「ちょっと……何あれ!」
「俺の背中の後ろに隠れてるんだ!」
「でも戦う術あるの!?」
「いいから! 伏せろ!」
CAがスケボーで急接近し、日本刀を振りかざしてきた。
――ガキィン!
平沢さんは逆手持ちしたナイフで、日本刀の刃を受け止めた。
しかし、CAの攻撃は止まなかった。
一歩距離を置いてから再び斬りつけてきた。
激しく何度もぶつかり合う金属音。
刃のサイズが雲泥の差であるにも関わらず、平沢さんはうまく日本刀を受け流して攻撃を防いでいる。
――凄い。
初めて平沢さんが戦っている姿を見た。
そもそも、殺し合いの現場に遭遇したことすら無いため、目の前で繰り広げられている光景が現実に起きていることだと思えない。
いけない!
ぼうっとせずに、私にできることも見つけないと!
しかし、平沢さんの背中の後ろで様子を見守ることしかできない。
それに、恐怖で足がガクガクと震える。
立っているだけで精いっぱいだ。
考えろ……考えるんだ。
CAの攻撃にバリエーションが加わってきた。
突きや、下段から掬い上げるように斬りつける動作も加わる。
一歩……一歩と平沢さんが後退する。
それに合わせて、私も震える足を鼓舞して後ろに退がる。
――ふと、平沢さんが身体を捩らせて回避行動を取った瞬間にCAと目があった。
「ひっ」
思わず、小さい悲鳴を上げてしまった。
CAの表情は私を見るなり鬼のような形相に変わった。
自分の仕事を邪魔されたのが、それほど許せなかったのだろう。
「ッグ!」
その瞬間、CAの攻撃の手が強まった。
怒りの感情が乗った力強い攻撃は平沢さんが持つナイフをはたき落とした。
「……」
CAは無言で日本刀を平沢さんに向けた。
そして、日本刀を下に振るような動作をした。
(大人しく投降しろって言ってんの?)
CAの動作に対し、平沢さんはゆっくりと首を振った。
その答えを受け取ったCAはゆっくりと日本刀を縦に構え、耐性を低くした。
まずい……。
ここで私は平沢さんにと一緒に殺されてしまうのだろうか?
平沢さんは言っていた。「俺達は戦闘ではなく情報収集が専門だ」と。
こんな殺しのプロ相手になんかできるわけがない!
時間の流れがゆっくりと感じる。
真里お嬢様も平沢さんの邪魔をしないためか、何か脱出のための策を用意してくれているのかどちらかわからないけど……ずっと無言である。
「安心してくれ」
「……え?」
静寂を破るように、平沢さんが声をかけてきた。
安心? この状況で?
「絶対……君のことは俺が守るから」
「……うん!」
私の胸の奥で、何か熱いものが湧き出てきた。
その熱は全身に行き渡り、恐怖を溶かしていった。
――そして、その熱は勇気へと変わった!
私は平沢さんの背中に隠れながら、ポケットから薬瓶を取り出した。
自分が持っている武器はこれ。
あとは自衛のために習っていた日本拳法。
――来るなら来いってんだ! この野郎!
心の中で覚悟を決めた瞬間、同時にCAも動きだした。
日本刀を振り降ろすCA。
私は目を背けずに相手の動きに注視した。相手の動きが今まで以上に見えるようになってきた。
――まじか。
平沢さんは凄い動きをした。
振り下ろされる腕の動きに合わせて、右足で蹴りを入れた。
手首に蹴りを喰らったCAは日本刀を落とした。
――そして、平沢さんの逆襲が始まった。
右、左と拳を繰り出す平沢さん。
しかし、相手も巧みに攻撃を受け流す。
やがて、お互いに攻撃し合い、防御し合いの拮抗した戦いになった。
殴っては躱し、蹴っては躱しを繰り返している。
しかし、何発かはお互いにもらっている。
二人ともすこしずつ身体にダメージを蓄積させていく。
「もう少しで脱出用の輸送AIドローンが到着するわ! 頃合いを見計らって飛び乗るのよ!」
「わかったわ」
真里お嬢様からの連絡で希望が見えてきた。
あともう少し。
もう少しだけ時間を稼げれば……!
