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第116話 雷の明日を越えて

 軍用ヘリの中では怒号が飛び交っていた。骨の身体持つ鷹のようなスケルトン・ホークや、大型のコウモリが取り付いてはガトリングや小銃で落としていく。


 ヘリの回転翼にも体当たりを受けるが、機体上部の主翼は勢いよく敵を粉砕している。


「テールローターだけは死守して!! 左舷、弾幕厚いわよ!?」


「は、はい!! こんのぉおおおおおッ!!!」


 精霊ブタと稟も、アーリアから受け継いだ杖を使用して岩を放ち、迎撃と防衛している。他の搭乗者は小窓から小銃を射撃して、空を進んでいた。広域放送で真司と聖から、軍用ヘリに通信が入った。


〝聞こえるかクマ吉!! センセは飛行船の上や!! このままやとマズイッ!!!〟


「真司!? 何がまずいんだ!!?」


〝このままやとたとえ夜明けになっても、飛行船の影で、吸血鬼に逃げられるかもしれんのや!!!〟


 もっともな予測だった。稟の岩盤ですら、傘代わりにする彼である。戦場を確認する目として浮遊させていた飛行船が、裏目に出てしまっていた。


〝せやから乗組員は海上に向けて降下するように、舵切ったと通信が入っとる!! 全員脱出したからルート変更も無理で、行き先はレインボーブリッジや!!〟


「ならもう近いけど……うわぁ!!?」


「くそっ、テールローター被弾!! みんな、衝撃に備えてぇええ!!!」


 回転が弱くなったテールローターのせいか、ぐるぐる横回転に機体がブレ始めた。冬子は必死に操縦桿を握ってダメージコントロールを行うが、高度がどんどん下がって行く。


「乗れ、一馬!!」


 一馬はシルバーのバイクへ、ヘルメットを装備して跨った。沙耶がパネルを操作し、機体後部のハッチが開かれていく。地上はもう目前だった。


「アーリアさんを必ず助けて来なさい!! 負けたら承知しないわよ!!」


「カズくん!! 必ず、先生と……!!」


「うん!! ありがとうみんな!! 行きます!!!」


 沙耶は弾倉に弾を叩き込み、迫りくるコウモリを迎撃して降下範囲を確保し、稟は滑走路代わりに、魔法で岩盤を伸ばし、バイクを送り出した。


 降下し周囲に光が飛び散っている飛行船を横目に、ビルの隙間をシルバーのバイクが、高速でヘリを追い抜いた。


「一馬、見ろ!!」


 ビルの隙間から見えるアーリアであろう光は、明滅を繰り返している。大声でアーリアに呼びかけて見るが、距離がありすぎるのか伝わっていない。


「シルバーさん! 早く!!」


「くっそ、このまま加速して、俺は突っ込む!! お前はバイクごと蹴って飛び移れ!!」


「…………はいッ!!!」


 飛行船とレインボーブリッジが交差するのは一瞬。さらにまだ距離がありすぎる。それでも一馬は飛び立つしかなかった。



◇◇◇



 イデアにとって吸血鬼として、生涯初めてと言って言うほど誤算だった。想像以上に生命を消費し、彼は追い詰められていた。


「くっ……まさか、これほどとは……!?」


「だぁああああああああッ!!!」


 彼は当初、状況の有利だけで判断し、アーリアの底力を甘く見すぎた。先ほどから吸血に成功しているのにも関わらず、自身の再生速度が目に見えて遅くなって来ている。


 必死に抵抗するものの、数千年を武闘の努力に捧げたアーリアと、ただ能力が高いだけのイデアでは、体力のすり減っていく量が違った。


「ぐぅっ……!!」


 ただし、アーリアの方も限界が近い。先ほどから後光は陰りを見せ初め、光る毛髪も短くなって来ている。身体も半透明になり、いつ人の世界から居なくなってもおかしくない状態で、限界が間近に迫っている。


