目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

『星祭り』* refrain(1)


『星祭り』──────*



 決して交わるはずの無かった若い神々に、“恋心と性愛の神「フルラ」”が悪戯いたずらを仕掛けた。

 曖昧となった昼と夜の境で出逢い恋に落ちたのが、“夕星の神「ラウエル」”と“暁の女神「ガイア」”だ。


 愛息子を不憫に思った夜の女神「リュクシール」は、一年にたった一夜だけ「ラウエル」と「ガイア」の逢瀬を許す。


 それが、昼と夜の境界が曖昧になる『星祭り』の日だとされている。




 *




 ヒュッ──・・・


 数羽の鳥たちが驚いて、鉄柵からバタバタと飛び去った。

 風を斬る軽やかな音に続いて、ドッ! 鈍い音が耳朶を打つ。


「おお〜〜っ」


 三発目の矢を小さな的に命中させたジルベルトが目をすがめた。

 広場の遊技場に集まった女たち──ジルベルトの隣で固唾を飲んで見ていたマリアを含めて──の黄色い声とともに、周囲からパチパチと拍手が湧き起こる。


「ちょいとお兄さん、なかなかの腕前だねぇ! 立派な剣なんか携えちゃって。騎士様か何か?! とにかくおめでと! そこの景品の中から何でも好きなの持ってって!」


 木の弓を受け取りながら、女が小卓に置いた籠の中を指し示す。


「選んでいいよ、マリア。と言っても……たいしたものは無さそうだ」


 籠の中から形の歪んだガラス玉をつまみ上げながら、ジルベルトが眉をひそめるも。

 マリアはぱっと表情を明るくした。


「私が選ばせていただいても良いのですか?」

「ああ。勿論」

「有難うございます……!」


 ──つまらないガラクタを選び取るのにも、こんなにはしゃいでいる。このあとマリアをフェンリルの店に連れて行くのが楽しみだ。


 籠の中に視線を彷徨わせていたマリアだが、に目を止めて、す、と手を伸ばした。


「これにしますっ」

「そんな物が欲しいなら、ちゃんとした店で……」

「いいえ、あなたが三本の矢を命中させたですから。これにします、これがいいです!」


 ごちゃごちゃと色々なものが入った籠の中から、マリアは麻糸で編まれた小さな猫の編みぐるみを取り上げた。


「この猫、ジルに少し似ていませんか?」


 両手のひらを広げてそれを載せると、ジルベルトの胸の前に持っていく。


「確かに色は似ているが。ジルはもっと、こう……華奢じゃないか?」


 マリアの手のひらにちょこんと乗ったその猫は、ずんぐりしていて不恰好だ。粗悪な作りで、ところどころ麻糸が飛び出ている。


「良いのです! この太っちょな感じが愛らしいのですから」


 不恰好で小さな猫の編みぐるみを大事そうに握りしめるマリアを見て、ジルベルトは微笑んでしまう。


 ──笑っていてくれと頼んだのは俺なのに。俺のほうがよほど微笑わらっているな。


 ジルベルトが足を運ぶ場所、そこにある物全てにマリアは興味深く目を凝らし、アメジストの瞳を輝かせた。


「ジルベルトっ、あのご婦人が連れている、白い綿毛のようなものは何ですか?!」

「ウン? あれは……だ。ああいう形に毛を刈っているだけだろう」

「もしや帝都には、犬のヘアサロンがあるのですか?!」

「それは、あると思うよ」


 ──と言うか。帝都に限らず、どこにでもあるだろう。


「古来から犬は東洋の神の使いだと言われていて、神殿の守り神である犬たちの長い被毛を切り揃える事を生業なりわいとする者たちがいる、と何かの文献で読んだことがあります。私、実際に見たのは初めてで……。あんなに丸く被毛を剃る事ができるなんて。やはり帝都の職人たちは卓越した技術をお持ちなのですね!」


 マリアは胸の前で祈るように手を組み、瞳をきらめかせている。

「おっと、危ない!」犬に集中しすぎて荷車にぶつかりそうになり、慌てたジルベルトが引き寄せる始末だ。


「マリア、俺から離れないで」


「は、……はい」

「それに。前を向いて歩こうか?」


「ごめんなさいっ」


 ──文献を読んだ。

 マリアは識字と識学がある。やはり貴族か中流階級の没落令嬢といったところだろうが……。

 被毛のトリミングを施した犬くらい、中流階級以上の家柄ならばどこでも普通に飼われているものだ。なのに一度も見たことが無いというのか。


 パン屋、花屋、チョコレートショップ、雑貨屋、アクセサリーブティック……。

 街道沿いに立ち並ぶ一つ一つの店のショーウインドウを、マリアは食い入るように眺めて歩いた。


 その後ろ姿は。

 白いワンピースの背中を覆うように、たっぷりと長い髪が腰元にまでふわりと降りていて、目には見えない大きな羽を背負うようだ。


 ──まるで天界から舞い降りたばかりの、世間知らずな天使だな。


 ジルベルトは嘆息する。

 マリアは母親を亡くしてからというもの、頼る親戚もなく下働きをしながら各地を転々としていたと聞く。


 だがこの様子を見ていれば、長いあいだ世間から隔離された場所に幽閉されていて、外の世界を初めて見た者のような反応にも思えた。


 ──没落令嬢にしては、矛盾がありすぎる。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?