「ちょっと待ってくれ。何をしている!?」
私はスカートをたくし上げ、下着に手をかけた。
「目を瞑って、耳を塞いで、臭いも嗅がないで」
「まさか……」
「ここでするしかないでしょう!」
小声で、涙目になりながら言った。
私だって恥ずかしさのあまり顔がめちゃくちゃ熱くなっている。
「……」
平沢さんも焦っているのか、顔を赤くし様々な表情に顔面を変化させている。
彼がこんなに困惑しているのを初めて見たかもしれない。
「お願い! はやく後ろ向いて耳を塞いで口で呼吸して」
平沢さんを後ろに向かせて下着を降ろした。
平沢さんが耳を塞いでいることを確認して、便器に座った。
恥ずかしい……恥ずかしくて死にそう!
だけど、一つ奥の手がある。
水を流しながらすれば何とかなるはず!
レバーを入れて流水音で放尿音を隠しながら用を済ませた。
◆◆◆
「……」
「……」
お互い会話無く、バルクネシア空港のゲートを潜り、入国した。
少し気まずい。平沢さんは私と全く目を合わせない。
なんか少し人間味を感じて嬉しいが、自分のおしっこによるものであると考えると恥ずかしすぎて鬱になる。
「その……怪しいCAさんの姿が見えなかったですね」
「……そうか」
沈黙も気まずいため業務連絡でお茶を濁す。
しかし、実際これは奇妙なことだ。
私が毒薬を盗んだ相手――人間の感情を感じられなかった目をしたCAの姿が無いのである。
「そうだ。俺としたことが……忘れていたがインカムを着けるんだ」
「あ、うん」
平沢さんはインカムを渡してきた。
今もこちらと全く目線を合わせない。
「ちょっと! 二人とも何やってんのよ! 通信するのが遅いわよ!」
インカムを耳に装着し起動した瞬間、真里お嬢様の焦る声が聞こえた。
「すまない。色々あってな」
「なるほどね。じゃあ今どういう状況か分かっているわね? 空港内の警備員があなた達を探しているわよ。空港内の通信を傍受して分かったけれど」
「……」
ちょっと待って。
あのCAと空港内の人員はグル?
「ちょっと! 急に黙らないでよ。監視カメラをハッキングしてそちらの場所は分かってる。だから回避ルートを教えるから逃げるのよ」
「あ……ああ。頼む」
「ほんとしっかりしてよね!」
私達は真里お嬢様のナビゲートで空港からの脱出を図った。
「マルティ……真里お嬢様。空港内で通信傍受をしたと言っていたな。飛行機の中から死体が運ばれたという情報は入ったか?」
「いや……そういった話は聞かなかったけれど……ちょっと待って。飛行機の客席から大きな荷物が8つほど運び出されているわね」
「飛行機の中に世界各国の政府関係者が搭乗していた。だけど、彼らは皆殺された可能性がある」
「なるほど……確かに空港のロビーで出迎え待ちをしている集団がちらほら居るわね。全員国が違うらしいけど」
真里お嬢様のナビゲートで人混みに紛れながら進んでいく。
「ちょっと待って。この先は身を隠せる場所が無い。警備員が向かってくるから……自然に柱の陰に隠れて」
「……仕方ない。ごめん」
「……えっ!?」
突然平沢さんに抱きしめられ、柱を背にして壁ドンされてしまった。
そのまま身体を密着されて、頭を撫でられてしまった。
「……!!!!!!!!!!!!」
声に出せないため心の中で悲鳴を上げた。
一気に身体中の血液が顔面に集中した。
筋肉質な身体に抱きしめられ、汗が混じった平沢さんのニオイに包まれ、私の心臓が破裂寸前になるほど激しく動いている。
ちょ、やばいやばいやばいって!
しかし、演技のために必要なことがある。
私は平沢さんの身体に腕を回し、ぎゅっと抱き返した。
――あれ?
私はあることに気が付いた。平沢さんもドキドキしている?
彼の胸からドクンドクンと心臓が強く脈打っているのを感じた。
ふふふ。可愛い所あるじゃない。
少し余裕を取り戻せてきた。
「よし、警備員が行ったわ。次はそこを真っすぐ進んだ後に左に曲がって」
真里お嬢様の指示で逃走を再開した。
◆◆◆
「どうしてこうなった」
「仕方ないだろう。警備員が増員されて逃げる場所が無くなってしまったんだから」
私達はいま、空港の屋上を歩いている。
真里お嬢様の指示で進んでいたが、とうとう逃げ場所が無くなってしまった。
道中関係者以外進めないルートもあったが、ピッキングやハッキングを駆使して進んでいった。なんか「映画みたいでかっこいい!」なんて感情も湧かず、ただただハラハラしていた。もう……こういった感覚になると、自分が裏の世界の住人になってしまったと自覚する。
「輸送用AIドローンを送るからそこで待機して」
「了解」
やっと休める!
私はその場に座り込んで周囲の風景を眺めた。
バルクネシアは山岳地帯とスマートシティ化された都市部で構成されている。
自然豊かな風景と未来都市が入り混じった風景で、なんとも不思議である。
動画配信者の居場所特定に繋がった、シティ中心部の大きなビルが聳え立っている。
とても気持ちの良い風が吹き、私は少し疲労が和らいでくるのを感じた。
「ねえねえ平沢さん。輸送用AIドローンって凄いわね。どういったものが来るんだろう?」
「俺も知らない。先にマル……真里お嬢様に現地入りしてもらったのはスパイギアの用意や拠点作りをしてもらうためだった。その輸送用AIドローンというものはこの場所で開発したものなんだろう」
「凄すぎ。しかもこんな短期間でそんなものを作れちゃうなんて……」
真里お嬢差はどんだけ高い技術力を持っているんだろう?
普段の会話だけじゃなくて、こういう時も物凄く頼りになる!
「そうだろ? マ……真里お嬢様は天才エンジニアなんだ」
平沢さんが自慢げな顔をした。まるで無邪気な少年のように。
そこで感じた。
普段ぶっきらぼうで不器用だけど、仲間に対して深い愛情を持っている。
私が危険なことをしようとした時は必死になって怒ってくれたし。
「あらあら嬉しいわね。そんなこと言ってくれるなんて……あら? ちょっと待って! 凄い速さで屋上に向かってくる人がいる! 速く! 走って!」
血相変えた真里お嬢様の指示で私はすぐに立ち上がった。
そして二人で走り出した。
――もしかして、あのCA?
さっきまでの安らぎムードは一瞬で消え去り、全身を恐怖が支配した。
政府関係者を毒殺して回っていた暗殺者。
これから、そんなヤバイ人と対峙しなくてはならないのか……?
――マジで殺されるかもしれない。
「走って! 速く! 待って……誰か屋上に上がった。CA? しかもスケボー?」
私達は振り返った。
そこにはスケートボードを持ったCAが立っていた。
「ねえ平沢さん。走るのとスケボーで滑走するのどっちが速い?」
「スケボーの方が速いに決まってるだろ!」
平沢さんも汗を滲ませている。いつもの余裕を感じない。
「ねえ……平沢さん。あの人が手に持ってるのって……」
「……俺の後ろに隠れるんだ」
CAはスケボーを屋上に置き、背中に背負っていた日本刀を前に出した。
そして、鞘から日本刀を抜いた。
刃が太陽光に照らされ、キラリと光った。
「来るぞ!」
CAがスケボーで滑走しながら、日本刀を振りかざしてきた。