「あっ……!!」


「……っ! 貰った!!」


 ほんの一瞬、アーリアの片足が完全に消えた。体勢を崩した拍子に、防いだ光の剣ごと蹴りで砕かれ、彼女は倒れ伏してしまった。


「うぅ……」


 限界まで自身の熱量を上げた彼女は、体中から湯気を放って血溜まりに沈み、集点の定まらない目をしている。出血も酷く、一時的にだが意識も手放してしまっていた。


「ふぅ……ようやく倒れたか。朝日まで間もない。一息に、すべて飲み下してやろう」


「待てぇ!!」


 居るはずの無い者が、そこに居た。取るに足らないとイデアが思っていた若い人間。一馬は、雷を纏いながら構えを取った。


「よくも、アーリアを……!!」


「ふん。誰かと思えば坊やだったか、せめてもの慈悲だ。神ごと一緒に飲み干してくれる!!」


 背に生やしたコウモリの翼をはためかせ、イデアが迫る。人間には反応できない速度で、一気に彼は頭上から襲いかかった。


 雷が、一閃。留まることなく煌めいた。


「がはっ……!?」


 身を捻って飛び上がり、下から蹴りかかる。


 イデアの右腕1つに弾かれると見せかけて、太い腕の影で自らの足を抱え。縦にくるくる上昇し、逆5回転。かつてアーリアの得意技だった一撃で、一馬は正確にイデアの顎を蹴り砕いた。


「見える。くらえぇえッ!!!」


「ぐぁあああああああ!!?」 


 追撃の雷爪で身を切り裂く。たまらずイデアは空に退避した。傷は深く、雷爪に切り裂かれた傷は再生できていない。


「な、なんなのだお前は!? なぜそこまで強い!?」


「さぁな。指輪のお陰かな!?」


 アーリアが一馬に託した二つの指輪は、揃っていれば、自身より強い者が近くにいればいるほど、着用者の能力を高める。イデア、アーリアに近い今の一馬には、相当な指輪の加護がもたらされている。


「だ、だが、空までは飛べまい!! そんなにその女が大事か、小僧ッ!!?」


「男だったら好きなは守る。オマエみたいに奪うんじゃなく。当然だろ?」


「知るかぁ!!? そんな当然ッ!!!」


 両腕を無数のコウモリに変化させ、挟み込むように、上空からアーリアごとイデアは襲いかかる。一馬は両手両足20本の雷爪で、すべて切り払った。


 海上が近く陸はすでに遠い。日の出も近い。背を向ければ逃げられるが、アーリアが、もう立ち上がろうとしている。逃げ切るのは非常に困難。二人を倒せばまだ、飛行船を影に出来る。イデアはもっとも有利な土俵で、渾身を持って最後の賭けに出た。


「残念だったな。吾輩の勝ちだぁあッ!!!」


 残った血液を総動員し、水分操作。海中の水分を可能な限りすべて凝縮し、飛行船よりも遥かに巨大な大槍を作り上げた。


「カズマ、くん……!?」


「大丈夫。もう、終わらせる」


「死ぃいいいいい、ねぇえええええええッ!!!」


 大槍が放たれた。クジラの衝突を思わせる一撃。一馬は目を閉じ専心し、水のひと雫を、見切る。


 一歩。空間に雷が疾走る。

 ニ歩。触れる空気が白熱する。

 三歩。その身を轟雷となし、空ごと蹴り貫く。


 人とモンスター。かつて混ざりあった死は反転し、今ここに限りなき生への祝福となって、遥かなる理想へと、躊躇いなく空へ踏み出す。


 あの日、彼女が手助けしてくれたように。


「うぉおおおおおおおおりゃああああああ!!!」


 その歩みを、その疾走を阻む者は。

 何者も、無い。


「がっ………あ、あぁ………!!」


 決着はここに。吸血鬼は決して止まらない雷に焼き尽くされ、塵となって朝日昇る世界から、すべて消え果てていた。

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