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幻想ミスディレクションⅡ

 冴木は棒付きキャンディーを舐めながらぼんやりとしていた。この館で起きた殺人事件は奇妙だったが、当事者でないせいかあまり首を突っ込みたくなかった。明日にでも警察に連絡が取れれば、問題ないだろう。

 しかし先ほどのシュダの言動のせいか、イーグルは気が気じゃない様子で冴木に質問した。


「あの、冴木さん。こんな時間に、別荘に向かっていたんですか?」


「え? ああ、ちょっと色々ありましてね……」


 冴木はミステリー研究会のメンバーであること、みれいの別荘でクリスマスパーティーが開かれることになったこと、出発前にアパートでボヤ騒ぎが起きて散々だったこと、雪が強まって仕方なくこの館へ来たことなどを、詳しく説明した。それ以外に話すことなどなかったし、沈黙が耐えがたいというのもあった。


「なるほど、そうだったのですね」イーグルが眼鏡を持ち上げる。「それで、道中に誰かとすれ違うなんてことはありませんでしたよね?」


「ありませんね。あんなに吹雪いてきていたのに、外に出る人なんていないでしょう。雪に殺されます。それに、玄関の鍵は掛かっていたんでしょう?」


「はい、その通りです……。その、何か分かりますか? この事件について」


「というと?」


「その、犯人とか……」


 真剣に鋭い眼光を放ちながら言うイーグルを見て、冴木は思わず微笑した。


「あのね、イーグルさん。僕は警察でもないし、超能力者でもないんですよ。それにあつボンさんの死体は見ましたが、みさっきーさんの死体を僕は確認してもいません」


「そ、そうですよね。すいません……」


 イーグルは申し訳なさそうに頭を下げる。その後ろで、たくみんが恐る恐る手を挙げた。


「でも、冴木さん。ミステリー研究会というぐらいだから、何かこう……探偵みたいに推理とか出来るんじゃないですか?」


「僕は半ば強制で入ったようなものですから……」


 冴木は棒付きキャンディーを手で持ち、ゆっくりとたくみんに向ける。その間に頭の片隅に追いやっていた記憶を呼び戻した。


「でも、そうですね。じゃあ一つたくみんさんに質問をしましょうか?」


「えっ、あ、はい」たくみんが背筋を伸ばした。


「本当に、あつボンさんがいた”客室F”は施錠されていましたか?」


「えっ? そんなの、当たり前でしょう?」


「いえ、断定はできません。まず、皆で荷物を置きに行く際にるねっとさんとあつボンさんが二階東通路に行ったのをあんずさんが見た、と言いましたね」


「え、ええ」たくみんの横であんずが素早く二度頷いた。「見ましたよ」


「その後、娯楽室であつボンさんの話題になった時に、るねっとさんが”客室F”の扉をノックしたと言ったんです。つまりドアノブを回して施錠は確認していません。そしてその後に全員で確認に行った際、ドアノブに手をかけて施錠を確認したのはたくみんさんです。それから僕と有栖川君が黒騎士館に現れて話を聞き、この場にいる四人で再び”客室F”へ行った。この時も、ドアの施錠を確認したのはたくみんさんです。バールで扉に穴を開けてから腕を入れて中から鍵を開けたのもたくみんさんですよね」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。本当は鍵なんて掛かっていなくて、鍵が掛かってたように俺が見せかけたっていうのか? そんなのただの憶測だろ?」


「たくみんさんが推理してと言ったから、無理やりこじつけてみたんですよ。それにこれは単なる仮説です。こういったことも可能だったかも知れないと思っただけです」


「神に誓って言うけど、鍵は閉まっていた。絶対だ」


「なら、あの部屋の窓から犯人は逃げたのでしょう」


「それは、無理ですよ。一応見たんですが、あの部屋も窓ガラスには鉄格子が嵌められていました。俺の部屋もそうだったんで、多分どの客室も同じだと思います。あの隙間じゃ外へは出れない……客室を出入りするには入り口の扉しかないです」


 冴木は「なるほど」と呟いて棒付きキャンディーを再び味わう。自分自身は何とも思っていなかったが、初めて死体を目にして少なからず気が動転していたのか、客室の細部まで確認できていなかった。そう考えると、年長者であるあんずの洞察力の良さが伺える。


「なら、”客室F”は誰も出入りできませんね。死体の横に鍵が落ちていました。”客室F”と記されたものです」


 それを聞いたイーグルが眼鏡のレンズを拭きながら小さく呟いた。


「密室……ですよね。こんな天候で外に行く人がいるとは思えないし、玄関の鍵も掛かっていたんですよ。最初の殺人も黒騎士館という大きな密室なんです」


「密室? 密閉された室内ってことですか?」


「え、ええ。多分そうです。ミステリーや推理小説で言いませんか?」


「いや、僕はあんまりそういうの読まないので……。よくサークルメンバーからトリックは聞きますが、そうですか、密室というのですね。つまり、最初の殺人は館全体が密室で、第二の殺人は館全体と”客室F”の多重密室で起きたという事になりますね」


「言葉にすると益々不気味ですな」あんずが腕組みして唸った。「ですが、冴木さんは頭が切れる。この短時間に俺たちの説明を聞いてここまで理解するなんて、とてもじゃないが俺には真似できません。いやぁ、凄いですな。どうです? 俺と交代でうちのギルドマスターになりません?」


「あまり面白くない冗談ですね。それに僕は現状を把握しただけで、何も解決していませんよ」


 冴木は溜息を吐きかけて、堪えた。幸せが逃げるからではなく、溜息一つするのも億劫に思えたからである。本当の所、こんな場所には一分一秒も長くいたくなかった。


 冴木は五人全員の名前と特徴を思い出しながら、少し思考を整理した。


 眼鏡のイーグル。

 中年のあんず。

 筋骨隆々のたくみん。

 小太りのシュダ。

 小柄な女性るねっと。


 黒騎士がいるとすれば容疑者は六人ということになるが、果たしてそんな人物がここにいるのだろうか。

 冴木にはそうは思えなかった。なぜなら外は雪で逃げ場がないというのに、こそこそと館内を隠れ続けるのも無理がある。どこかに隠し部屋のようなものがあれば話は変わってくるが、果たして可能だろうか。それに、黒騎士が犯人だとしたら自分がやったと言っているも同然だ。だとするとわざわざ密室にする必要が感じられない。食事に毒を混ぜるのが一番手っ取り早いだろう。

 皆は恐らく、招待状を送った黒騎士が今もこの館の中に潜んでいて、黒騎士が殺人を犯していると思っているのかもしれない。


 とてもじゃないが、非現実的だ。現実逃避も甚だしい。


 黒騎士が館の中に事前に居たのだと仮定するのならば、一体誰がこの館の鍵をみさっきーに送ったと説明するのだろう。それとも全く関係のないギルドの上位メンバー以外の第三者が潜んでいるのだろうか。どちらの想像も、冴木にとっては希望的観測に思えた。


「全く……とんでもないクリスマスイヴだ」

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