、精一杯の。小さな身に大きな勇気を絞り出して、思い切って飛び込んだ。
彼の勇気に感銘するように、力強く、でも傷つけないように優しく抱きとめる素敵なお姉さん。
彼女は嬉しかった。こんな幼い少年が、頑張ってみせた事が、それを受け止める事が出来た栄光が。
まるで、物語に出てくるお姫様のような気分だった。
地面にそっと少年を下ろすお姉さんは、膝を曲げて、その頭を撫でてさらに安心させる。
嬉しくて、ついはにかむ少年は麗しい。
心が暖かくなったお姉さんは、少年を送り出す。
「まだまだヤンチャを覚える年じゃないよ。諦める事もないけど、落ち着いて大人を頼るようにね」
「うん! ありがとうお姉ちゃん!」
感謝の言葉を告げて、風船を片手に走り出す少年。
笑顔で手を振るお姉さん。
遠く走って振り返る少年だけど、そんなにお姉さんが離れて見えないのはきっと……、お姉さんが二四〇センチはあるからだろうね。
その
◇◇◇
街中を歩く一人の少年、名前はスーラ。
小柄なその姿から一目で男性だとわかるけれど、彼の容姿はある意味で異様だ。
なにせ、その顔立ち。どこから見ても幼い少女にしか見えないから。
確かに彼はスカートの類は履いてないし、女装だなんて思えないけれど、むしろその格好は独特にアンバランス。
センスが奇天烈なんかじゃない。男装しているようにしか見えないからだ。
でも、やはり一目で男性だとわかるのは、
しいて言うなら、綺麗な白い肌はライトオーガの特徴と合っているけれど、少なくとも彼を女性と見間違う者はいないだろう。
まるで、物語から飛び出してきた王子のようで。
彼自身は気づいていないけど、その可憐な容姿に街の女性は目を奪われている。
大人なら、それでも直ぐに居直って元の日常に戻っていくけれど、年端もいかない少女なら思わずハっとしまま動かなくなる。
それほどまでに、今の彼は魅力的だから。
そんな彼に、声をかける人物が現れた。
「おい、お前」
「え?」
それは、獲物を見つけてようなギラギラとした目の一人の女性。
背丈の程は、二四〇センチ前後の平均的な高さ。
格好はまさに学校帰りの学生といった装いで、だけど、着崩して露出が多いのが特徴的。
顔は凛々しく、意志の強さが感じられる瞳は、強い意思の炎を燃やしていた。
髪の色は銀色で、その長さは背中まである。
胸は大きく、筋肉もしっかり付いている。所謂アスリート体系だ。
むしろ不良然かな。
そして、その茶褐色の肌からダークオーガだって直ぐにわかる。
「え〜と、なんでしょうか?」
自分を見下ろしてくる威圧的な少女に、でも怯えを見せる事なくなんの気なしに尋ねるスーラ。
まさか、可憐な少年を狙った暴女だろうか?
そんな考えが周囲の女性達に浮かぶけれど、彼女達はすぐに勘違いだと思い知る。
「お前、オレと……その、一緒にデっ ……お、お茶でもしないか?」
先程までの勢いときたら、まさに猛獣のような姿なのに。今はどうだろう。すっかり借りてきた子猫のように大人しい。
そう、彼女はスーラの可憐さに惹かれて勢いで声を掛けてきたものの、男性とはまともに手を握った事も無いまま今まで過ごしてきた事を思い出し、一種のパニック状態に陥ってしまったんだ。
それでも、何とか情けない姿を晒したくないから、お茶でも、だなんて今どきめっきり聞かなくなった誘い文句を口にしてしまった。
「うーん、その、ぼく急いでいますので」
「あ……」
「ごめんなさい! じゃあ」
「あ、ああ」
軽く頭を下げてその場を後にするスーラ。
彼女の誘いを断わった理由は、単純で人と合う約束をしていたから。
申し訳ない気持ちになりながらもスーラは去っていった。
だけど、残された彼女は呆然と立ち竦むだけ、相手の事を考える余裕なんて当然無かった事もあり、自分の情けなさに内心涙で溢れていた。
そんな様子を見ていた周囲の女性達、特に少女は我が事かのように同情心で一杯だった。
自分達にも覚えがあったんだろうね。