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第十話「海外任務」

(この飛行機内で、一体何が起きているの……?)


 ――いま、暗殺事件が発生している可能性がある。

 平沢さんによると、死亡疑惑のある全身毛布で覆われている人は政府関係者であるとのこと。隣に控える警護も一緒に毛布を被っているのだから余計におかしい。


 しかし、機内を歩いて回っているけど、人の負の感情から発せられる腐敗臭を感じない。

 今まで嗅いだことの無いような臭いを感じるけれど、その正体は掴めない。


 無味無臭の味がしない料理を食べているかのような。

 クソ不味い料理を食べさせられているような。


 正体不明の敵を相手にしているようで何とも恐ろしい。


 ザっと機内を見回して、毛布を被っているのは7、8人くらい。

 全員が全員殺されているわけではないかもしれないし、本当は全員生きていて、只私達が警戒しすぎているだけかもしれない。


 でも、生きているのであったら呼吸をする度に身体が膨らんだり萎んだりして動くはずだし、寝返りを打つはず。だけど……全く微動だにしない。


 騒ぎにもなっていないし、周囲の人もまったく様子がおかしいことに気付いていないため、もし本当に殺されているのだとしたら……静かに、安らかに、一瞬のうちに殺されたことになる。


 ――となると……毒殺か?


 で、あるならばどう考えれば良いのだろうか。

 考えろ……考えるんだ。


 私は「Ms.007」であり「ミッション・インポッシブル」。

 目を瞑り、深く深呼吸する。

 思考を深く、光速で巡らせていく。


 ――待てよ。「誰が」毛布を被せたんだ?


 死体を毛布で包む人間はCA(キャビンアテンダント)だとすると、通常なら少し騒ぎになる。CAが動かなくなっている人に呼びかけを行う等、確認作業をするはずだ。

 その様子を見た周囲の人もそれを見て騒ぎになる。


 しかし、そんな動きは無かった。

 私が寝ている間に平沢さんが周囲を警戒していたから、騒ぎになれば気づくはずだ。


 そうなればCAが殺人を犯し、そのまま毛布を掛けないといけない。


――最も怪しいのは、CAの中の誰かである。


 ちょうど、目の前に毛布を掛けているCAの姿が視界に入った。

 彼女からはニオイを感じないが、乗客に毛布をかけた後に制服のポケットに何か仕舞った。あの内容を確かめなくてはいけない。


 私は、目の前のCAへ向かって歩き出した。


「おっと……ごめんなさい」

「……」


 すれ違いざま、転んだフリをしてCAさんにぶつかった。

 CAさんは何も言わずに会釈をするだけであった。


 CAさんは感染症対策として全員マスクをしている。

 そのため、相手の顔を見えなかった。しかし、何か感情を感じさせないような不気味な目がマスクの上から覗いていた。


 お互いすれ違い、10歩ほど進んだ所で相手のポケットからくすねた物を確認した。

 マジックバーで培ったスリ技術が遺憾なく発揮された。


 ――謎の透明な液体が入った親指サイズほどのビン。そしてマジック用の指サック。


 (なんてこった)


 心の中で大きなため息をついた。


 ◆◆◆


「なるほど。指サックに毒を仕込んでターゲットを毒殺するということだな」

「恐らくね。で、この状況はなに?」


 ――いま、私と平沢さんは一緒に機内のトイレに居る状態だ。


「この場所以外で液体の中身の調査や作戦立案することできないだろ?」

「まあ……そうですけど」


 平沢さんは電子タバコの機械を取り出し、煙草を入れる穴の中に毒物らしき液体を入れた。すると、その機械から平沢さんが持っているタブレットにデータが送信された。


「すごいね。この筒状の機械も真里お嬢様は?」

「そうだ。マテリアルサーチという機械で電子タバコを模したものだ。中にサンプルを入れることで中身を分析し、近くの端末に送信することができる」

「身近に使用するアイテムにカモフラージュさせているわけね。お洒落だわ」

「む……やはり猛毒だ。相手の意識を一瞬で奪い、昏倒させる。そして数分のうちに心臓の動きを止めるものだ」


 平沢さんが持つタブレットにはドクロの絵と共に恐ろしいことがびっしりと書かれた説明書きが表示されていた。


 そんな毒物がこんなところに……。

 なんか映画で起きるようなことが連続して発生してるけど……何だか徐々に慣れてきた自分もいる。


「まずいじゃない……どうするの?」

「ここでやり過ごすしかないだろう」

「……え?」


 このままトイレで平沢さんと二人っきり?


「相手の素性が分からず、機内にどれだけ協力者がいるか分からない。それに、俺達は二人だけで対処するしかない状態だ。マルティネス等外部の協力者の援助も期待できない。飛行機が着陸するまで身を隠し、隙を見計らって逃亡するしかない」

「たしかに……」

「それに、向こうも同じ状況だろう。君が毒を盗んだが、相手もどういう組織に妨害されたか把握できていないはずだ。このまま睨み合いの状態にして時間を稼ごう」


 私達はこのままトイレでやり過ごすことにした。


 ――しかし、1時間ほど経過した頃。大問題が発生した。


「ねえ……平沢さん」

「どうした?」

「トイレ行きたい」

「……」


 私に尿意が襲いかかってきた。


「我慢できないか? あと1時間以内には到着するはずだ」

「やばいかも……。今まで我慢してきてのこれだから、今にも漏れそう」

「……」


 平沢さんは困ったように天井を見上げた。


「方法が無い。一度トイレから出てしまえば、相手に俺達がどこに隠れているか分かってしまう」


 まずいまずいまずいって!!!!

 どうしようどうしよう。

 考えろ私! 頭を回せ……!!

 何か……何か無いか?

 ……いや、無いわ。

 詰んだわ。ははは。


 私はスカートをたくし上げ、下着に手をかけた。 


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