黒騎士館で発生した目を覆いたくなるような火事から一夜明け、有栖川みれいは気が遠くなるほど長い取り調べを受けていた。
殺風景な取り調べ室。みれいの前に座っているのは警視庁刑事部捜査一課の
碓氷警部は白髪混じりの短い髪をぽりぽりと掻きながら、かれこれ二時間以上もみれいに質問をしている。それほど、今回の殺人事件が奇々怪界な出来事である事を表していた。
「ええっと、それで有栖川さんは朝六時に黒騎士館を出て、ご自分の別荘へ行かれたんですね?」
「ええ、あの、警部さん。もう何回同じことを仰られるんですの?」
「いやぁ、こりゃ参ったな。実は有栖川さんと後、あの何だかしんどそうな……眠そうな顔してる子いたでしょう?」
「冴木先輩ですわね」
「そうそう、その冴木さんともさっき話をしたんですがね、どうも……納得できませんなぁ」
「あのですね、警部さん。何回聞いても事実は変わりませんわ」
「いやぁ、手厳しい」碓氷警部がおでこをぺちんと叩いた。
「それで、被害者の司法解剖は出来たんですの?」
「あの、申し訳ないんですが、あまりこういうのは言わない決まりになっているんですよ……」
「まぁ! こんなに私を引き止めておいて、何も教えて頂けないんですの?」
「ははは……いやぁ、こんなにぐいぐいくる子は初めてだね。最近の若いもんっちゅうのは」
碓氷警部が頭を掻いて誤魔化そうとしているのを察したみれいは、睨むように碓氷警部の皺が刻まれている顔を見つめる。やがて観念したのか、碓氷警部はやれやれと呟き、スーツの内ポケットから別の黒い手帳を取り出した。
「すぐに有栖川さんの所の家政婦さん、えっと、恵美さんが連絡をしてくれたから鎮火できたものの、みさっきーさんとあつボンさんは焼けてしまってほとんど分からない状態でした」
「あんずさんは分かったんですわね?」
「ええ、少しですがね。冴木さんとるねっとさんと朝食を済ませて、ほとんどすぐに亡くなられていますね。アルコールが多いんですが、胃の内容物の消化具合から判明しました」
「そうなると、イーグルさん、たくみんさん、シュダさんに犯行が可能ですわね」
「いや、もう一人」
「え? まさか冴木先輩と仰るんですの?」
「違います、彼とあんずさんは全く面識がない。これは希望的観測ですけれど、自殺の線も考えているんですよ」
「自殺……ですの?」
「ええ、そりゃそう考えたくもなるでしょう? 部屋は鍵が掛かっていた、そしてサイドテーブルが更に邪魔をしている。うちの捜査員が念入りに調べましたが、入り口の扉以外に侵入経路はありません。かなり焼けているとはいえ、これは絶対です」
「でも、みさっきーさんとあつボンさん、二人も殺されているんですわよ? 自殺するだなんて、考えられませんわ」
「確率は極めて低いですが、あくまでその線もある、というだけですよ。実はあんずさんが殺人を犯していて……罪の意識に苛まれたのかもしれない。あとですね、あの黒騎士館の周辺も調べさせているんですが、怪しいものは今のところなにも見つかりません。抜け道や地下もないですね。あと、今のところ合鍵もありませんね。依頼を受けた店舗もないんです。もうね、お手上げです、いやぁー参った参った」
碓氷警部はまた頭を乱雑に掻いた。どうやらそれが彼の困った時の癖なのだろう。
「そうそう、死亡推定時刻が大体分かったとはいえ、死体の損傷は激しいです。じきに分かるとは思いますが……まだ身元が判明していないんです。心当たりはあります?」
「いいえ、皆さんずっとゲーム内のニックネームで呼んでいましたから」
「うーん、そうですか。あぁ、あと有栖川さんと話す前に手に入った情報なんですが、るねっとという女性の方。まだうつ病として睡眠薬などの薬を処方されていますね」
「え?」みれいにとって新しい情報である。「でも、入浴したときにもう大丈夫だと仰っていましたわ」
「きっと、有栖川さんに気を遣ったんでしょうなぁ……」
「えっと、他には何かありませんの?」
「そうですねぇ、後は……あ、そうそう」碓氷警部が指を軽く舐めて手帳を捲る。「黒騎士という人ですが、IPアドレスというんですかね、そういうのに詳しいうちのネット捜査のプロが確認して住所を特定したんですが、自宅で亡くなられていました」
「あの黒騎士が!?」みれいは思わず立ち上がっていた。「それはいつ頃ですの?」
「はっきりとは断定できませんが、丁度ゲームにログインをしなくなったという時期と合致しますね。そして黒騎士は、他殺だと思われます。いや、他殺です」
「まさか、同じように胸を刺されて?」
「いいえ。それがですね……黒騎士は絞殺されてしばらく時間が経過してから、体をばらばらにされて冷凍庫に入れられています」
「えっ……」みれいは一瞬想像しかけて止めた。あまりにも残酷に思えた。「そんなこと誰がやったんですの?」
「そんなの、こっちが知りたいですよ。……それで、その家に黒騎士の代わりに少しの間ですが住んでいた人物がいます。黒騎士のパソコンでゲームにログインしてダイレクトメッセージを送り、そのアパートの近所のポストに投函されたものが、みさっきーさんの家に届いていました。黒騎士館の鍵と、地図ですね。今も、大家や周辺住民に聞き取り調査を行っているところです。もう、本当ね……証拠が出れば出るほど謎が深まっていく気がしますよ」
碓氷警部はまたしても乱雑に頭を掻いて嘆息した。
「うーん、本当に知れば知るほど謎ですわね」
みれいは力なく椅子に座り込んで、腕組みした。一人で考えていても埒が明かない。早く冴木と相談したい、と思ったが彼は嫌がるだろうか。