昼時──
──それにしても、今日は何で誰もいないのかしら?
好天に恵まれた中秋の穏やかな昼下がりであるにも関わらず、何度見回してみても近くには彼女以外人っ子ひとり見当たらなかった。
──
しかし、今回の
だから、わざわざ目立つような事を行うはずが無い。
──ああ、今さらだけど緊張してきたわ。どうしよう……。
昨晩は、聖人
もしも、噂通りの
もしも、会話がはずんでいい雰囲気になったとして──
もしも、
──ま、まさか、いきなりそこまでは……でも、男の人は手が早いって聞くし……。
妄想は留まるところを知らず、ついには紅潮した頬に手を当てて体をクネクネと歪曲させるのだった。
「そなたが
その時、正面から声をかけられる。
「ひゃいッ⁉︎」
完全に虚を
いつの間に現れたのか、彼女のすぐ目の前には長身の青年がキョトンとした
「あ、いえ、その、
真っ白になってしまった頭で必死に言葉を絞り出す。
そんな
「私は
よく
「た、太子におかれましてはご機嫌麗しく──」
「よいよい。堅苦しいのはナシだ」
うやうやしく拝礼を向ける
「今日は
気さくに言った。
「か、かしこまりました、き、
しかし、
「まだ堅いな。もっと肩の力を抜くといい」
「は、はい。
「……まあ、良いか。今日は楽しもう、
「……はい。よろしくお願いいたします」
二人は広場を抜けて街の目抜き通りへと出た。
すれ違う人々は大抵、この二人に視線を向ける。
「……おかしいぞ。
確かに紫の色彩は多少派手ではあったが、衣装そのものは
「申し訳ありません。せっかく
視線の先が自分にある事に気づいた
「ああ、そうか。みな
「確かに、このような美女と歩いていれば
逆にうれししそうに胸を張るのだった。
「わ、わたしは別に美しくなどありませんッ!」
何の
「それに、奇妙でございましょう? この髪も瞳も……」
どんなに中華風の装いをしたところで、異人の血脈までは隠せない。中華人の血を引きながら中華人になりきれない歯がゆさは
「たしかに、言葉も意思も通じない相手であれば恐れをいだいても不思議ではない。しかし、そなたと私は同じ言葉を介してこうして会話をしている。何を臆する事があろうか」
そう言って
「その髪も瞳も、そなたの母から授かった
横髪を撫でるようにして触れ、男は諭す様に
「
長身で均整の取れた
慈悲に富んだ
そして、心まで溶かしてしまうような甘い話術──
すべてが完璧で、彼女は完全に引きこまれてしまっていた。
──違う。完璧な人間なんているはずないわ。
そう思う
──いけない。このままでは
と、その刹那であった。
「す、すみません! 朝から何も食べていなかったもので、つい……」
二三歩後ずさり、
「そういえば、私も空腹であった。まずは腹ごしらえを済まそう」
そう提案し、辺りを見回した。
「何やらあそこから香ばしい匂いが流れてくるが、あれは何だ?」
食欲を誘う匂いに惹かれた
「ああ、あれは肉まんです。今、中華大陸で一番流行している軽食の屋台です。よろしければわたしが購入して参りましょうか?」
「頼む」
「かしこまりました」
その露店は
「
「いらっしゃい……アラぁ、誰かと思ったら
「何でも、どこか遠くに留学してたんだって?」
「はい。一昨日帰国しました」
「アラぁ、そうだったの。それにしてもすっごい美人さんになっちゃって、おばさん驚いちゃったわァ」
ものすごい勢いで話を続ける
「そんなにおめかししちゃって。あ、もしかして彼氏と
「え、ええ、まぁ……」
否定するとまたいろいろとツッこまれてややこしい事になりそうなので、正直にそう答えた。
「それで、今日は肉まんを──」
「アラぁ、うらやましいわァ! やっぱり若いっていいわねェ」
「ええ……。それで、肉まんを──」
「そういえば、お父さんと弟さんはお元気?」
「はい。父も弟も息災です。それで、肉まん──」
「あ、そうそう。この前、
しまいには全く関係の無い人の噂話まで始めてしまい、結局
「すみません、つい話しこんでしまいお待たせしてしまいました」
店から少し離れた休憩用の
「あの店主は実にうれしそうにそなたと話をしていた。知り合いか?」
「はい……」
「ならば話をしたくなるのも無理もない。気にするな」
すみません、ともう一度謝り、
「ほう、柔らかいな」
それを受け取るとしばらくその感触を確かめ、そしてひと口ふくんだ。
「……うむ、うまい! 中から香ばしい肉汁が止めどなくあふれ出し、タケノコのサクサクとした歯ごたえと生地のフワフワとした食感が見事に融合している」
「それは良かったです」
正直、王族の口に合うのか心配であった
以前食べた時と変わらない旨味が口中に広がった。
肉まんを食べ終えてから、
五十万もの人々の活気に満ちた街の事──
たくさんの友達と出逢えた事──
その中でも取り分け
「母の生まれ育った
話を聞き終えた