――しかし、武装が限られているという状況。不利であることに変わりはなかった。
殴る蹴るの肉弾戦の後、平沢さんの隙をついて後方にローリングしたCA。
彼女は立ち上がる動作と共に腰から鞘を外し、構えた。
そして鞘の先端を平沢さんに向かって構え、ゆっくりと日本刀が落ちている場所へ向かって移動し始めた。
――再び日本刀を構えられたら、今度こそ殺されるかもしれない。
平沢さんもそれを認識している。
無茶を承知で前に進み、左拳でジャブを繰り出した。
しかし、リーチの差は残酷である。
鞘で腕を弾かれ、顔面に一発喰らった。
鞘により殴打された平沢さんは一歩後方によろめいたが、倒れずに立ち続けている。
そして、私を守るために敵の前に立ちはだかっている。
「待たせたわね! もうドローンが到着するわ! 何とか切り抜けて!」
真里お嬢様の連絡と同時に、ドローンのプロペラ音が聞こえた。視界の端に大きな飛行物体が映り、脱出場所がそこであると認識した。
しかし、今や絶望的な状態となっている。
CAが平沢さんを後方に退がらせた隙を突いて、落ちていた日本刀を拾い上げた。
まるで宮本武蔵のように、日本刀と鞘で二刀流の構えとなっている。
――ここは私も動くべきだ。
私は覚悟を決めて、ゆっくりと薬瓶の蓋を開けた。
しかし、平沢さんは私に悲しい命令を下した。
「聞いただろ? 輸送用AIドローンが来ている。一度だけ、相手の攻撃を受ける。その隙を突いてドローンに飛び乗るんだ」
覚悟を決めた声。
しかし、私はその覚悟を受け取らない。
「嫌よ。一緒に逃げるのよ」
「何言っているんだ! この状況分かっているだろ!」
私は平沢さんの言葉を無視して、CAへ言葉を投げつけた。
「ねえねえ、アンタって日本語通じるの? 私みたいなド素人に毒瓶盗まれてくやしくないの? アンタ戦闘のプロでしょ? ダッサ。なんか笑えてくるわ」
私の言葉を聞いたCAはプルプルと震え、視線だけで私を殺せるんじゃないかというくらいに、きつく睨んできた。
「あれ? 日本語通じちゃった? こんなところで人殺しなんてやってないで帰って人の為になることしなよ。私みたいなザコにスリされるくらいアンタは間抜けなんだからさ!」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
初めてCAは言葉を発した。
怒気に溢れた雄叫びとともに、私に向かって一直線で向かってきた。
「だからアンタは間抜けだって言ってんじゃん」
私はCAの顔面に向かって薬瓶の中に入っていた液体をぶちまけた。
「き……貴様あああああああああああああああああああああああああああああ!」
CAは顔を覆いながら蹲り、私に怨嗟の言葉を投げかけてきた。
「ほら、行くよ」
「……!」
私は平沢さんを引っ張った。
我に返った平沢さんは頷き、二人でドローンの位置を確認した。
ちょうどその時、大量の警備員達が屋上に上がってきた。
しかし、もう遅い。
私と平沢さんは輸送用AIドローンに飛び乗った。
ちょうど二人分乗れるくらいの大きさである。
人間二人分の体重が乗っかっても安定した飛行を続けている。
「よくやったわね、二人とも。お疲れ様」
真里お嬢様の労いの言葉を受けながら、私達はドローンの上で倒れ込んだ。
どんどん空港との距離が離れていく。
屋上で怒りの雄叫びを上げ続けているCAの姿がどんどん小さくなっていく。
――なんとか……はじめての死闘を乗り越えることができたのであった。